第11話 興奮してごめんなさい

「わたしもPCにしようかと思うのですが」


 トヨハシカメラに到着するなり、乙村さんはそんなことを言いだした。


 店内はCMでよく耳にするテーマソングやポイントカード勧誘の放送でやかましい。乙村さんは少し声を高くする。


「渡来くんもPCですし、困ったときに同じものなら聞きやすいかと」


 その発言で、乙村さんがPCに疎いことを俺は察した。ゲーミングPCと一口に言っても性能は様々だし、俺のPCはキメラのように様々なパーツを組みあわせているから、まったく同じものをとなるとかえって面倒なことになる。


「ふつうにGS5にしといたほうが。価格も安いし」


 GameStation5。Zwitchと並ぶ家庭用ゲーム機のひとつである。


「でもPCのほうがドキドキするんですよね」


 と、目をつむって胸に手を当てる。乙村さんのアンテナはPCのほうをご所望らしい。


「ううん……。じゃあ、行くか」


 PCパーツ売り場へ移動する。ずらっと並ぶPCケースを見て乙村さんは目を輝かせ、興奮気味の声をあげた。


「わ、こんなにたくさん種類があるんですか? しかも五千円……? すごく安い……」

「いや、これ、ケースだから」

「ケース?」

「中身は空」

「え、ではどうするんですか?」

「自分でパーツを買って組みたてるんだよ」

「そんな高度なことを、自分で……? わたし、資格とか持ってませんけど」

「資格?」

「電気工事士の資格とか必要なのでは?」

「いらないよ、そんなの」

「本当に? 捕まったりしませんか?」

「大丈夫だって。必要なのは予算と知識だけだよ」


 売り場を奥へと歩く。


「まずマザーボードを選ぶ」

「マザーボード?」

「建築で言えば基礎の部分。ここに各種パーツをとりつけていく」

「なるほど」

「もっとも基本的なパーツはCPU。これがPCの頭脳。それからメモリ。これは一時的なワーキングスペースみたいなものかな。あと電源ユニット。これで電気を供給する」

「はい……」

「ストレージも必要だな。ここにOSやゲームをインストールする。HDDよりSSDがいい。読みこみが圧倒的に早いから」

「ええ……」

「DFをやるならグラフィックボードもいいのがほしいなあ。あ、CPUクーラーも」

「……」

「CPUはInteliもいいけど、いまならRyzinもいい」

「……」

「いっそ簡易水冷にするか!」

「……」

「そうしたらケースから考えなおさないとな!」

「……」


 ――……あれ?


 乙村さんが妙に静かだ。不審に思って横に目を向ける。


 乙村さんはまるで冷凍サンマのような死んだ目をして立ち尽くしていた。


 ――完全にあきらめたひとの顔だ……。


 さっきまであんなにきらきらしていたのに。


「渡来くん、わたし……、GS5にしようと思います……」

「うん、それがいい……。――なんか興奮してしまってすまん」

「ううん、こちらこそごめんなさい……」


 ――空気重い……。


 一刻も早くこの沈痛な空間から逃れるべく、俺たちは上の階にあるゲーム売り場に向かった。


「わあ……!」


 棚にずらっと並んだGS5を前すると、乙村さんはすぐにきらきら顔になった。


 そしてぴんと手を挙げて店員に声をかけた。


「すみません、これください」

「早っ」

「え、わたしまたなにかまちがいましたか?」

「いや、まちがいなくGS5だけど」

「ですよね、よかった。――あ、ゲームも買わないと」

「アケコンがよければそれも」

「アケコン?」

「ゲーセンみたいなコントローラー」

「でしたらそれも」


 レジで精算する彼女の背中を見ながら思った。


 ――アグレッシブというか、無鉄砲なだけでは……?


 と。





「ありがとうございます、ついてきてもらって」


 バスから降りて帰り道を歩いていたとき、乙村さんが言った。


「いや、べつに。それよりそれ、重くない? 持とうか?」


 乙村さんは両手に大きな紙袋をぶら下げている。


「それは駄目です」


 まさかの完全拒否。


「この重みを感じながら、胸を躍らせて帰る帰り道がいいんですよ」

「そういうもんか……?」

「そういうものなんです」


 暗くなりかけた道を、大通りのほうへ並んで歩く。


「そんな簡単にぽんと買ってよかったのか?」

「大丈夫。いざというときのためにお年玉やお小遣いをこつこつ貯金してましたから」


 けっこう堅実ではあるらしい。


「でも、それを渡来くんが言いますか?」

「……どういうこと?」

「わたしをその気にさせたのは渡来くんですよ?」

「俺が?」


 乙村さんがひとりで勝手に盛りあがっていたことくらいしか記憶にない。


「ぼこぼこにしたこと?」

「それもそうですけど、もう少し前」

「……いや、ますます分からんけど」


 乙村さんは暗くなりかけた空を眺めるように見あげながら話しはじめた。


「情報処理部の部室の前を通りがかったとき、渡来くんが中にいるのがちらっと見えたんです。部活には入ってなかったはずなのにどうしてここにいるのかな、と思って覗いてみたら、渡来くんが、すごく楽しそうな顔をしていたんです」

「楽しそうな顔……?」


 ――ああ、そうか。グラフィックとか動きの滑らかさに感動してたときか。


「いつもクールな渡来くんを、あんな子供みたいな顔にさせるものってなんなんだろうとすごく気になって」

「そんな顔してたか?」

「ええ、見てるこっちもわくわくしてくるくらいに。――だから思ったです」


 俺の顔を見る。


「このひとに――渡来くんに教わりたいって」

「……俺に?」

「そう、君に」


 はにかむように微笑んだ。


 俺は自分の足元に目を向ける。


 ――俺に……。


 なんだか胸が温かくなるような、照れくさくなるような、そわそわするような、そんな気持ちになる。


 大通りに出る。乙村さんは俺に向き直り、改まった口調で言った。


「これからもよろしくお願いしますね、渡来くん」

「こちらこそ」


 こちらに背を向け歩いていった乙村さんは、いったんこちらに振り向いたあと、はっとしたような顔で両手に持った紙袋を見た。どうやら手を振ろうとして、両手が塞がっていることに気がついたらしい。


 俺はぶっと吹きだした。乙村さんはそんな俺をじっと見つめている。


「なに?」

「渡来くんの笑い顔って初めて見たかも」

「そう?」

「レアなものも見れたし、今日はすごくいい日でした」


 ぺこっと会釈して去っていった。


「俺も――」


 ――今日はすごくいい日だったと思う。


 俺は浮き浮きとした軽い足どりで家路についた。乙村さんほどではないけど。





 朝、学校の玄関へ向かう途中、特徴的な赤っぽい髪が見えて、俺は駆け寄った。


「理絵留」

「お、涼樹じゃん。グッモ~。そっちから声かけてくるなんて珍しいね。なんか用事?」

「いや、用事ってほどでもないんだけど」


 俺は少し迷ったあと、言った。


「昨日さ、ゲームは楽しいかって俺に聞いただろ? それに答えられなかったからさ」

「あいかわらず生真面目だね~。――で? 楽しい?」

「楽しくはない」

「あれま」

「でも、楽しめるようになりたいと思えるようになった」

「……ふ~ん」


 理絵留はへらっと笑った。


「それはいったい誰の影響かな~?」


 まっさきに乙村さんの顔が思い浮かんだが――。


「い、いいだろべつに、誰の影響でも」


 なぜか急に恥ずかしくなってごまかした。


「そっか」


 理絵留は顔をしかめた。


「しょっぺえ話」

「しょっぺえ!?」

「朝からテンションだだ下がりなんですけど~」

「お前、ここはいい感じにまとまる流れだろ……」

「はいはいよかったね。これでいい?」

「雑……」

「わたしこう見えて忙しいんだから」

「あ、すまん、生徒会の用事があったのか」

「ううん、ペンケースの整理」

「手持ちぶさたのときにやるやつの筆頭じゃねえか」

「やっぱ涼樹をからかうのが一番面白いわ~」


 聞き捨てならないセリフを残し、理絵留は去っていった。


 しかし嫌な気がするわけではない。真面目な話をしていても深刻になりすぎない彼女特有のゆるさは、むしろ心地がいい。生徒会選挙で多くの票を集めるほど人望があるのも頷ける。


 玄関で靴を履きかえながら、さっきの自分の言葉を思いかえす。


『でも、楽しめるようになりたいと思えるようになった』


 勢いで出た言葉だったが、自分でも意外なくらいしっくりと来ていた。


 ――しかしなあ……。


 上達の歩みが遅いゲームフレンドを思う。こっちもなかなか時間がかかりそうだ。


 ――まあ、地道にやっていこう。悩むことも多そうだけど。


「渡来くん!」


 乙村さんが小走りで駆け寄ってくる。


「ゲームがネットにつながりません」

「マジかよ」


 さっそく悩みの種が増えた。

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