第13話 星見の尖塔・85階・上
外周の通路に出た。
レリーフで飾られた出窓から外をのぞく。
いつのまにかもう雲の上だった。海のように広がる雲が月あかりを反射して白く輝いている。
見上げると輝く砂を撒き散らしたような濃紺の星空が見えた。
高くまで来たもんだ。素晴らしい眺め。雲の果てが水平線のように見えた。
見たことが無い景色を堪能したいところだが、後ろから空気を震わせる吠え声と足音が聞こえる。
尖塔という構造の問題なのか、次第にフロアが狭くなる。
上の階への道は近くなったが、今までできた回り道をして戦闘を避けるということはできないことが多くなった。
道をふさがれていてどうしても戦わざるを得ないだと、接敵を避けようにも無理だ。
どうしても何度かは戦わなくてはいけない。
ガイドのLV40で得た
せめて弱い相性のいい奴を選んで少しでも上を目指すが、この階まで来ると、どれが相手でも強いものは強い。
俺の前をクロエが走っていく。
疲れているのか足取りが少し重い。ダメージが残ってるのか。
流石にこの階層まで全体攻撃や範囲攻撃を使ってくる奴も多い。さすがのクロエも無傷というわけにはいかない。
「もう少しで階段だ!」
「分かったわ!」
後ろからの足音が迫ってきている。
弧を描いていた通路が不意に終わって広い部屋に出た。
上への螺旋階段が真ん中に見える。
「早く上がれ、クロエ!スクロール開放!アイスストームLV9!」
アイテムボックスから取り出したスクロールを開放する。
気温が一気に下がって鳥肌が立つ。一瞬遅れて氷の嵐が通路に吹き込んだ。
悲鳴のような吠え声と氷が砕ける音がする……だが追ってきたアレを一発では止められない。
アイテムボックスからスクロールをもう一本取り出す。
LV9クラスのスクロールは一つで金貨3枚。一発で普通の家庭が一月は軽く食べていける位の金が一瞬で飛んでいくが、ここでケチるのはバカだ。
赤い蝋封を剥がしてもう一つスクロールを開放する。
白い吹雪がまた通路に吹き込んだ。強力だが……これだけでは殺せない。
足は止めたかと思ったが、白く凍り付いた通路の向こうから小型のドラゴン、リンドヴルムが飛び出してきた。
「上は安全よ!トリスタン!急いで!」
階段を駆け上る
ダンジョンのモンスターは階段は超えられない。
下の階から地団太を踏むような足音と吠え声が聞こえてきた。
上の階は見慣れた感じの半円形の部屋だ。がらんとした部屋。後ろには出窓。前の壁には二つの廊下の入り口。
一息付きたいが、のんびりしている場合じゃない。
戦闘は避けられないか。右はヘカトンケイル、左はメデューサヘッド。
単に脆いだけならメデューサヘッドだが。あいつは石化の視線を持ってる上に大量の蛇の髪で噛みついてくる鬱陶しい相手だ。
筋肉バカで力押ししかしてこないヘカトンケイルの方がやりやすい。
「両方から来てる。右の方がマシだ。行こう」
「分かった」
疲れた顔のクロエが震天雷を構える。
何がいるか、とはもう聞いてこない。判断をこっちにゆだねてくれているのは少し充実感があるな。
◆
85階を抜けたところで野営になった。
時間的には夜までまだ少しあるが、俺もクロエも体力的にも精神的にも限界だ。
頂上が近いからこそ焦ってはいけない。
余裕を残し確実に進むべし。本で読んだ昔の
クロエが疲れたように膝を抱くように座り込んだ
「大丈夫か?」
「……うん」
疲れた口調でクロエが応じる。何となくお互いに敬語は使わなくなった。
「もう……こんなところにいたくない」
ぽつりとクロエが呟いた。
「……怖いの」
「でもそれだけHP高ければ大丈夫だろ。いざとなれば前みたいに俺が庇うさ」
そういうとクロエが首を振った。
もう5日目だ……敵の中で戦い続けて気が休まる間もない。
疲れが出るのは当然だ。
そして、70階辺りから急激に敵が強くなった。
シビアな状況も増えてきていて、それぞれ傷も何度も負っている。
「……いったん引き上げないか?」
LV55で新しく
ダンジョンで一度来たところまで戻れる能力だ。
ただ、どうやら今の85階層まで一気には来れないのは何となくわかる。
これは俺のレベルが低いからだろうが……60階層までは一気に来ることができるっぽい。
「アイテムもそろそろ心もとない」
精神的に参っている時に無理をすることは決していい結果を招かない。
強い能力を使うのは本人の心だ。どれほどの強者でも、心が弱っていればその強さは発揮できない。
一旦撤退して休息を取りアイテムを補充する。それもアリだと思う。
59階までを飛ばせれば精神的にも肉体的にも負担は少なくなる。
60階以降の構造は大体覚えている。今回のようにぶっつけ本番でルートを選ぶ必要もない。
「……もどったら、どのくらいかかる?」
「どうかな。
そう言うとクロエが首を振った。
「だめ……行かないと」
「無理はあまり勧められないぞ……他のパーティと攻略を争ってるわけじゃないだろ」
ダンジョン攻略や目標のフロアへの到達を焦った結果全滅したなんて話はいくらでもある。
同じダンジョンの貴重な宝物の獲得とかを争うケースもあるが、今回に関してはこの塔に挑んでいるのは俺達だけだ。
無理をして先を急ぐ理由はない。
クロエが首を振った。
「別のパーティが来ているかもしれないでしょ……あいつらみたいに」
クロエが呟く。トールギルたちのことか。
ただ、トールギルはこのダンジョンの攻略を目指したわけではなくて、俺への対抗意識があったから来たんだろう。
それ以外に誰かが来るとも思えないが。
「いや、それは無いと思うぞ」
「絶対に……先を越されるわけにはいかないの」
クロエが真剣な口調で言った。
来ないと思うというのは、所詮は推測で根拠はない。実例があった以上不安を感じるのは分かる。
アルフェリズ以外の冒険者がくる可能性もあるから絶対にないとは言えない。
……こんなうまみの無いダンジョンに来る奴はそう多くないと思うが。
実際に、誰かがいる気配も、誰かが来たことがある様子もない。
ただ、クロエの口調は真剣そのもので、一般論で否定はできなかった。
「ごめんね……ちょっと動揺しただけよ。大丈夫。行こう」
取り繕うにクロエが言う……多分譲らなそうだな
「よし、分かった。そうと決めたら仕方ない。じゃあ景気づけに美味いものを作ろう」
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