第50話 キヨシ
「でも、どうしたの。ちひろがケガするなんて。今まで一度もそんなことなかったのに。剛史君の計画はいつも完璧なんでしょ?」
蒼乃が、作って来たお粥をベッド脇の台に置きながらちひろを見る。
「バカキヨシのせい」
「キヨシ?」
「うん、頭チリチリパーマの変な奴」
「今度の仕事は剛史君の考えたものじゃなかったの?」
「うん」
ちひろが前を見たままコクリとうなずく。
「そうだったの」
「私あいつ嫌い」
ちひろがおもいっきり顔をしかめる。
「やっぱり、あいつはバカだった」
「失敗したの?」
「ううん、標的は殺した。でも、撃たれた。今まで一度も撃たれたことなんかなかったのに」
ちひろが珍しく口を尖らす。
「キヨシって何者なの?」
「ただのバカ」
「・・・」
それ以上ちひろは何も言わなかった。蒼乃もそれ以上は訊けなかった。
そこにミーコ―が寝室にひょこひょことやって来て、ベッドに上がると、ちひろの下に行く。
「ミーコ―もずっと心配してたんだよ」
蒼乃がちひろに言った。ちひろはちひろの方に首を伸ばすように顔を近づけるミーコーのその小さな頭を撫でた。ちひろはミーコーの前では表情が変わる。とても柔和で優しい表情になっていた。
「さっ、お粥食べて」
「うん」
蒼乃が蓮華にお粥をよそい、ふぅーふぅーと冷ましてちひろの口元に持っていく。
「自分で食べれるよ」
「いいから」
「ううう」
最初は渋っていたが、蒼乃に言われ、ちひろは素直に口を開けた。最近割とちひろは蒼乃の言うことに対して素直になって来ていた。
「おいしい?」
「うん」
ちひろはうなずいた。
「にゃ~」
そこでミーコーが蒼乃に何か訴えかけるように鳴いた。
「あははっ、ミーコーもお腹空いたんだね。ちひろが食べ終わったらミーコーにもすぐにご飯作ってあげるからね」
蒼乃がそんなミーコーに、語りかけるように言った。
「にゃ~」
すると、それに返事をするようにミーコーがもう一度鳴いた。
「また少し眠るといいわ」
「うん」
ちひろがお粥を食べ終わると、蒼乃はそう言って、空いた食器と共に部屋を出て行った。
「あれっ」
蒼乃が、寝室から出て、リビングに戻ると、ソファに寝ていたはずのあの医者がいつの間にかいなくなっていた。
「あれっ?」
どこを探してもやはりいない。
「帰っちゃったのかな・・」
蒼乃は、もう一度部屋を見回す。やはりいない。
「お金まだ渡していないのに・・」
医者は忽然と姿を消してしまった。
蒼乃が残り物で適当に昼食を作り、愛美と二人で食べている時だった。
「本当に名医だったりして」
ほうれん草と、ツナ缶で作ったパスタをすすりながら愛美が言った。
「う~ん」
蒼乃は返事に困る。何とも評価のしようのない得体のしれない人だった。
「でも、悪い人じゃないのかも・・」
蒼乃が呟く。
「・・・」
もしかしたら、あの医者は見た目よりもいい人なのかもしれない。蒼乃は思った。
「ねえ」
蒼乃が愛美を見た。
「ん?」
「キヨシって誰?」
蒼乃は愛美に訊いてみた。愛美なら色々この町の裏のことを知っていそうだった。
「ああ、この辺を仕切っている竜神会っていうヤクザの二代目のボンボン。ろくでもない奴って噂だわ」
愛美はやはり知っていた。
「小さい頃から手のつけられない乱暴者で、最近は、組長の息子ってことを笠に着て、めちゃくちゃ調子こいて、無茶苦茶してるらしいわ」
「そうなんだ」
「うん、みんな嫌ってる。一代目のお父さんの方はすごくカリスマ性もあって、下っ端の面倒見もよくてみんなから慕われてるのに、やっぱり二代目はダメね」
愛美は呆れるように言った。
「・・・」
ちひろは、そのキヨシとかいう人間の何かに巻き込まれてしまったらしかった。ちひろがなんでそんな人間の仕事を受けざる負えなかったのか、そもそもどういう形でいつも仕事を請け負っているのかも分からなかったが、蒼乃も、なんだかそのキヨシという男に怒りを感じた。
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