第10話 星見の尖塔 48階・下

「行くぞ!」


 トールギルが踏み込んで剣を横に薙ぎ払ってきた。白い軌跡が空中に残る。太刀筋は流石に鋭い。

 どうにか目で追って受け止めるが何発かが体を掠めた。HPが僅かに減る。


 実戦で錬磨された正統派の剣術、それに護法の白帝剣で強化されたステータスの差。

 嫌な奴だが、流石に42レベルの聖騎士パラディンだ。やっぱり速さと技術では負けてるな。


 だが、それを観察できている。俺は落ち着けている。

 一歩後ろに飛んで距離を取った。


「どうした!」

 

 トールギルの大振りの一太刀目を躱す。見え見えの切り返しを村雨で強く払いのけた。

 白帝剣が大きく流れる。トールギルの姿勢が崩れて、表情が歪んだ。


 案内人ガイドはクラス特性なのかSTRの上りが速い。

 魔法も含めた総合力だとトールギルには及ばないだろう。だが、今なら単純な力勝負ならレベルは劣っていても俺の方が上だ。

 

 馬鹿正直に斬り合うより力比べに持ち込んだ方が有利だ。

 村雨を正眼に構えて敢えて真っすぐ踏み込む。


案内人ガイド風情が!」


 予想通り、トールギルが応じるように真っ向から剣を振り下ろしてくる。

 甲高い音を立てて村雨と剣がかみ合った。

 トールギルが押し込もうとしてくるが、この姿勢になるとはっきり分かった。やはり|STR(力)ならこっちの方が上だ。


「ぐっ……バカな」


 トールギルの体が後ろにズレる。顔から薄笑いが消えて、はっきりと焦りの色が浮かんだ。

 全体重を掛けてじりじりと刃を押し込む。村雨の赤い刃と白帝剣の白い刃が擦れ合って軋みを上げた。


 眼前に迫った村雨の刃に押されるようにトールギルの体が反りかえる。膝が折れて、そのまま潰れるように床に倒れた。

 白帝剣を払いのけて、トールギルの目の前に村雨の切っ先を突き付ける。

 トールギルが現実を受け入れがたいって顔で俺を見上げた。


「そこまでにしてください」


 クロエが言った。



 村雨を構えたまま何歩か下がった。

 トールギルが立ち上がって俺をにらむ。


「俺は負けていない!……その武器……そうだ、それがあったからだ!」

「いえ、貴方は力で負けた……村雨はSTRへの補正はありません」


 クロエが念を押すような口調で言うと、トールギルが言葉に詰まった。

 村雨は極端な火力特化型武器だ。

 防護点無効と会心の一撃クリティカルの発生率に高い補正を持つ必殺の攻撃力を持つ反面、レア以上の装備なら当たり前にあるSTRをはじめとしたステータスの補正はない。


 SSR装備としてはかなり癖のある性能スペックだ。

 というか、一撃で大ダメージを与えかねないから、モンスターを切る分にはいいんだが、決闘向きではない。

 

 トールギルが俯いて、クロエがため息をついた。


「あなたを侮辱したり軽んじたりする意図はありません、トールギル。

私達に追い付いてきたということは、恐らくかなりの強行日程でここまで来たのでしょう。貴方や貴方のパーティには優れた能力がある」


 クロエが静かに言った。


「でも、この星見の尖塔を攻略するにあたって彼と二人で行くことを望んだのは私です。人数は増やせない」


 そういえばそう言ってたな……何故かは教えてもらってないが。


「いずれにせよあなたは負けた。

貴方にも勝ち筋があったことは分かっているでしょう。それをつかめなかったのは貴方の奢りや油断です。

戦いはレベルやステータスだけでは決まらない。操る者次第です」


 クロエの言葉にトールギルが図星を刺されたようにがっくりと項垂れた。

 あっさりと鍔迫り合いの力比べに持ち込めたが、こいつは俺を甘く見ていたんだろう。


 とはいえ……数日前のレベル差を考えればむしろ当たり前か。

 俺だって数日前にトールギルと戦ったら勝てるとは思えないしな。

 

「戻りなさい……戻らないなら私が相手しますよ」


 一転してきつい口調でクロエが言う。

 トールギルが一礼してトボトボと仲間の方に戻っていく。仲間たちが何か言葉を掛けて、アイテムボックスから脱出エスケープのスクロールを取り出した。


 スクロールが白い光を放ってトールギル達を包む。

 打ちひしがれた表情のトールギルと仲間たちの姿が消えた。


◆ 


 回廊に静寂が戻った。

 村雨を鞘に納める。クロエが安心したように息を吐いた。


「ありがとう。勝ってくれて助かりました」

「すみません、迷惑を掛けました」


 クロエが何かを察したように俺の顔を覗き込んでくる。


「どうしたんです?」

「いや……もう少しスカッとするかと思ったんですけどね」


 今まであいつには散々バカにされてきた。

 あいつを見下ろした時もう少し気分が張れるかと思った。ざまあみろとう言葉も喉元まで出かかったんだが。


 ただ、力で押し勝って完全に決着はついた。

 勿論言い募って恥をかかせることもできたが、自分がされて惨めな気分になったことを仕返すのは少し気が引けた。

 真正面からぶつかって圧倒できた。それで今は十分だ。


「……あなたは……何というか……強い心を持っていますね」


 クロエが言って軽く肩を叩いてくれた。


「では行きましょう。時間をロスしました」


 クロエが階段の間に戻る回廊の方に足早に歩いて行った。俺もそれに続く。

 先を行く背中を見ながら、トールギル達を見た時に浮かべていた妙に心配そうな表情を思い出した。あれは何だったんだろう。 

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