第7話 ベッドメイクのさじ加減

「ちょっと待ってて、掃除するから」

「わたし全然気にしませんが」

「俺が気にするんだよ」

「? 分かりました、待っています」


 乙村さんを廊下に残し、俺は自室のドアを閉めた。


 ――本当に来ちゃったよ……。


 いまの時間、家には誰もいない。途中で彼女にもそう伝えた。そんな場所に女の子がひとりでやってくるのはいかがなものかということを暗に匂わせたつもりだ。


 しかし――。


『そう』


 さらっと二文字で受け流された。


 アグレッシブなのは乙村さんの美点ではあるが、もう少し思慮することも覚えたほうがいいのではないだろうかと心配になる。


 などと考え事をしている場合ではない。部屋を片付けなくては。


 消しゴムとスナック菓子のカスが散らばっているローテーブルをきれいにする。PCデスクの脇に置いてあるAmaz○nの段ボール箱を畳んで押入に突っこむ。


 床に変なものも置いてないし、ゴミ箱に変なものも捨ててないし――。


 ――あとは……。


 掛け布団やシーツがめくれあがったベッドだが。


 ――あまりベッドをきれいにすると、なにか、その……、そういうアレを期待しているかのように受けとられたりしないだろうか……。


 しかしこのままにしておくわけにもいかない。あまりきれいになりすぎないように、でも少し生活感を残しつつ……。


 ドアがノックされ、俺はびくりと仰け反った。


「渡来くん、わたし座るところがあれば大丈夫ですよ?」

「そういうことじゃないんだよ。これは男心の問題だ」

「そう、ですか……」


 困惑したような声だった。


 布団を整えたあと、少しだけ枕を斜めにする。


 ――よし、いい生活感だ。


「お待たせ」


 声をかけるとドアがゆっくりと開き、乙村さんが入ってきた。


「なんだ、ちゃんと片付いていますし、生ゴミの臭いもしませんよ」

「片付けたんだよ。というか、なんか生ゴミにトラウマでもあるのか」

「だって世界一嫌な匂いは生ゴミの匂いだから」

「いつ決まったんだよ……」

「生ゴミの匂い、好きですか?」

「いや嫌いだけど」

「ほら」


 と、得意げな顔をする。


 言われてみれば、なんだか説得力があるような気がする。生ゴミの匂いが好きなひとなんてそうそういないだろうから、全世界で統計をとったらランキング一位になるかもしれない。まあ、だからなんだという話だが。


 乙村さんはきょろきょろと部屋を見回す。


「それで、Zwitchズイッチはどこに?」

「Zwitch? じゃなくてPCだけど、デスクに」

「PC……? PCでゲームできるんですか?」

「情報処理部でもPCだっただろ」

「どこかにZwitchがあるのかと……。どうしてZwitchじゃないんですか?」

「そもそもZwitchでDF6がリリースされてないから」

「え? Zwitchでどのゲームも遊べるんじゃないんですか?」

「全部は無理だよ。あっちのハードでは出てるけどこっちは出てないみたいなことはよくある」


 乙村さんの表情が曇った。


「ええ……? どうしてそんなことするんですか……?」


 俺はため息をつく。


「あのな、それは――俺も本当にそう思う」


 ゲーム機本体では利益は出ないどころか赤字という話も聞いたことがあるし、ひとつに統一してソフトで勝負してくれないものか。たったひとつのやりたいゲームのためにゲーム機本体を購入するのはきつい。


 俺がゲーム機ではなくPCを選んだはそこだ。基本的にOSは変わらないから大昔のゲームも動くし、パーツを交換さえすれば未来のゲームにだって対応できる。


 一年間にリリースされるゲームの本数もPCのほうが圧倒的に多い。まあ、家庭用ゲーム機で発売されるようなゲームはPCに対応していないことも多いのだが。


 ただDF6はゲーム機だけでなくPCでもリリースされ、しかも別のハード同士――クロスプラットフォームでネット対戦もできる。いまのところ俺はPCで満足している。


 さて、ゲームをしようかとPCの電源を入れ、はたと気づいた。


 ――どこに座る?


 幸いアーケードコントローラーはふたつ所有している。古いほうを俺が使えばいいだろう。しかしデスクはひとり用で、コントローラーを置く場所がひとつ分しかないしイスも一脚しかない。床に座るとディスプレイが見づらくてプレイに支障が出る。


 とすると――。


「乙村さんはイスに座って」

「渡来くんはどこに?」

「俺はベッドに座るから」


 ベッドであればデスクと近いから問題なくプレイできる。コントローラーは膝に置けばいい。


「それはいけません。わたしは教えてもらう側なんですから、渡来くんを差しおいてイスに座るなど」

「いや、問題ない。っていうか、むしろ――」

「むしろ?」

「い、いや……」


 ベッドに座られるとどうしてもそっち方面に意識が向いてしまう。しかしそんなことを説明できるわけもなく、どう言えばいいかとまごまごしているあいだに乙村さんはベッドにすとんと腰を下ろした。


「わあお!?」

「『わあお』?」


 乙村さんは首を傾げる。


「い、いや、なんでもない」


 俺が意識しなければいいだけの話だ。


 とはいうものの、女性を部屋に上げたこと自体が初めてであり、その初めてがあの乙村さんで、しかもベッドに座っているという状況で平静を保てるわけもない。


 白く輝くようなすね、滑らかな膝小僧、思いのほか肉づきのよいふとももに俺の目は吸い寄せられる。


 俺はぎゅっと目をつむった。鼓動に合わせて身体が揺れてしまうほど、心臓がばくばくと暴れている。


「渡来くん?」

「はい!?」


 声が裏返ってしまった。


 目を開ける。少し興奮したような笑みを浮かべた乙村さんが言う。


「じゃあ、しましょうか?」

「へ、え……?」


 乙村さんはボタンをはずし、ブレザーを脱いだ。


 ただシャツ姿になっただけ。ついこの間まで着ていた夏服のほうが半袖だった分、露出は多かったはず。なのにその仕草が妙になまめかしく感じられて、俺は目が離せない。


 乙村さんはブレザーを畳んでベッドに置く。そしてシャツの袖をまくり、膝の上のコントローラーに手を置いた。


「さあ、いつでも大丈夫ですよ」

「……え?」

「今日もいろいろ教えてくださいね」

「な、なにを」

「ゲームですけど……?」

「……あ、ああ! ゲームね! うん、よし、やろう」


 明らかに挙動不審になってしまった。


「どうかしましたか?」


 乙村さんが心配そうに覗きこんでくる。


「い、いや、大丈夫! ……まだ」

「『まだ』?」

「だから安心してほしい」

「はあ……。よかったです」


 などと言いながら、なんだか釈然としない表情の乙村さん。


「さあ、やろうか!」


 微妙な空気を吹き飛ばすように大声を出し、俺はDFを起動した。

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