実証1 謎解きミステリー
「事故なんかじゃありません。これは卑劣な殺人事件ですよ、警部」
少年が無遠慮に放った言葉が、場の空気を凍らせる。待っていたとはいえ、もう少し言い方はないのだろうかと太田警部は周囲にバレないよう小さく溜息を零した。
だが、それも仕方の無いこともかもしれない。如何に彼がその道に於ける有名人だったとしてもその正体は中学生なのだ。付き合いの長い太田警部は飲み込めたが、場の全員がそうであるとは限らない。
「ガキが巫山戯たこと言ってんじゃねえぞ!!」
ついさきほど身内を亡くした者からすればなおさら我慢出来ないことだっただろう。少年の胸ぐらへ伸ばされた腕は、行動を予想していた太田警部によって妨げられた。
「まぁまぁまぁ、健二さん。落ち着いて」
地元で幅を利かせる程度で満足している男では、太田警部を振り払うことなど出来なかった。仲間内から山熊と揶揄されている鋼の肉体は伊達ではない。
「ぐッ! 離ッ! 離せよ!!」
「お気持ちは分かりますが、暴力はいけません」
「あいつが巫山戯たこと言いやがるからだろうが!!」
「ええ、ええ。ですからまずは落ち着きましょう」
声色はあくまでも優しく、決して譲らない腕の力と笑顔に健二の勢いはみるみる内に萎んでいく。
「健二の馬鹿は放っておくとして、ボク? 大人の話に口を挟むってことはよっぽど自信があるのかな?」
ただでさえ扇情的なドレスに身を包んでいた長女の雅子が、膝を抱えてしゃがんだせいでその乳房が大きく強調されることになる。真っ赤なルージュを結んだ唇が歪んだ先に映るのは相手を挑発していることを隠そうともしない女の欲である。
「あ、姉貴ぃ……」
「勿論、お姉さんたちに聞かせてくれるのよね。ボクの名推理」
味方になってくれるどころか放置されてしまった次男の健二が更に情けなく萎んでいくが、それを気に留めることもなく雅子の右手が少年の頬を撫でようとする。
「ボクに解けない謎はありませんからね」
だが、中学生という多感な時期にとって毒でしかないはずの女の肉体も、頬を撫でようとする指先も彼には届かなかった。
一歩。
たった一歩を踏み出して、彼が。
「さて――」
推理を開始する。
少年の名前は
「昨夜、この屋敷の主人である
自室で首を吊って死んでいました。氏の部屋の窓はすべてはめ殺しであり、扉には内側から鍵がかかっていた。そして、鍵は氏のみが持ち合わせていた。間違いありませんね、警部」
「ああ。加えて言えばその鍵は特別製で簡単に複製ができるものではないことも確認が出来ている」
「だから! どう考えても親父が自殺したで終了の話だろうが!! 関係ないやつは引っ込んでろよ!!」
「氏は一週間後に開かれる御孫さんのコンサートをとても楽しみにしていたそうですね。そんな彼がこのタイミングで自殺するとは考えにくい」
すでに部屋を支配していたのは中学生のドイルである。歩き回りながら話し続ける彼は、怒鳴る健二の反論を一蹴する。
「考えにくい、のは分かるわよ。私だってあの強欲なお父様が自殺するなんて考えられないもの。他の人を殺してでも最後まで醜く生きようとするわ。でも、それだけで殺人事件だなんて……、言わないわよね」
「姉貴の言う通りだ! そこまで言うなら殺人だって証拠を見せろよ! 密室のあの部屋で親父を殺して出て行く方法をよ!!」
まるで娯楽を見ているように話を勧める長女、中学生に噛みつく次男、そして、警察がやって来てから一度も発言をしない長男が壁にもたれかかったまま動こうとしない。
「簡単なトリックを使えば可能ですよ」
「トリックぅ?」
「氏を殺害し、部屋に鍵をかけたまま出て行った。まるで魔法のような芸当をやってのけたは」
「某でゴザル」
お行儀良くまっすぐに腕を伸ばしたニンジャがそこに居た。
「……え、誰?」
「はい、ドォン!!」
「ふぎッ」
ほんの数瞬前までそこに居なかったニンジャがそこに居る。ドイルが零した言葉が全員の総意であろうが、そんなことはお構いなしにニンジャはドイルの頬を張り飛ばした。
「人にィ! 名をォ! 尋ねる時はァ! はい、イエェス!! 自分からァ!!」
「い、痛い……」
「はい、ドォン!!」
「ふぎィ」
たった一発で頬が腫れ上がる威力のビンタを喰らって泣かない中学生がどれだけ居るだろうか。たとえ名探偵といえども彼はまだ中学生なのだ。
そんなこともお構いなしにニンジャは泣き出したドイルの逆頬を張り飛ばした。
「人がァ! 話している時にィ! 寝転ぶのはァ! はい、イエェス!! お行儀悪いィ!!」
「…………、な、いや! 君、何をしているんだ!!」
「はい、ドォン!!」
「ぐッ!」
あまりのことに呆けてしまっていた太田警部がニンジャを取り押さえようとするが、強烈なビンタが太田警部をも襲う。咄嗟に受け止めた警部だが、その威力はまるで巨大な丸太で殴られたほどの衝撃であった。
「名乗れよォォォ!! まずは名乗れよォォォ!! 礼儀は! ジャパニーズ礼儀いずべりーないすほっとあっぷるぱい!!」
ずっと黙り続けていた長男が部屋から逃げようとするが、扉には鍵がかかっていて逃げられない。体当たりをしても頑丈な扉はびくともしなかった。
「お前はァ!!」
「け、けん」
「はい、ドォン!!」
「お前はァ!!」
「雅子!! 私はッ!」
「はい、ドォン!!」
その間にも、次々に被害者が増えていく。名前に噛んでしまった健二はビンタを受けてその身が三回転ひねりを叩きだしながら天井へと頭から突き刺さり、雅子は名乗ル事が出来たというのにビンタの餌食となって窓ガラスの向こう側へと落ちていった。
「くッ! 化物が!!」
「忍法! 影分身の術!」
太田警部がホルスターから拳銃を取りだし、一発、二発と発砲した。放たれた弾丸はしかとニンジャの胸元を貫くことに成功した。が。
「……おいおい」
それは、ニンジャの前に現れたまったく同じ形のニンジャの胸元を貫いたに過ぎなかった。
「某の影分身にかかればこの程度朝飯前でゴザル! なお、一定のダメージを受けると分身は消滅し、その際に経験したデータが某へとインプットされ、ぁ痛いッ!! 拳銃で心臓を撃たれた経験値がものごっつ痛い!!」
「何なんだ! 何なんだお前は!!」
「某はニンジャ
「きゅ、急に名乗るな!」
「ぶっちゃけ飽きたでゴザル。して!! してしてして!!
「……つまり、お前が殺したんだな」
「そのとぉり!!」
上半身がシャドーボクシングをしながら下半身で書道を始めるニンジャ正義へ、
「じゃあ、逮捕で」
「あ、ハイ」
太田警部は手錠を掛けた。
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