第256話 真の剣術
「いつまで蹲っておる。早く立て」
「くそっ…」
じじいにそう言われて、俺は小さくそう呟いてから腹を押えながらゆっくり立ち上がった。誰のせい立ち上がれないんだよっと一瞬だけ思ったが、立ち上がれないのは俺がこいつに負けたからだ。一応模擬戦?なんだから負けた者がダメージを負っているのは良くあることだ。だから蹲っているのは俺のせいだ。
「ぼうずは誰かにちゃんと剣を習ったことがないのか?」
「…無いな」
「なるほどのう」
一応教わったことくらいはあるが、「ちゃんと」と言われるとないと思う。
「儂は型に乗っ取った綺麗で模範的な読み易いつまらん剣術よりは、どう動くか分からない我流の剣術の方が好きである。だが、ぼうずの剣術は我流の域には達していない。かと言ってちゃんとした型にも乗っ取ってない。ただの子供のちゃんばらレベルだのう」
「子供のちゃんばら?」
「違うと言いたいのか?」
「ああ」
まだ我流の域に達していないというのは受け入れる。しかし、剣術の進化である剣法を取得している俺の剣術が子供のちゃんばらレベルとは思えない。
「はぁ…証拠を見せてやるかのう…。ほれ、真っ直ぐ向かって来い」
そう言って5mほど離れて、鞘を俺の方に向けて挑発するかのように振った。今はまだ精霊化などの強化は全て継続中だ。何をしたいのか分からないが、あの瞬間移動を使わなければ勝てる。
「はっ!」
俺はほぼ一瞬で距離を詰めた。そして左手に持った翠光を右から斬り上げた。
「ほいっ」
「……は?」
俺は地面に仰向けで倒れて、首には鞘が当たっている。何でこんな状況になったのか理由は分かる。
俺の振った剣を鞘で絡めとって投げられたからだ。理由はちゃんとわかる。しかし、道筋が分からない。どうやったら俺が剣を離す暇も無いほどの一瞬で投げて、さらにもう1本の鞘を首に当てることができるだろうか?どうやら最初の模擬戦?はかなり手加減をしていたようだ。
「ぼうず言いたいことは、「剣法を取得している俺の剣術が子供のちゃんばらレベルのわけが無い」とかそこらであろう?」
「あ、ああ」
老人は鞘を腰に下げて、仰向けの俺に手を差し出しながらそう言った。俺は強化を全て解除してその手を取って立ち上がった。精霊化は解除しないと手を掴めないからな。
それと、俺は剣法を取得しているとは言っていない。つまり、俺の剣の振りだけでそれが分かったということなのだろう。鑑定系は無効化できるからそれしかないと思う。
「確かにぼうずは剣を鋭く振っておる。さすが剣法を取得しているだけあるのう。だが、ただ剣を振るだけでは真の剣術では無い。どこから振った方が威力が出るか、どう振った方が次の動きに繋げやすいかなど、例を上げきれないほどの様々な動きを何手先まで考えて剣を振ることが真の剣術である。ぼうずはそこまで考えて剣を振っておるか?」
「………」
俺はそこまで考えて剣を振ったことは無い。せいぜい3手先くらいまでしか考えたことがない。
「何て偉そうなことを言ったが、これはあくまで儂個人の考えである」
「え?」
「剣術の定義など無い。本人が考えに考え抜いた答えこそが真の剣術である」
何かだんだん話が難しくなって、哲学的な話になってきていないか?
「結論として言いたいのは、ぼうずはぼうずが思う剣術を完成させればいいのだ」
「わ、わかった…」
それを最初に言えば良かったのではないか?何かかなり結論が出るまで遠回りした気がするぞ。
「とは言っても、ぼうずは攻撃を受け流す技術が低過ぎる。受け流す技術はこの先も必ず必要になるぞ。ぼうずは儂以外からもこれを指摘受けたことがあるのではないか?」
「あるな…」
確か騎士団長からもそう言われた。自分で直そうとはいているが、反射的に動くとなかなか上手くできないことが多い。
「まだここにおるのであろう?儂が直々に受け流し方を教えてやろう」
「え!うーん…」
確かにさっき俺を投げたような技術を教えてくれるのは嬉しいが、予定では対校戦まで後3日あるか無いかくらいだ。それまでに習い終えることはできるだろうか?
「言っておくがぼうずに拒否権は無いぞ。合格ライン行くまで帰すことはしない」
「は!?」
「…それは横暴が過ぎます」
今まで大人しくしていたソフィが俺の隣にやって来て口を出した。ちらっと顔を見るとかなり怒っているようだ。
「嬢ちゃんは少し冷静になった方が良いぞ?ここで儂の機嫌を損ねる危険性もわからんかのう?」
「何を…っ!?」
ソフィが途中で言葉を止めた。そして俺を掴んで飛び下がって辺り一面に準備していた魔法を発動させようとした。何事かと思ってソフィの目線を追うと、老人の鞘には木に刺さっていたはずの刀が入っていた。飛んできた様子は見ていない。それに魔力高速感知も反応はしていなかった。剣が勝手に転移してきたのか?
「全く手が早いのう…」
そう老人はそう言いながら刀を抜いた。そして舞っているかのように刀を美しく振ると、ソフィの魔法が全て斬れた。
「……」
「別に取って食おうってわけではないであろう。お嬢ちゃんにはドラゴンの時に貸しがあるからあまり怪我をさせたくないのだが…」
「はぁ…受け流す技術を俺に教えてください」
「お兄ちゃん!?」
今はソフィが珍しく冷静では無い。だからここは俺が兄として話を通した方がいいだろう。
「一応俺達は王都であるとある大会に出場するので、それまでの間でよろしくお願いします」
「ぼうずがそれまでに覚えられたら帰してやるぞ」
こうして俺は受け流す技術を習うことになった。それにしてもソフィはどうしたのだろうか?いつにも増して攻撃的だった。これから下手にこの老人に喧嘩を売らなければいいけど…。
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