第6話 星見の尖塔・20階

 20階の中ボスはハーミットなる巨大な蜘蛛のようなモンスターだった。

 巨大な礼拝堂のような部屋の上から攻撃を仕掛けてきたが、震天雷の爆発の一撃で概ね決着がついてしまった


 クロエによると震天雷は火の属性をもつ槍らしい。

 普通に使っても切っ先に炎が纏いつく。特にMPを消費することもなく、並みの魔法使いメイジの上位爆裂系魔法なみの爆発が出る。


 そしてMPを消費しての拡張攻撃スペシャルアタック、紅起発焔は高レベルの魔法使い神職クラスである魔術導師ウィザード並みの爆発を作り出す。

 しかもどうも麻痺の負荷効果付きっぽい。


 爆撃を受けて動きが止まったところを、村雨で首を切り落とした。これのおかげで一気にレベルは22に到達した。

 楽にレベルアップさせてもらっているようで若干の後ろめたさがあるな。


 

「今日は此処までにしておきましょうか」

 

 ステータスの確認をしたところでクロエが声を掛けてきた。


「そうですね、もう夜です」


 外の様子は見えないが、案内人ガイドの感覚で分かる。

 もう日が落ちる。礼拝堂のようなホールの奥には上に向かう螺旋階段が見えるが、今日はこれ以上進むのは危険だな。


「テントを張ります」


 アイテムボックスからテント、というか小さめの水瓶くらいの球を取り出して空中に投げ上げる。

 球が空中にぴたりととどまって、光の線がドームのようなものを形成する。 


 テントは俗称で、要はモンスター除けの結界だ。この光の線で作られた中にモンスターは入り込めない。

 アイテムボックスの枠を食うからあまり沢山は持ってこれなかったが、このペースで登るなら足りるだろう。


「食事を作りますよ」


 野営中の食事を作ることや、作り方を新人に教えるのも基本的にはガイドの仕事だ。

 

「ああ……そうですね。言われてみればお腹がすきました」

「暖かいものの方がいいでしょう」


 ダンジョン内の食事は基本的に簡素になりやすい。アイテムボックスに入る量は限られてるからだ。

 干し肉とか硬く焼いたパンとかナッツ類を食べるのが精々だが、俺はちょっと違う。

  

 袋に小分けしたものをアイテムボックスから出した。

 これは香辛料と岩塩、乾燥させたトマトを粉末状にしたもの、それに塩漬け肉や野菜を入れて練ったものだ。

 少量の水でもどせばスープになる。

 

 それにナッツとパンとハーブを蜂蜜で固めたもの。これも甘くて疲労を回復させてくれる。

 どちらも俺の御手製だ。


 食事は想像する以上に大事だ。

 ダンジョン攻略中の昼はどうしても軽く簡素にならざるを得ないが、テントを展開した夜と、出発前の朝はなるべくしっかり食べた方がいい。


 火を焚いて少なめの水で溶かす。

 ことことと音を立てて鍋が煮えて、刻んだ塩漬け肉とこれまた水気を抜いた葉野菜が水を吸って柔らかく戻った。

 ふんわりとトマトの香りが漂う。


「どうぞ」

 

 暫く煮詰めてから鍋から椀にスープをよそってクロエに渡す。

 スプーンでスープを掬って、クロエが一口口に含んで、ほうっとため息をついた。

 今までのちょっと冷たい表情が緩んで年相応の女の子って感じの顔になる。


「美味しい……ああ、これは美味しい……ですね」

「俺の特製ですよ。なかなか行けるでしょう」


 そういうとクロエが頷いた。


「こんな風に食べたのは初めてですけど……こういうのもいいものですね」

「……今まで食事は今までどうしてたんです?」


 いくつものダンジョンを攻略してきているんだから、こんな風な野営の経験が無いとは思えないんだが。

 

「ああ……それは……言い方が変でしたね。こんな美味しいものを食べたことはないってことです。美味しいものって大事ですね」


 クロエがなにやら取り繕うように言った。 



 軽く食器を拭いてアイテムボックスに仕舞った。

 代わりに寝袋を出す。これも質のいい布地に羽根を詰め込んだ最高級品だ。クロエに渡す。


「これを使って下さい」


 食事と同じくらいに睡眠も大事だ。

 一日や二日のレベリングくらいなら兎も角、ダンジョン攻略のような長丁場になると、休息の質はパーティの戦力に大きく影響する。


 まあ案内人ガイドはそんな状況は無いんだが、休息の大事さを分かってもらうために自前で準備したものだ。

 といっても、このことを分かってくれた奴はあまりいない。

 それに、金がなければまずは装備品とか消耗品に回ってしまって、こういうところは軽んじられがちだ。仕方ないともいえる。


 寝袋にくるまったクロエがちょっと驚いたような顔をした。


「宿のベッドほどじゃないですが、なかなかでしょう」 

「こんなものを準備しているなんて……思っていたより気が回るのですね。とても快適です」


 横になったクロエが言う。妙に棘を感じるな。


「あなたは寝ないのですか?」

「俺が見張りますよ」


 そう言うと、クロエが不思議そうな顔をした。


「テントを超えられるモンスターはいないでしょう?必要ありますか?」

「いや、居ますよ。少なくとも見張らなくていい、なんてことはない」


 テントを超えるようなモンスターはあまりいない。というか、殆ど聞いたことこともないが。

 それでも何かに備えて見張りを置くのは常識だ。

 可能性は低いとはいっても、起きた時にはモンスターの胃袋の中なんてことなったら笑い事じゃすまない。


「休んで貰わないと困りますが。明日も連戦です」

「そう言うわけにはいきませんよ。これも俺の仕事ですし、疲れは残しません」


「……そういうものですか」


 クロエが言って俺を見た。


「私も見張りましょうか?」

「いえ、大丈夫です」


 見張りも案内人の役回りとして回ってくることが多い。そういうもんだ。

 徹夜とまでは流石にはいかないが、長時間の見張りには慣れている


「夜明けの3時間前に起こしてください。あとは私が見張ります……明日もあなたには働いてもらわないと困りますから」

「分かりました」


 返事を返すと、クロエが寝袋にくるまってすぐに寝息を立て始めた。

 ホールは静かなもんだ。大きめのホールにはいくつか廊下がつながっているが、その向こうにはモンスターの姿はうかがえない。

 焚火の赤い光がホールにちらちらと映っている。焚火の音とかすかな寝息だけが聞こえる。


 広々としていて隠れる場所も無いから奇襲もあり得ないからそこは楽なもんだ。

 ただ、突然空中から湧いて出て来るするときもあるから油断はできないが。


 野営の見張りの間は暇だ。

 今日の戦いを思い出して頭の中でイメージし、なるべく音をたてないように村雨を振った。

 体を動かして、急激に伸びたステータスと体の感覚を少しでもすりあわせておきたい。


 それに村雨の間合いもまだ今一つ掴み切れていない。

 俺が正式に訓練を受けたのは片手剣で刀とはまた少し違うから、そこも修正が必要だ。

 実戦で敵は手加減はしてくれないし、ミスをすれば死につながりかねない。

 何度か習った剣の型をなぞって村雨を鞘に納めた。


 改めて寝入っているクロエを見た。圧倒的な高レベルだ。

 こんな雑用は全部俺に押し付けても構わない筈だが……不思議な人だな。

 

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