第51話 看病
「ちひろ、何か欲しいものある?買い物行くけど」
蒼乃がベッドのちひろに訊く。
「コーラ」
ちひろはすかさず答える。
「速っ」
蒼乃が驚くくらいの即答だった。
「コーラ飲んでればケガなんてすぐ治るよ」
ちひろは自信満々に言う。
「・・・💧 逆に体に悪いんじゃないかな・・」
「コーラ」
しかし、ちひろはせがむ。
「瓶の」
そして、つけ加える。
「うん、分かったわ」
ちひろは病人だ。多少のわがままは許される。そう思って、ちひろのリクエストに応えて、蒼乃はコーラを買いに行った。
「あっ」
蒼乃が買い物に行こうと、玄関を出た時だった。また、隣りの部屋の青年と部屋の前で、ばったりと出くわした。青年もちょうど自分の部屋から出て、どこかへ出かけていくところだった。
「こんにちは」
青年が蒼乃に対し気さくにあいさつをする。青年はいい人らしかった。
「こ、こんにちは」
蒼乃は少しどもりながらあいさつを返す。それにも青年はにこにこと、バカにする様子もなく応じてそのまま行ってしまった。
「・・・」
それにしてもやはり、透き通るようなすごい美青年だった。蒼乃は思わずその場に呆然と佇んでしまった。
「よく食べるね」
その日の夜、ちひろは蒼乃の作った料理を、ベッドの上で次から次へとバクバクとものすごい勢いで平らげてゆく。
「もっと」
「はいはい」
蒼乃は次々に料理をちひろの下に運ぶ。ちひろは、それを片っ端からものすごい勢いで食べまくる。
「それにしてもよく食べるね」
蒼乃がその光景を見つめ、呆れながら言う。今日は愛美が、どこへ行ったのか、家におらず、久しぶりにちひろと水入らずだった。
「けがをした時はたくさん食べるの」
口の中に頬張るだけ頬張りながらちひろが言う。
「そうなの」
「うん、たくさん食べると傷が早く治るんだよ」
「そうなの・・💧 」
どうも怪しかったが、ちひろはそれを信じているようだった。
「昔映画で見たの。お兄ちゃんと」
「へぇ~」
何の映画だろう。蒼乃は考えた。
「あっ、もしかして、カリオストロの城じゃない?」
ルパンが大けがを負った後、ルパンがたくさんの食べ物を一気に大食いしてケガを治すシーンがあった。
「う~ん」
しかし、うる覚えなのかちひろは首をかしげる。
「アニメ映画じゃなかった?」
「う~ん、そうかも」
しかし、はっきりしない。
「今度、DVD借りてくるから一緒に見よ」
「うん」
「包帯取り替えるわよ」
食事が終わると、蒼乃がちひろの包帯を取り替えようと、ちひろのベッド脇に道具を持ってやって来た。その後の手当のやり方は、あのモグリの医者がメモに残して、細かく書いておいてくれていた。蒼乃はそれに従っていればよかった。
「やだ」
だが、包帯を取り替えようと包帯を取ろうとすると、ちひろは全力で嫌がる。
「ダメだよちゃんと取り替えないと」
「やだ」
こうなるとちひろは厄介だった。
「もう」
蒼乃は呆れる。
「それにしても・・」
あらためて見るちひろの肌は赤子のように、きれいで澄んでいた。蒼乃はしばし、その美しさに見惚れてしまった。
その後、蒼乃はなんとかわがままなちひろをなだめすかし、やっとのことでちひろの包帯を取った。
「やだ」
だが、今度はちひろは、再び包帯をするのを嫌がった。
「ダメ、ちゃんと、ガーゼを当ててないと」
「やだぁ」
まるで幼い子どもか猫のようだった。
「もう」
蒼乃はさらに呆れる。
「これ取って」
「ダメ」
そして、やっと取り替えたと思ったら今度は、ちひろはすぐに包帯を取りたがる。
「こんなのなくても治るよ」
「ダメだよ。ちゃんと消毒してガーゼを当てて包帯しとかないと、傷を縫ったんだから、バイ菌が入って大変なことになるよ」
「治るよ」
「ダメ」
やはり、ちひろの面倒を見るというのは大変なことだった。
「でもよかった」
「何が?」
ちひろが蒼乃を見る。
「だって、玄関でちひろが血を流して倒れてた時、ほんとに死んじゃうかもって思ったもん」
蒼乃の目に薄っすらと涙が浮かぶ。
「・・・」
それを不思議そうにちひろが見つめる。
「ほんとよかった・・」
とりあえず、今回のことも落ち着き、ちひろの傷も治る方向に向かっている。蒼乃はあらためて安堵し、だが、そのことで逆に、あの時に感じた不安や恐怖が湧き上がってきて、目に涙を溜める。
「ほんとよかった・・」
蒼乃は泣きそうな声でもう一度言った。
「悲しかった?」
ちひろが幼い子どものように、そんな蒼乃の顔を覗き込む。
「当たり前じゃん」
「ほんと?」
「ほんとだよ」
そんな蒼乃の反応に、ちひろはどこかうれしそうな顔をした。
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