第12話 見えてますよ、乙村さん
「ちゃんと画面の指示どおりにしているのに、全然つながらなくて……」
乙村さんは肩を落とした。
「有線? それとも無線?」
「無線? ええと、Wi-Fi……?」
「じゃあ無線か」
「線でもつなげられるんですか?」
「LANケーブルがあればね。格ゲーなんかはラグの関係で有線のほうが安定するって言われてる。というのもPing値が――」
乙村さんの目がみるみるうちに死んでいく。ここらへんの突っこんだ話をすると乙村さんは心を閉ざしてしまうようだ。
「ま、まあ、GS5は無線でも速いらしいから大丈夫だと思う」
「よかった……」
乙村さんが息を吹きかえした。
「Wi-Fiのパスワードはちゃんと入れてる?」
「はい、父から聞いたものを何度も確認しながら。『password』と」
「セキュリティ意識ぃ……」
この学校には情報リテラシーの授業が必要ではないだろうか。しかしWi-Fiのパスワードを変更しろなんて話をしたらまた乙村さんが心を閉ざしてしまうのでひとまず置いておく。
「パスワードが合ってるとしてつながらない理由は……」
考えを巡らせていると、乙村さんがおずおずと言った。
「あの、よかったらなんですが……」
「なに?」
「うちに来て見てもらえると助かるのですが……」
「へ!?」
思わず裏声が出た。
「で、ですよね、いきなり言われても予定が詰まってますよね」
「いやそっちじゃなくて……」
――大胆すぎんか……?
家に男子を呼んで家族に変な勘ぐりをされたら嫌じゃないのだろうか。それに、まず俺のメンタルがもたない。乙村さんの家族からどういう目で見られるかと考えただけで脇汗が大変なことになっている。
「家に行くのはちょっと……。電話で指示するとか」
「来てくれないんですか……?」
「いや、あの」
言い訳しようとしたところ――。
「自分のことは自分でやれってことですね……」
と、赤くなった頬を両手ではさんだ。
――だからなぜ喜ぶ……。
しかし彼女の超解釈のおかげで家には行かずに済んだようだ。
乙村さんは鞄からスマホをとりだした。
「ではLINEを交換しましょう」
「あ、う、うん」
慌ててスマホをとりだし、乙村さんが示したQRコードを読みとる。
友だちリストに『こよ』が追加された。アイコンはアリクイかなにかのぬいぐるみだ。
俺は目をつむり、天を仰いだ。
――聞いてるか、六ヶ月前の俺。お前がいまぼうっと見とれているその女子とLINEを交換することになるぞ。まあ信じられないだろうな。俺もまだ信じられない。
「ユーザー名がフルネームなんですね。なんだか渡来くんらしい――って、なにしてるんですか? 瞑想?」
「いろいろとこみ上げるものがあって」
「? そう、ですか」
登校してきたクラスメイトの女子たちが乙村さんに気がついて笑顔で近づいてきた。
「じゃあ俺、行くから」
「はい。放課後、家に帰ったら連絡します。よろしくお願いします」
「ああ」
俺は顔がにやつきそうになるのを必死に堪えながら教室へ向かった。
◇
放課後、家に帰った俺はスマホを片手に部屋の中をうろうろしていた。
ときおり立ち止まり画面を見ては、また歩き回る。もう一時間くらいこうしてるんじゃないかと思ったらまだ十分しかたっていなかった。
早くかかってきてほしいような、かかってきてほしくないような複雑な気持ち。いずれにしろ言えるのは、ド緊張しているということだ。
こんこん、とノックの音がして俺はびくりとなった。
ドアが開く。茉莉実が怪訝な顔を覗かせた。
「ど、どうした?」
「こっちのセリフなんだけど。ずっと天井がみしみしみしみし。なにやってんの?」
茉莉実は俺の手にあるスマホをちらっと見た。
「乙村さんから電話でもかかってくるの?」
「なん……!」
――エスパー!?
「どどどうしてそう思う」
「スマホ持ってそわそわするなんて、女の子からの電話を待ってるとしか考えられないじゃん」
「乙村さんとは限らんだろ」
「すず兄に電話をかける女の子なんてわたしか理絵留ちゃんしかいないでしょ。で、わたしは電話しないし、理絵留ちゃんならそんなに緊張しない。なら可能性が高いのは、この前遊びにきた乙村さん」
「ほかにも女友だちがいるかもしれないだろ!」
「だったらいいんだけどねえ……」
茉莉実は頬に手を当ててため息をついた。
――リアルに憂慮されてしまった……。
笑われたり哀れまれたりするより心に来るものがある。
「じゃあ、お邪魔しないように退散するね。ごゆっくり~」
口元を手で押さえ、「うふふ」と笑いながら去っていった。
――なにが「うふふ」だ。
俺と乙村さんはそんな色っぽい関係ではない。
――いや、じゃあなんで俺はこんなにそわそわしてる。
まるで好きなひとの電話を待っているみたいじゃないか。
「そうだよ」
緊張する必要はないし、待つ必要もない。ふだんどおり生活しながら、電話が来たら受ければいいだけの話だ。
「よし」
そう考えたら気持ちが落ち着いた。トイレに行って、飲み物を持ってきて、優雅にゲームでもしながら――。
そのときスマホが鳴り、俺は慌てて電話に出た。
「はいもしもし!!」
『あ、ご、ごめんなさい、待たせすぎましたか……?』
「え?」
『だって、怒って、ますよね……?』
「あ、違う違う! でかい声が出たのは、その……、――俺、電話は勢いよく出るタイプだから!」
『そう、なんですか……。ふふっ、少し意外です』
「意外かな」
『ええ、もっとだるそうな感じで出るのかなって』
「俺もそう思ってた」
『え?』
「いや、こっちの話。――それで、Wi-Fiのほうだけど」
『はい、いま設定の画面を開いてます』
「もう一回最初からパスワードを入れてみてくれ。一文字ずつ正確に」
落ち着いてやり直せば案外うまくいくものだ。
『分かりました。――スピーカーにしますね』
「ああ」
ごそごそと音がしたあと、つぶやき声が聞こえてきた。
『ええと、p、a、s――』
パスワードを入力しているあいだ手持ちぶさたになり、なんとはなしにスマホを耳から離すと――。
――あれ?
画面が明るい。スピーカーにしたつもりでビデオ通話になってしまったらしい。まあこれでもハンズフリーの目的は果たすことができる。
しかし問題があった。それは画面に映っている、ふたつの山。
――これ……。
多分、スマホは太ももの上に置かれている。だから乙村のふたつのふくらみを下から見あげる形となっているようだ。
部屋着らしきゆったりとしたシャツの上からでもしっかりと主張するふくらみ。案外、着痩せするタイプらしい。
覗き見をしているような罪悪感と興奮に心拍数が上がる。
俺ははっと気がついた。これって――。
――膝枕VRだ……!
この画面を見ながら寝転がったら、乙村さんの膝枕を疑似体験できるのでは?
俺は枕を床に置き、ごろりと寝転がっ――。
『やはり駄目です』
とうとつに乙村さんの声がして跳ね起きた。
「ご、ごめん!」
『なにがですか?』
「変なことしようとして」
『変なこと……?』
「……あ、いや、ぼうっとしてた」
――あっぶね、なにが膝枕VRだよ……。
これが色香に惑わされるというやつだろうか。
――いや、俺が勝手に自分を見失ってただけだな。
ひとのせいにしてはいけない。
「それで、設定のほうは?」
『ネットワークエラーと出ています』
「ううん……。じゃあ、べつのネットワークはある?」
『べつのネットワーク?』
「『どのWi-Fiにつなぎますか?』みたいな画面があると思うんだけど、そこにほかの選択肢はない?」
『同じような名前のものがありますけど……』
「じゃあそっちにしてみて」
『分かりました』
しばらくして。
『つながった! つながりました!』
と歓喜の声が聞こえて、映像がぐらぐら揺れた。乙村さんがスマホを手にとったらしい。
――やばい、見てたのが気づかれる!
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