第12話 星見の尖塔・73階
突進してきた頭がない巨大な鎧……チャリオットというらしいが……が長い戦斧を振り回してきた。
村雨で受け止める。金属がぶつかり合う甲高い音が脳天に響いて体が壁まで吹き飛ばされた。
デカいとはいえなんてパワーだ。今の俺を吹っ飛ばしやがるとは。
「クロエ!」
「大丈夫です」
態勢を整えてチャリオットに向けて走る。クロエが震天雷をチャリオットに向けた。
爆発が起きて足が止まるはずだ。そうしたら村雨で足を切り落としてやる。
あの図体だと一撃必殺はキツイだろうが、動きを止めればどうってことない。
クロエがいつも通り発動のワードを唱えるが……震天雷の爆発が起きなかった。
◆
「え?なんで?」
クロエが驚いたように震天雷の穂先を見る。そんなことしてる場合か。
チャリオットが猛然と走って巨大な戦斧を振り上げた。
「クロエ!盾を!」
MPは足りてるだろうし、魔法の武器の効果の発動に失敗する姿は今まで見たことがない。
「盾を!」
叫んだが近衛の大盾は空中に浮いたまま動かない。
チャリオットの戦斧が棒立ちになったクロエを捉えた。
悲鳴が上がって血がしぶく。クロエが床に転がった。
クロエが体を起こすが……動きが呆けたように止まっている。状態異常はたしか無効の装備を付けてた。HPはまだ足りているはず。
何してるんだ。
クロエの方を振り返ったチャリオットが足音を立てながら走ってきて戦斧を振り上げる。
村雨で受ける余裕はない。斧の軌道に体ごと割り込む。
斧の刃が背中に食い込んで焼けつくような痛みが走った。
「トリスタン!」
クロエの悲鳴が上がるが。
痛みは一瞬だ。気合で耐えられる
村雨でチャリオットの胴を薙ぎ払った。鎧に深い傷が穿たれて、チャリオットが後退する
「クロエ!」
もう一声強く呼びかけたら、我に返ったって感じでクロエがこっちを向く
「大丈夫?」
青ざめた顔でクロエが聞いてくるが、今はお互いを気遣っている暇はない。
まずはあいつを倒す。
「
返事を待たずに、アイテムボックスから
痛みが引いてHPの数値が一気にマックス近くまで戻った。
胴に傷を負ったチャリオットがまた地響きの様な足音を立てて突進してくる。
村雨を正眼に構えなおした。
仕切りなおしだ。
◆
結局、震天雷で足を止めたチャリオットを村雨で切ってとどめを刺した。
予期せぬアクシデントはあったが、当初の予定通りともいえる。
チャリオットが跡形もなく砕けてSR装備の断絶の魔斧が残された。
俺達にはあまり意味がない代物だが、せっかくだからずいぶんと空きが増えたアイテムボックスに入れておいた。
売ればそれなりの金になるだろう。
そんなことより。
「どうしたんだ、さっきは」
「ああ……少し動揺したんです。ごめんなさい」
傷口があった場所を抑えてクロエが言う。
「ごめんなさい……あなたまで」
俯いてクロエが言った。
今までの余所余所しいというか壁を感じさせる口調とは違う、本当に済まなそうな感じだ。
「いや、いいんですよ。散々ここまでレベリングしてもらいましたし。
おかげで貴方を助けられた」
レベルが当初のままだったら即死だっただろう。
レベルが上がっていたからこそ躊躇なく庇えた。
しかし、クロエから返事は帰ってこなかった。
なんかショックを受けているようだ。今まで攻撃するにも魔法を使うにも的確な選択で、攻守万全だったクロエとは思えない姿だな。
これ以上無理はしない方が良いか。
「もう少し言ったところで広間があります。此処で野営しましょう。もうそろそろ夜だ」
今まで殆ど危ない場面はなかった。
とにかく戦闘を避け、戦闘でもリスクを避けてきた。
とはいえあの人のHPを考えれば即死はほぼありえなかっただろう。
とっさに庇ったが、本来なら危なげなく戦えるはずだった。
まあ誰でも痛いのは嫌だから分からなくないんだが。
◆
「【此処に宿あり。我らしばしの安らぎを得ん】」
詠唱すると、空中に
結界の中に入って野営の準備をする。
結界は単に堅牢なだけではなく、本当にモンスターの目から完全にこっちの姿を隠すらしい。
使った初日は見張り無しで寝るのは落ち着かなかったが、何もなかった。
昨日は何となく夜に起きて外の様子をうかがっていたが、モンスターはこっちのことを全く認識できていなかった。
間近まで来たときは肝が冷えたが、本当に見えていないらしい。
効果が確信できると、我ながらこの能力は便利だ。ダンジョンの中でゆっくり休めるのはありがたい。
普段通り食事の準備をする。
毎日同じものが続くと飽きてしまうから、今日はスパイスで少し辛くしたスープにしてみた。
我ながら美味くできていると思うが……クロエはまだ様子がおかしい。
ゆっくりとスープを掬って口に運んでいるが、手が震えている。
「ちょっと辛すぎましたかね?俺はこの位ならいけるんですけど」
ちょっとおどけたような口調で声を掛けてみる。
何なんだか分からないが、動揺していることくらいは分かる。
「いえ……美味しいですよ。とても」
まさか、たった一発攻撃を受けただけでこんなに動揺しているとは思えない。
なんせLV98だ。俺なんかとは比べ物にならないほどの修羅場をくぐっているはずだ。
「少し驚いただけです……マトモに命中させられたのは久しぶりなので」
「さすがLV98ですね」
言われてみるとこの星見の尖塔に入ってから、クロエが大きなダメージを受けたことは一回も無い。
殆どの敵を近づく前に震天雷で焼き払ってしまうし、近衛の大楯が守っている。
それに魔獣の攻撃パターンを知りつくしているかのように、殆ど攻撃を受けることはなかった。
おかげで大量の買い込んだポーションも概ね俺が使っているし、数もまだある程度余裕がある。
◆
いつも通り寝袋をアイテムボックスから取り出した。
火を弱めて寝袋に包まる。今日は73階。このペースなら明後日には頂上まで行けそうだ。
ただダンジョンは奥に行けば行くほど敵も強くなる。甘い見通しは避けるべきだろう。
横になったら、クロエがこっちを見ているのに気づいた。
「どうしました?」
「お願いがあるんだけど……」
クロエがためらいがちに口を開いた
「……手をつないでほしい。寝るまででいいの」
「ああ……いいですけど」
そういうと、クロエが手を差し出してきた。
その手をなるべく優しく握り返す。豆だらけになった俺の手とは違う。細い指と柔らかい感触が帰ってきた。あんまり戦士の手って感じではない。
クロエが目を閉じる。
手は震えていた……あの時のはそんなにショックだったんだろうか。
思い当たるとしたらそれしかない。
だが、確実に死なない場合は、あえて攻撃を受けて、敵の動きが止まったところを切り返すのは低レベルからでもやる前衛の定番の戦術だ。
しばらく手を握っていたら指の力が緩んで、クロエが寝息を立て始めた。
LV98。
いままで何度か超高レベルの冒険者を見たことはある。俺が見たことがあるのはLV78の
年齢もそこそこ行っていたが……なによりあの泰然とした動じない姿は忘れられない。
だがそれよりはるかに強いはずのこの人は不思議だ。
村娘のような顔を見ながらそう思った。
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