いつもと少し違う日常

千葉ソウタ

いつもと少し違う日常

 なんてこの世界は退屈なんだろう。

 

 ガタンガタン

 ガガガガ

 

 電車に揺られながらふとそんなことを思う。

 車窓から見る景色はいつもと同じで、窓の外を眺めていてもその景色は頭の中に入ってこない。

 手すりに掴まりながら寝ているサラリーマンがいる。単語帳を開いて必死に勉強している受験生がいる。声量を落として笑っている女子高生がいる。

 そんな中、俺もその風景の一部として電車に一人揺られている。

 

 津田沼ー津田沼ー

 

 ドアを開けた途端水槽から水がドバッと溢れ出すように、一斉に電車から人が降りていく。

 同じ高校の制服を着た人達もここで降りていく。今日も退屈な一日が始まってしまう。そう思っているとドアが閉まりそうになる。右手に抱えた本を制服のポケットに押し込んで、一歩踏み出す。

 その時、突如前から女性が駆け込んできた。

 

「すみませーん。入りまーす!」

 

 バタン

 

 俺は勢いよく飛び込んできた女性と正面衝突して、体勢を崩してしまう。その隙にドアが閉まってしまい、駅に降りれなくなってしまった。


 突然の状況に思わず上を見上げた。


 控えめな身長に、ショートカットの艶やかな茶髪。制服にマフラー。手には手袋をつけていて、うるうるとした瞳でこちらを見ている。

 

「すみません。大丈夫ですか?」

 

 鈴音のような声色で、女性が喋りかけてくる。「気にしないでください」そう言おうとしたその時、彼女の着ている服に目がいく。

 俺と同じ高校の制服なのだ。本来、この駅が高校の最寄駅だから、駆け込んでくるのはあり得ないのだ。


「大丈夫です」

 

 とだけ言って、これからどうしようかと思う。遅刻ギリギリの電車に乗ってるから、もうどう足掻いても遅刻は確定してしまっている。

 

 車窓から外を眺めると、普段見慣れない景色が広がっていた。ありきたりな風景である事には変わりないけど、普段と違うビル、看板。いつもより少しだけ混んだ電車に揺られる。

 

「ごめんなさい。同じ高校のひとですよね?遅刻させてしまってすみません」

 

 そう言って、彼女が頭を下げてきた。彼女の髪の毛が目の前でサラサラ流れる。

 

「大丈夫ですよ。学校サボってみたいとは思っていたので丁度良い機会です」

 

 なるべく怒っていない事をアピールする様に穏やかな口調を心がけた。

 顔を振り上げた彼女は、特段美人という訳ではなくてどちらかと言ったら地味な方だと思う。こんな人でも学校サボるんだな。そう思って制服から本を取り出す。

 申し訳無さそうな彼女を片目に置きつつ、別に関わる必要もないと思い本に目を向ける。

 一限の終わりに学校に着けばいいから、三十分くらい電車に乗ってそこから折り返せばいいやと思い、本を読む事を決めた。

 

 巷では電子書籍が普及していて、電車の中ではタブレット等で読書している人もちらほら見かける。けれど、電子書籍だと読書の気分にならないので、電車の中であっても紙媒体の書籍を読むようにしている。

 目を彼女の方に向けると、彼女も本を取り出して読んでいる。

 きっと同じ人種なんだな。

 そう勝手に思って解釈して、そんな自分が少し嫌になってしまう。

 

日暮里ー日暮里ー

 

 このアナウンスが流れて、本から目を離す。腕時計を確認すると、八時半くらいだった。次の上野で折り返せば丁度良いな。思い本を仕舞う。

 

 ふと、目の前に目を向けると彼女がまだそこにいた。

 この人は、学校をサボって何をするんだろう。普段図書室に居るような子が、これからする行動がとても気になる。

 そう感じていると、本を閉じた彼女と目が合って、彼女は驚いた表情を出した。

 

「驚きました。こんな所までどうしたんですか?」

 

「いやそれこっちのセリフなんですけど。上野まで行ったら折り返そうかと思って」

 

「そうなんですね。私はこれから秋葉原にでも行こうと思います」

 

 驚いた。まさかこの子の口から秋葉原という単語が出てくるなんて。

 普段オタク文化に触れていない分、少し偏見が合ったのかもしれない。

 

「なんか少し意外です」

 

 会ってからほんの三十分しか経っていなのに。喋った時間はほんの僅かなのに。そう思ってしまう。

 だから嫌なんだ。

 頬を少し膨らませて、視線が強くなった彼女はちょっとだけ声を強めて、

 

「少し馬鹿にしました?」

 

「ごめんなさい」


 ふっと息をついて、窓の外に目を向ける。千葉の景色とはもうまるで違って、東京の高層ビルが沢山並んでいる光景は何回見ても慣れない。

 千葉県は東京の隣にあるのに、どうしてこうも差が開いてしまっているのだろうか。

 真剣に考えながら、この思考が無駄だと考える。

 

「午前の授業、休んでも平気ですか?」

 

 ん?どういう事だ。思考が追いつかないまま、頭に出てきた言葉を口に出す。

 

「別に平気だけど——」

 

 少し、頬を緩ませて悪戯に笑顔を見せる。そんな表情に一瞬目を奪われる。

 

「じゃあ、一緒に秋葉原に行きましょう」


「はあ?」

 

「言葉の通りです。」

 

「……」

 

「一人だとちょっと落ち着かないんですよね」

 

「……」

 

「大丈夫です!コスプレって言い張れば何とかなります!」

 

「いや、そこが問題じゃないだろ」

 

「偏見で私を馬鹿にした罰ゲームです」

 

 何も言い返せなくなった俺は無言の肯定をして、二人で上野から秋葉原へと向かう事になった。

 


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 秋葉原ー秋葉原ー

 

 上野から乗り換えて、秋葉原駅へと降り立つ。

 電車から降りて、周りにはもっとオタクっぽい人で埋め尽くされていると思ったけど、案外通勤中のサラリーマンがほとんどで偏見だったな。と少し反省した。

 

 久々に吸う東京の匂いはやっぱり濁っていて、地元の方がよっぽどマシだと思ってしまう。

 横を見ると、電車の中よりも幾分か目を輝かせている彼女は何やらスマホで何か確認しているようだ。

 

「そういえば秋葉原なんか来てなにするんですか?」

 

 ずっと疑問だった事を口に出す。秋葉原=オタクの街という認識だけはあったけど、実際何をしているのかは何も知らなかった。

 

「基本的には買い物ですかね。ここに来ればなんでも揃うから定期的に来くるんです」

 

 そういえば秋葉原はパソコンとかが安く手に入るんだっけ。

 頭の片隅にあった記憶を引っ張り出すが、目の前の彼女とパソコンは結びつかない。

 

「今日は何を買いに来たんですか?」

 

「同人誌。って言っても分かりませんよね」

 

「うん。よく分からん」

 

 えーっと。と、彼女が指を口に当てて考える素振りをする。

 

「個人が本を作って、それを売るっていえば分かりますか?」

 

「多分テレビとかで見るコミックマーケットとかがその代表例です」

 

「じゃあ今日は何かのイベントなの?」

 

「はは。今日はイベントじゃなくて、沢山同人誌が売っている店に来たんです」

 

 平日の昼間からそんなイベントがあるはずないもんな。と少し感心する。

 

「じゃあその店が開くまで待つってことね」

 

「そう!そういう感じです!」

 

 そういうことで俺達は十一時頃までその辺をうろつく事になった。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 十時頃、秋葉原には日光が差し込んでいて、歩く人々が照らされている。

 この時間になってもやはり見られるのは、やはりサラリーマンが中心で制服姿で歩いているのはまだここに来て見ていない。

 横にいる彼女と適当な雑談をしながら、この秋葉原という場所をふらふら歩いている。

 

「そういえば——」

 

「多分同学年ですよね?」

 

「うーん。分かんないけど、僕は二年B組です」

 

「やっぱり。私は二年C組です」

 

 体育とかで見た事があったのだろうか。こちらとしては何も記憶にないけれど。

 

「どうして分かったんですか?」

 

 彼女はふふっと笑って、

 

「なんとなくです」

 

 釈然としない回答に適当に相槌をして、彼女の少し後ろを歩く。

 雑伐とした空気の秋葉原を歩くサラリーマンは、どこか息苦しそうに見える。

 

「そういえば、名前はなんていうんですか?」

 

 彼女は、はっとしたようで俺に対してそう言ってきた。

 フルネームで答えようか苗字だけで答えようか、くだらない議論を頭の中で広げて結局苗字だけにした。

 

「月下。そっちは?」

 

「私は菊池奈々って言います。下の名前なんて言うんです?」

 

「葵だよ」

 

「葵くんかー」

 

 ふふーんとした様子で彼女が名前を言う。

 

「じゃあ、私は君のことを葵くんって呼びますね」

 

「君は私の事を奈々って呼んでください」

 

「分かったよ。菊池さん」

 

 むっとした表情を彼女が見せる。小柄な彼女の表情は際立って見えた。

 

「じゃあ私も月下くんって呼びますね!」

 

 ちょっと怒った口調で、けれど少し冗談めかして彼女はそう言った。

 あとどのくらいで店が開くのだろう。

 この秋葉原という街は俺にとって全てが新鮮で、もっと知りたいという知的欲求が頭の中を占めている。

 

「あと少しで開店みたいなので、お店の方に向かいましょうか」

 

 そう言って、彼女はスマホを片手に歩き出す。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 秋葉原とらのあな

 

 店の看板を見ても、ここが何のお店なのかはよく分からない。ビルの中は汚くはないが綺麗でもないと言った印象で、何を想像すれば良いのか余計分からなくなった。

 エレベーターを使って店の前まで行くと、目の前には本が沢山陳列されている。

 目当ての売り場へと駆ける彼女を片目に置いて、とりあえず一冊広げて見た。

 

「なんだこれ……」

 

 何かのアニメのキャラクターなのだろうか。破廉恥な格好をした美少女が沢山出てくるイラスト集だ。

 そっと本を閉じて周りを見渡す。

 別に誰も俺のことなんて気にかけてないけど、それよりも——

 

 オタク多くね?

 

 秋葉原に来てから、「オタク」と呼ばれるような人とはあまりすれ違わなかった。が、ここには見たらオタクって分かるような人が沢山いる。沢山というよりオタクだけだ。

 

「ここが秋葉原か……」

 

 思わず小さい声で呟いてしまう。

 

「……?」

 

 菊池さんがこちらを見て首を傾げている。

 

「次の店舗いきましょうか」

 

 まじ?

 

「次の店舗ってどうゆうことですか……?」

 

「一店舗だけで揃う訳ないじゃないですか」

 

「いや揃わないのかよ……」

 

「ここだけにしかない本があったんです!そんな感じで他の店舗にしかない本も沢山あるので」

 

 有無を言わせないようなじっとりした目で見られると、何も言い返す気も起こらなくなったのでついていくことにした。

 

「所であとどのんくらい周るんですか?」

 

「四店舗くらいですね」

 

 嘘だろ……

 今のでもうお腹一杯なんだけどな。

 

 ビルから出て空を見上げると、秋葉原の空は小さくて狭かった。


 冬なのに暑い。こんな感覚は久しぶりだ。

 

 菊池さんに振り回される事約二時間。色んな場所に行ったけど、後半からは疲れ切って店の外で待っていることがほとんどだった。

 帰宅部の俺は言わずもがなの体力だけれど、彼女はこんなに歩き回っているのに疲れた様子を見せずにいる。

 空気は冷え切っているのに、動き回っているせいか体がどんどん熱くなってきていた。

 

「次で最後の予定です」

 

 軽快な口調で彼女が言った。


「分かった」

 

 これでやっと最後か。という気持ちが膨らむと、少し体が軽くなった気がする。

 最後の一踏ん張りだ。と息を強く吸って歩みを進めると、あっという間に目的地に辿り着いた。

 

「月下君はどうしますか?」

 

 俺は外で待ってるよ。と口から出かけたけど、せっかくだし何か買って帰ろうと思った。

 

「俺も中に入る」

 

「じゃあ行きましょうか」

 

 ちょっとだけ嬉しそうに口角を上げて彼女はそう言った。

 店の中に入ると、やっぱりそこにはイメージ通りの秋葉原がある。けれど何度入ってもこの場所は慣れないなと思ってしまう。

 彼女の方に目を向けると、何かの列に並んでいるようだった。そこに追いついて声をかけてみる。

 

「ここって何の列なんですか?」

 

 相変わらずの敬語で話しかけると、菊池さんは少し笑って、

 

「サイン本の販売です」

 

 どうやら、直接その場でサインしてくれるらしく、そのためにはこの店舗で本を買わないといけないらしい。

 少し興味が出てきたのでそのコーナーに向かうことにした。

 そこには、表紙に美少女が描かれた小説。ライトノベルが山積みになって置かれている。

 今まで読んでいた本は文芸作品ばかりで、あまり親しみはなかったけど帯に書いてある「現役高校生からの人気一位」という文言に惹かれて買うことにした。

 会計で本を買うと、整理券を渡されてそのままサイン会の方に案内された。




 列の最後尾に並ぶと、前方からファンと思われる人たちの声が聞こえる。

 

「この作品のすごいファンなんです!」

 

「あのシーンがとても好きで……」

 

 前の人達が声を馳せている中、ついに俺の番になった。

 

「お、お願いします」

 

 緊張のせいか、おどおどした口調になってしまった。作家の方は優しく笑って、ありがとうございます。と言ってくれた。

 

「この本、まだ読んでないんです。実はライトノベルも読んだことがないんです」

 

 こんな事言う予定じゃなかったのに、口から出てきてしまう。

 

「だから、この作品を読んでライトノベルとは何かを知ろうと思います」

 

 驚いた表情を見せた作家さんは、手をこちらに差し出してきた。

 

「この本を読んでライトノベルを面白いと思って頂けらたら嬉しいです」

 

 熱く、力のこもった握手をした。

 作家さんの年齢は俺よりも一回り年上のはずなのに、とても親近感が湧いた気がした。

 

 サイン会の出口に菊池さんが本を手にして待っていた。

 

「月下君もサイン貰ったんですね!」

 

「せっかくですしね」

 

「ちなみにそれ三巻なので、一巻から読むのをオススメしておきます」

 

 そう言われて本の表紙をよく見ると、本当に三巻という事が判明したので急いで一巻を買いに行った。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 もうとっくの昔に昼時は過ぎていて、街にはサラリーマンが慌ただしく歩いていた。


「これで全部終わりですか?」


「はい!付き合ってくれてありがとうございました」


「こっちこそ楽しかったですよ」


 本当に楽しかった。こんな感覚は久しぶりかもしれない。


 慣れない環境。初めての土俵の上で知らないことがどんどん知れていくこの感覚は大切にしたい。


「これからどうしましょうか」


 東京って何があったっけと少し思考する。


「俺、渋谷のスクランブル交差点行きたいです」


 なんでかわからないけど、ずっと前からスクランブル交差点に行きたかったのだ。

 普段テレビでしか見れないあの場所に、自分自身で立ってみたいと感じていた。


「私はスカイツリーに行きたいです」


 その直後に彼女がそう言った。

 スカイツリーは五年くらい前に家族と行ったきりだ。


「じゃあ、今日は学校には行けませんね」


 いたずらな表情を見せた彼女がこちらに視線を向けてくる。

 時計を見るともう十三時半。正直学校のことなんて忘れていた。


「たしかに。まあこんな日があってもいいか」


 ということで、菊池さんとの不思議な旅が再開した。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 十四時。渋谷。

 相変わらずサラリーマンが慌ただしく移動して——

 って俺東京来てからほとんどサラリーマンしか見てないな。


「そういえば月下君はスクランブル交差点で何するんですか?ナンパ?」


「そんなこと俺ができるとでも思ってるんですか」


 じーっと彼女の目が俺の体全身を駆け巡る。


「あながちしそうかも——」


「いやしないわ」


「ふふっ」


 少し楽しそうに菊池さんが笑う。眼福だからいつまでも見ていたい。


「何か良く分かんないけど行ってみたいんですよね」


 そう言っている間にスクランブル交差点の前に着いた。


「「すごっ」」


 同時に息を漏らした。

 平日の昼間にもかかわらず、赤信号のそばで待つ人は数知れず、びしっとしたスーツをつけ表情をこわばらせながら信号をまっている。

 青信号になったとたん、どこからともなく人がどんどん密集していく。

 人、人、人——

 一歩踏み進むのを躊躇してしまうほどの人の多さだった。

 横にいる菊池さんは何回も瞬きして驚いていた。


「東京って綺麗な人おおいですね」


 そうつぶやく彼女の視線は、上京に憧れている女子高生そのもので。歩く人々のことを遠慮なく凝視していた。

 確かに、東京は千葉と比べて綺麗な人が多い気がする。

 気が付けば青信号は点滅していて、その直後に車が目の前を通り過ぎていく

 不思議なもので、多分三十分くらいはこの光景を見続けていた。


「月下君?つーきしーたくーん」


 慌てて目を覚ますように、自分の世界から起こしてくれたのは彼女のやわらかい声だった。


「そろそろご飯食べませんか?」


「たしかに。朝ご飯食べてないからお腹空いてきました」


 人間不思議なもので、これまで全然意識していなかったのに意識してしまうと頭から離れなくなってしまう。


「私もです。どうしましょうか」


「ラーメンとか?」


 まずい。初対面の女子相手と行く飯がラーメンなのは相当まずい。いや別にラーメンなのはいいんだけど誘ったことに問題があるというか。


「いいですね。ラーメン。おいしいところ知ってるんでそこ行きましょうか」


「え、いいの?」


「誘ったのは月下君じゃないんですか?」


「いやまあそうだけどさ」


「なんですか。また偏見ですか。怒っちゃいますよ」


 ふいっと顔を後ろに顔を頬張らせながら「知りませんよ」っていう態度をとってくる彼女に申し訳なさと、それ以外の気持ちが流れていた。

 前方を進む彼女を目線と体で追いかけた。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ラーメンおいしかったですね」


 店を出て、開口一番に菊池さんに告げた。


「ふふ。よかったです」


 本当においしかったのだ。駅前とかにチェーン展開されているラーメンの二倍くらい値段はしたけれど、なんというか感動した。


「スカイツリーでしたっけ。行きましょうか」


「はい!」


 初めての場所、初めての味——

 退屈だった日常が、ほんの少しだけ好転した。気がした。


「あのさ」


 震える声を殺しながら俺は彼女に向けて、


「いいな。こんな日常も。今までただなんとなく生きているだけだった日常が退屈だったけど少し何か変わった気がする」


 一歩彼女は俺に近づいて、


「またこんな時間を一緒に過ごしますか?」


 思わず目を開いた。俺は大きく息を吸って、


「うん。もっといろんなところに行こう!」


「じゃあ私のことは奈々って呼んでくださいね」


「よし。奈々スカイツリー行くか」


「え、ちょ」


 慌てふためいた彼女を横目に、空を見上げる。


 東京の空は、汚くて、狭くて、息苦しいけれど……


 こんな空を眺めてもいいのかなと思ってしまう。


「もう葵君は面白いですね」


 頬を赤らめた彼女は、妖精みたいで触れたらなくなってしまいそうで。


 ちょっとだけ日常からそれた道をもう少しだけ進んでみようと思う。












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いつもと少し違う日常 千葉ソウタ @Yukimaru_0521

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