第127話 緊急事態

「ん?どうしたの?」


別に今日は依頼を受ける訳では無いが、いつもの集合場所としてわかりやすいからと冒険者ギルド前に集まってからどこか話し合うのに良さそうな場所を探す予定だ。その集合場所であるギルド前に着くと、いつも感情が読みにくいシャナがわたわたと忙しなく動いていた。


「その…」


声をかけると今度は顔色が悪くなっていった。そしてゆっくりとギルド内へと指を指した。シャナに誘導されるがままにギルドの中を見てみると、今日はいつもの集合時間の朝の6時ではなく、昼の13時と遅いこともあってとても賑わっている。ん?賑わっているというよりも何だか慌ただしい。


「入ってみる?」


「そうですね」


このままでは状況が分からないのでソフィと一緒に中に入ることにした。


「何かあったのですか?」


受付の人に事情を聞こうと話しかけた。


「アドルフォ領に数千のオークが攻め込んできたの」


「……え」


アドルフォ領とは俺の父様が収めている領だ。つまり俺の故郷だ。そういえば今日は朝から次男のジャドソン兄様がいなかった。


「一度は街の冒険者と騎士達で何とか食い止めたんだけど…このままだと街がオークに落とされてしまうからせめて他の街に避難するために応援が欲しいって……」


あそこにはそこまで高ランクの冒険者は居ない。騎士もいるが、目的は盗賊などの人間対策のためであって魔物の討伐訓練なんかは受けていない。だからわざわざ小さい頃は冒険者に依頼して訓練をつけてもらっていたのだ。


「攻め込んできたのは普通のオークですか?」


冷静ではない俺に変わってソフィが受付に質問した。確かに父様とアンドレイ兄様がオークごときに敗走なんて考えられない。


「それが攻めてきたのがオークの上位種ばっかりなの。それに中にはオークキングもちらほらいたらしいのよ」


オークキングはB+である。そんなのが複数体ただの上位種のオークと一緒に来るということは、背後にはもっと高ランクの魔物がいるということだろう。だからこそギルドもこんなに慌てているのだろう。


「その応援はいつ頃アドルフォ領に着く予定ですか?」


「早くても応援メンバーを決めるのに2日、そして移動が早くて5日…だから応援が到着するには大体8日くらいはかかってしまうわね」


「…そうですか」


それを聞いて俺はギルドから出ようと歩き出した。


「ゼロ兄様!どこに行くのですか!?」


「ここにいても邪魔になるから出ようとしただけだよ」


ギルドを出ようとした俺の手をソフィが掴んだ。振り払おうとしたが、簡単にできないほどぎゅっと手を掴んでいる。


「いいえ!ゼロ兄様はアドルフォ領に行くつもりです!」


「………」


そのつもりだった。俺がエンチャントして全力で走っていけば3日と経たずにアドルフォ領に着くことができるだろう。


「ゼロ兄様が行ってどうするんですか!?」


「俺ならオークキングくらいならどうにかする事が出来る」


それに相手が数千いるなら称号の一騎当千の効果でステータスが2倍になる。これならオークキングごときに負けはしない。


「ゼロ兄様が行くなら私も…」


「ソフィは俺と同じスピードで移動できる?」


「…でも」


ソフィにエンチャントした俺と同じ速度で移動し続けるのは無理だろう。


「……わかりました」


そこからソフィは俺の手を握ったまま数分間俯いて何かを考え込むと顔を上げてそう言った。


「ちょっと着いてきてください」


そして俺の手を引いてギルドから出て行った。そういえばまだギルドの中だった。大声で話してすいません。


「ゼロスくん」


「うおっ…」


後ろからギルド長から話しかけられた。今回はギルド長のことを警戒していなかったので驚いた。今回は隠密とかは使っていないようでギルド内の全員がギルド長を見ている


「ギルドカードを出して」


「はい?」


用途は分からなかったが、何か考えがありそうな感じだったので素直にギルドカードを渡した。


「ありがと………はい」


「?」


そして少しギルドカードを弄るとすぐに返してくれた。


「アドルフォ領応援隊の先行部隊としての依頼を受けさせたわ。これで討伐した魔物の数が記録に残るようになるわ。好きに暴れなさい」


「ありがとうございます!」


ギルド長にお礼を言うと再びソフィに手を引かれながら路地裏に移動した。ギルド長のおかげで俺が倒した分の魔物はギルドランクに影響するようになった。無駄働きでは無くなったということだ。

シャナも路地裏に行く俺とソフィについて行こうとしたが、ソフィが目線で着いてこないでっと言うかのように見ると着いてこなかった。





「……私がアドルフォ領までゼロ兄様を転移させます」


「え?」


詳しく話を聞くと、どうやらソフィは空間魔法で俺をアドルフォ領まで転移させることができるらしい。


「ただ…転移は一日に一人しかできません」


転移の移動距離に関わらず一日に一度しか転移させることはできないらしい。


「私が行くまで無茶だけは絶対にしないでください」


「うん」


ソフィもわかっているはずだが、この約束は守れないかもしれない。


「私の持っているHPポーション、MPポーション、エリクサーを全て差し上げます


「全部は多いよ」


「おねがい……」


「…わかったよ」


今にも泣きそうな顔でそう言われたら断れない。そこそこ高価なので使い所が無かったポーション類をソフィから全てもらってマジックリングに入れた。このマジックリングはシャナが持っていたやつと同じ容量のやつを前に買っていた。


「空間よ歪め……」


そしてソフィは転移のための詠唱を始めた。いつもの魔法よりも詠唱時間は長かった。それほど集中しなければいけない魔法のようだ。


「……もう私を一人残して死なないで…」


「え…それっt」


「空間転移」


今の「もう」とはどういうことだろうか……。こんなことありえないはずなのだが、時々前世の妹とソフィが重なることがある。これは妹だからこじつけているだけだと自分に言い聞かせているが、同一人物だと思うほど似ている時がある。


「…早く行かないと」


気が付いたら俺はアドルフォ領の門の前にいた。早く状況を詳しく理解するために俺は自分の家まで向かって走った。

















「どうして……」


お兄ちゃんを転移させてからはシャイナに解散とだけ告げて家に帰ってきた。

私は自分でもなんでお兄ちゃんを転移させたのか分からなかった。お兄ちゃんのことだけを考えたら、お兄ちゃんを走って向かわせて街に着くタイミングを見計らって私も転移したり、お兄ちゃんが走ればあと一日で街に着くところが転移させれる限界と嘘を付いて転移させて、その時にスキルレベルが上がったから街まで転移できるようになったとでも言えば、お兄ちゃんと同じタイミングで街に着けたはずだ。お兄ちゃんと同時に街に着く方法なんていくらでもあった。なのに何でそれをしなかったのかと言われたら、何か嫌な予感がしたからとしか言えない。私は未来予知系のスキルなんて持っていない。だけどお兄ちゃんを1人で走らせることだけは絶対に駄目だと思った。





「……あと6時間」


もう朝の7時が過ぎた。なのに私は一睡もできていなかった。私はずっと時計を見ながら一刻も早くお兄ちゃんの元に転移できるようになるのを願っていた。



カンカンカンカン!!!


「…なに」


急に外から大きな鐘の音のようなものが鳴り響いた。これは緊急事態の時になるものである。お兄ちゃんに関係あることかもしれないので、私は急いで準備を整えて冒険者ギルドに向かった。




「何があったんですか!」


私は今日の朝の何倍も慌ただしいギルド内に入ると、一直線に受付に向かって事情確認をした。


「そ、それが…王都にドラゴンとワイバーンの群れが一直線に向かって来てるのです」


「……そうなの」


それから詳しく状況を聞くと私は安心してしまった。ドラゴンはアドルフォ領の上空は通過していないようだった。しかし、もしあのままお兄ちゃんを走って向かわせたり、一日で着くところに転移させてしまっていたらちょうどドラゴン達と鉢合わせていた可能性が高かった。私が空間魔法を覚えたことによってそれが回避することができた。神の予言が外れたと安堵してしまった。

この時の私は神の予言というものを甘く見過ぎていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る