第5話 星見の尖塔・18階

 広めの通路一杯を塞ぐように陣取った蔦の塊のようなモンスターが体を震わせた。

 何度もダメージを与えて最初から比べると大分小さくなったが、まだ威圧感がある。


「右から攻撃が来ます。その時本体の防御が緩みます」


 クロエの声が後ろから聞こえる。


「私が止めますから、止めをさしてください」

「はい!」


 直後に黒い石壁を伝って伸びて来た蔦が槍のように飛び出してきた。

 それを止めるように赤い光が閃いて爆発が起きた。クロエの震天雷の能力だ。焼け焦げた蔦が落ちて焦げ臭い匂いが漂う。


 モンスターに向けて突っ込む。

 蔦の一本が鞭のように飛んできた。反射的に頭を下げてそれを躱す。

 風切り音がして頬に熱い感覚が走った。少しかすったか。背筋が少し寒くなる。


「行くぞ!」

 

 大声を出して心の中の恐怖を追い出す

 振り向きざまに伸びた蔦を切り落として、本体の方を向きなおった。

 村雨を両手で握り直して真っすぐ振り下ろす。

 鈍く赤く光る刀身が蔦が絡まったようなモンスターを切り裂いた。


 真っ二つに切れたモンスターの巨体が地面に落ちて崩れていった。

 白い光が俺の体に吸収されていく。経験値が増えた。


 通路を塞ぐように陣取った蔦の塊のようなモンスター。どうしてもここの通路を抜けるしかなかったから戦ったが。

 こいつも見たことがない相手だ。


 一応案内人ガイドの務めとしてモンスターの事はかなり勉強した。

 自分で出会う事がないであろう深層の相手でも。

 なので出てくるモンスターの半分くらいはわかるが、残り半分は星見の尖塔独自のモンスターなのか、さっぱりわからない。


「ステータス開示オープン


 空中にステータスウインドウが開く。レベルは19まで来た。あともう少しでレベル20。

 俺の知る限り案内人ガイドのランクの最上位まで行った人でも28だ。この分だと確実に超えられる  


「どうですか?」


 震天雷を持ったクロエが声を掛けてきた。

 こっちは一戦一戦結構冷や冷やだが、クロエは全く動じた様子がない。

 まあなんせレベル98だ。こっちに経験値を付けるために力をセーブしてくれているが、本気を出せば震天雷の一撃で今のモンスターも一蹴できるんだろうな。


「あと少しで20です」

「はやくそこまで上げたいですね」


 レベル20で地図探索マップサーチの幅が広がる。

 より早く敵を位置を把握できる。そうなれば戦闘をするにせよ、道を変えるにせよ、選択肢が広がる

 

「しかし……思ったより筋がいいですね。レベル以上に強く思えます」

「訓練だけは欠かしてませんでした」


 経験値が無いとレベルは上がらないが、訓練はできる。訓練すればわずかなながらステータスも上がる。

 ただ、やはりレベルアップするときのステータス上昇とは比べ物にならないのがよくわかった。

 

 ステータス上昇に伴って自分の動きの速さや力が上がっているのが分かるが、まだ持て余している感じだ。

 わずか半日の間に一気に7レベルも上がったんだから当たり前なんだが。

 普通は何日もかけてレベルを上げて、ステータスが上がった感覚になじんでいくもんだ。

 

 頬の傷に触れると少し血がにじんでいた。

 さっきの攻撃を避けた時の感覚を思い出す。


「どうかしましたか?」


 クロエが怪訝そうに声を掛けてきた。

 正直いうとマトモにモンスターに対峙するのは初めてに近い。

 当たったら即死しそうな巨体、体を震わせるような咆哮、鋭い牙と爪は恐ろしくも感じるが。


「いや、ちょっとビビッてただけです。でもそれよりも充実感がありますね」 


 こういう世界を望んでいたんだ。勿論モンスターの攻撃は恐ろしい。

 だが自分の力を試すこともないまま、檻の中で静かに朽ちるよりはいい。


「充実感……ですか」


 首を傾げてクロエが言う。そんな変なこと言っただろうか


「ところで俺の方はどうですかね」

「ええ、助かっています。いい仕事ですよ。消耗が少なくて済む」


 序盤とはいえ、一気に18階までこれた。

 戦闘も最低限に抑えている。

 今の所アイテムボックスの中のポーションは1本しか減っていない。


 先に進めば敵も強くなり、消耗も増える。

 アイテムは使えば終わりだ。少しでも温存できるならそれに越したことはない。


 今のところはほとんどがクロエの言う通りに動いて、クロエが敵のHPを削り、俺がおぜん立てをしてもらってとどめを刺し経験点を頂いているだけだ。

 だが、道案内以外に少しでも役に立てるようにしたい。

 強くなればそうなれるはずだ。 


 手の中の村雨を見る。これを貸してくれたのもそういう意図のはずだ。

 村雨を鞘に納めて腰に挿しなおした。地図を確認するが、周囲に敵の姿はない。階段まではもう少しあるな。


「まだ夕刻まで間はありますか?」

「おそらく」


 案内人ガイドの仕事は時間管理もある。

 ダンジョンの中は太陽は差し込まない。だがそれでも夜はモンスターの時間だ。その時間は野営して防御を固める。

 

「階段まで急ぎましょう。20階には中ボスがいます。それを倒して今日は終わりたい」

「ええ……了解しました。階段までは……あと少しです。その角を右に行った奥。敵はいないんで、そのまま行けます」


 中ボスがいるダンジョンはいくつもある。それ自体は珍しくない。

 しかし、なんでこの人はそれがいることを知っているんだろう。ここに来たことがあるんだろうか


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