第4話 星見の尖塔・入口
獣道のような細い道を通って鬱蒼とした森を抜けると、少し開けた場所に着いた。
少し開けたその場所の真ん中には巨大な塔がそびえたっていた。
森の向こうにすでにその姿は見えていたが、近づいてみると高い。見上げても上が見えないほどだ。
星見の尖塔の前で、御者がアイテムを馬車から出してくれた。
時間は昼頃のはずだが、太陽が雲で陰っていて薄暗い。
おまけに周りが深い森だからより暗く感じる。鳥の鳴き声と風の音と木の葉擦れの音、それにアイテムを下ろす御者の作業の音しか聞こえない。
重苦しい緊張感が漂っていて息が詰まりそうになるんだが。
クロエは馬車の移動に疲れたように体を動かしているが、不安そうとかそんな様子は全くなかった。
さすがはLV98か。
「アイテムボックス、オープン」
唱えると、目の前にアイテムボックスが開いた。
御者が下ろしてくれたアイテムを確認しながらボックスに収納する。
HPとMPの回復用のポーションに攻撃用や防御用のスクロール。
こんなものでも少しでも支援できれば。
あとは脱出用のスクロールに休息用の結界テント。
ポーションも含め、どれも最高級品だ。
金に糸目をつけずに、アルフェリズのアイテムショップを根こそぎする勢いでクロエが買いそろえていた。
「では。御武運を」
そう言って馬車が帰って行って俺達だけが残された。
改めて塔の方を見る。
黒い石でくみ上げられた塔だ。アーチ構造があちこちに見える。教会の尖塔を思わせる見た目だな。
その周りはある程度は整地されて石畳が敷かれ、朽ち果てた
一応昔は攻略する気があったらしい。いつここが打ち捨てられたのか分からないが。
「ではトリスタン。指示しておきます」
「はい」
「あなたにはマップの確認をしてもらいます。接敵を避けることを最優先にしてください。宝箱も不要です」
「それは……なぜです?」
ダンジョン内の宝箱には時々レア度が高い財宝や装備が入っていたりする……勿体ない気もするんだがな。
「説明の必要がありますか?」
冷たい口調でクロエが言うが。
「できれば。意図が分かる方が判断がしやすい」
「……ダンジョンの攻略が目的です。消耗を避けて上層に向かいます。最も危険が少ないルートを判断して先導してください」
クロエが言う。
なるほど、戦力に任せた正面突破ではなく戦闘とか宝箱の収集を避けて攻略を狙うのか。珍しいやり方だ。
だからこそ
「一つ聞いていいですか?」
「まあいいでしょう」
「なぜ、他にもパーティメンバーを入れないんです?」
まあこれはいまさら聞いても仕方ないんだが。
仮に最短ルートを抜ける攻略をするにしても、戦力は多いに越したことはない。レベリングやアイテムの回収をしないのは嫌がられるかもしれないが。
俺を入れてもあと二人は連れてきても良かったと思うんだが。
俺は戦力にはならないのは分かっているだろうに。
「貴方には関係ありません。それと、戦闘になった場合は貴方も戦って下さい」
クロエが取り付く島もない口調で言う。
そこまで言わなくてもいいと思うが……それより後段の部分の方が問題だ。
「ちょっと待ってください。俺は
星見の塔は複雑な構造もあるが中のモンスターがかなり強かったという記録が残っている。
だから誰もここに寄りつかず、攻略も進まないわけだが。
そんな敵と俺が戦ったらあっという間に殺されかねない。
「当面は止めだけです。経験値はすべてあなたにつけますから、レベルアップしてください。武器と防具はこれを使ってください」
こともなげにクロエが言って、アイテムボックスの中から二枚仕立ての白いマントを取り出した。
淡い魔力の光を放っていて、白い生地には複雑な文様が織り込まれていた。
「巡礼者の外套です。SR装備。物理攻撃を30%の確率で無効化する能力付きで、あと魔法防御が自動でかかります」
「マジかよ」
SR装備なんて、アルフェリズの上位層でもそうは持ってないぞ。
「武器はこれを」
そう言って渡されたのは刀だ。
「これは?」
「剣聖・
「……本物?」
「SSR武器です。これなら
「これって確か……黒鴉城のクリア
そういうとクロエが頷いた。
黒鴉城は東方の国家・アケツビの最高レベル、難度Sクラスのダンジョンのクリア
売れば余裕で城が買えるだろう。気軽に貸す得物じゃない。
目を凝らして装備のステータスを確認する。
防護点無効、
波打つような刃紋が入った吸い込まれるような美しい刀身。赤みがかった刀身は血で濡れたように輝いていた。
「なかなかよく知ってますね。でも私には震天雷がありますから、使わないんです」
そう言ってクロエが俺を一瞥した。
「これでも戦う気はないというなら、一応立場的に命令も出来ますが」
「いや。必要ありません」
恐らくダンジョンの中の敵は手ごわいだろう。
危険な場所だ。戦えば死ぬかもしれない。
だが俺はそれを望んでいたはずだ。戦う場を、そしてレベルアップする機会を。
この機会にガイドを高レベルまで上げれば……何か変わるかもしれない。
あの檻の中で安穏と朽ちていくと思っていた。だが今は違う。
これは人生を変え得る機会だ。こんなことはもうないだろう。
今は戒律も
「準備はいいですか?」
「もちろん」
答えると、クロエが満足げに頷いた。
「早急にまずはレベル25まで行ってもらいます」
「分かってます」
記録に残っている
通路の構造や敵の位置、強さが遠くまでより正確にわかるようになる。
塔に近づくと、まるで俺達を迎え入れるように軋み音を立てながら塔の門が開いた。
薄暗いアーチ状の道がまっすぐ伸びている。天井には青い光がまばらについていた。
まるで星のようにも見える。
夕暮れ時くらいの暗さだ。松明とかはいらないか。
見える範囲に敵は居ない。
何十年も放っておかれたらしき、湿って澱んだ空気と埃っぽい臭い、それにモンスター独特の鼻を突くようなにおいが混ざった空気が噴き出してくる。
促す用にクロエが道をあけた。
前に進み出てダンジョンに入る。
「我が手の地図よ、道を示せ」
頭の中に地図が浮かぶ。真っすぐの道はしばらくして左右に分岐している。奥に進むと吹き抜けがあるな。
地図で捉えられる範囲に敵はいない。
「敵影無し。行きましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます