第11話 星見の尖塔・52階
村雨の切っ先を躱した黒い巨大な犬、ブラックドッグが吠え声をあげた。
空中に小さな稲光が走って肌が刺されたように痺れる。同時に現れた黒い雷球の中にブラックドッグの姿が溶けるように消えた。
意識を集中して気配を探る。
「後ろです!」
クロエが叫んで震天雷を構え直す。
背中で黒い光が瞬いて雷球からブラックドッグが飛び出してくる。
が、言われるまでもなくわかっていた。前は漠然としか感じなかった殺気というか敵意の気配が今ははっきり分かる。
振り向きざまに村雨を横凪ぎにした。
実体化したブラックドッグの顔を赤い光を放つ刀身が切り裂く。犬のような悲鳴を上げてブラックドッグが下がった。
ブラックドッグが血を滴らせながら牙をむき出しにする。
毛が逆立ってまた空中に稲光が浮かんだ。雷撃を使うつもりか。だが遅い。
「させるか!」
地面を蹴って踏み込む。村雨を片手に持ち替えて、踏み込みざまに手の中で柄を滑らせた。
体を一杯に伸ばした片手突き。切っ先がブラックドッグの眉間を刺し貫く。
ブラックドッグの周りに瞬いていた黒い稲妻が消えて、ブラックドッグの体が硬直して崩れ落ちた。
浅いかと一瞬ヒヤッとしたが……
ブラックドッグから白い光が上がって俺の体に吸い込まれる。
レベルアップした感覚が伝わってきた。
LV43を超えた。
◆
ステータスを開けてみると、やっぱりレベルアップしていた。
レベル43。個人的にはとても感慨深い数字だ。
「大したものですね。ブラックドッグを一人で圧倒できるなんて」
「ええ、ありがとうございます」
クロエが声を掛けてくるが、返事もなんとなく上の空になってしまう。
レベル43か。いい響きだ。
「どうしたんですか?レベルアップしたんですか?」
「ええ。43になりました」
「嬉しそうですけど……なにかあったのですか?LV43では特にスキルの追加もないと思いますが……」
クロエが不思議そうに声を掛けてくる。
「ああ、これでトールギルのレベルを超えたんですよ。それがうれしくて」
トールギルのレベルは確か42だったはずだ。
これであいつの上に行った。レベルで超えてこれで名実ともに何か言われることはなくなったな。
「こだわるんですね」
「そりゃもちろんですよ」
冒険者
そして、
トールギルに見下されてもどうしようもなかった。
勿論あそこまで露骨にバカにしてくるような奴はあまりいないが、それでも同期からはるかに引き離され、新しく入ってきた奴に追い抜かされていくのは複雑な気分になる。
レベル43はアルフェリズの
誰かにレベルをひけらかしたいとは思わないが、もうあんな惨めな気分になることもない。
「ああ……気持ちは分かります。あいつのレベルを超えたいとか、そういうのはありますよね。それは分かりますよ」
クロエが妙にしみじみという。この人がこんな風に言うのは初めて聞くな。
だが、LV98でもそこまでの過程でそういうことを意識することはあって当然だろう。
「分かってもらえますか?」
「ええ。随分時間も……使いました」
クロエが言葉を濁すように言った。
しかし、この人はこの若さでレベル98なんだよな。どういうレベリングすればこうなるんだろう。
「ありがとうございます」
この塔に入ってからこっち、ずっと経験点をまわしてくれてレベリングしてくれたからここまで一気に強くなれた。
ステータスの上昇による体の感覚の変化にもだいぶ慣れてきた。イメージ通りに体が動く。
感覚も研ぎ澄まされてきているのが分かる。
本で読んだだけの敵が実際にどう動くか、何をしてくるのか、なんとなく察することができる。
村雨の間合いも自分の手の様に感じられる。
「こちらの都合です。あなたの能力は私にとっても使い勝手が良い物がありますから」
「もっと強くなりますんで、よろしくお願いします。足手纏いにはなりませんよ」
ここまでこれば今まで程露骨に止めを譲ってもらえなくても自分で戦える。
この先、敵は強くなるだろう。足を引っ張るのは嫌だ。俺にも意地がある。
「そうですか」
少し物憂げな感じでクロエが言って考え込んだ。
「一ついいですか?」
「はい」
「ここ、星見の尖塔のクリア
「ええ、勿論」
クリア
敵は強いし、内部は複雑だし、ようやくこれで半分までもう少しという長さ。
ここほどのダンジョンだからクリア
だが、
貰える武器を俺が使えるとは限らない。
魔法も使えないからレア魔法とかがあっても俺には意味がない。
「付けられない装備を貰っても仕方ないですからね」
それにかりに俺がつけれるものであっても。ここを攻略するのはこの人であって俺じゃない。
俺一人だったらどんな幸運があったとしても20階の中ボス、ハーミットに頭から食い殺されていたはずだ。
「結構です」
安堵したようにクロエが言った。
そんな貴重なクリア報酬なんだろうか。興味はあるな。
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