第46話 帰宅
蒼乃が、いつものように買い物から帰って来て、部屋に入ろうと鍵を取り出そうとして、ポケットに手を突っ込んだ時だった。突然、隣りの部屋のドアが開いた。
「あっ」
中から出てきたのは、恐ろしいほど美しい美青年だった。
「・・・」
蒼乃は、ここに来て初めて見るそのお隣りさんに、口をあんぐりと開け、思わず見惚れてしまった。年は蒼乃よりも少し上くらいだろうか。十八か九くらい。人間離れした美しい妖精のような顔立ち、女の子のようなきめの細かい肌は透き通るように白く、薄い金髪にした髪はプラチナのように輝いていた。その薄く輝くような目は、澄んだ湖面のように、すべての人の心を吸い込むように魅了する美しさがあった。
青年はそんなじっと見つめる蒼乃の視線に気づくと、嫌な顔もせず、逆に蒼乃に向かって、その真っ白な歯を見せ軽く微笑んだ。蒼乃は顔を赤くする。そして、すぐにじろじろと見てしまったことを恥じうつむく。だが、そんなことをまったく気にする風もなく。そのまま青年は蒼乃の後ろを通り過ぎてエレベーターの方に行ってしまった。蒼乃は、その後ろ姿を顔を上げてもう一度目で追った。
「ねえ」
蒼乃が、部屋に入ると、すぐにいつものようにソファに座って、テレビを見ているちひろに声をかける。
「何?」
ちひろがテレビ画面から蒼乃に顔を向ける。
「隣りの人って知ってる?」
「知らない」
そう言ってすぐまたテレビに顔を向ける。相変わらずにべもない。
「そうなんだ・・」
それにしても、美しい人だった。その美しさに、どこか、愛美と同じ匂いを感じた。蒼乃はダイニングテーブルで一人本を読む愛美を見る。その時、ちょうど愛美が顔を上げ。そこで愛美と目が合った。愛美は微笑む。しかし、蒼乃はなんだか気恥ずかしくて、すぐに目を反らしてしまった。
愛美は、あの時のことを気にしている風はないが、蒼乃は、なんだか気恥ずかしかった。
「ちひろ遅いね」
蒼乃が愛美に言う。愛美と蒼乃は二人でリビングテーブルに座ってちひろの帰りを待っていた。その日、ちひろは朝から出かけたきり帰って来なかった。もう夜中の一二時を過ぎている。これほど遅いことは初めてだった。
「仕事なのかなぁ」
蒼乃が壁に設置した丸い壁掛け時計を見る。ちひろは仕事に出る時、いつも何も言わない。そして、蒼乃の母に会いに行った時以来、ちひろは仕事に蒼乃を同行しなくなっていた。
ガタッ
その時、玄関の方で何か音がした。蒼乃と愛美は顔を見合わせる。そして、慌てて玄関へと蒼乃と愛美は飛んでいく。
「あっ」
誰かが玄関によろよろと立っている。
「ちひろ」
蒼乃が叫ぶ。それはちひろだった。
「あっ、どうしたの」
ちひろは血だらけだった。ちひろはそのままよろけるように、玄関に倒れ込んでしまった。
「ちひろ」
蒼乃は、パニックになりながら、叫ぶようにちひろに駆け寄る。
「ちひろ」
蒼乃はもう泣きそうになっていた。
「ちひろ、死んじゃやだ。ちひろ」
「大丈夫」
ちひろが弱弱しい声で言った。
「大丈夫じゃないよ。いっぱい血が出てるよ。救急車呼ばなきゃ」
蒼乃はただパニクっていた。
「救急車はダメ」
ちひろが鋭く言った。
「でも・・」
「医者はダメ・・」
そう言ってちひろは、意識を失った。
「どうしよう」
蒼乃はおろおろするばかりだった。蒼乃は震え、完全なパニック状態だった。
「とりあえずベッドに連れて行こう」
愛美が言った。
「うん」
女二人で両脇からちひろを抱えるようにして、寝室に連れていく。そして、ベッドに何とか寝かせた。
「どうしよう」
蒼乃が震える声で愛美を見る。
「・・・」
愛美はちひろの状態を見ながら、何かを考えているようだった。さすがに、これまで裏社会でいろいろと修羅場を潜り抜けてきたのか、愛美は、蒼乃より落ち着いていた。
「裏稼業専門の医者がいるって聞いたことがある」
愛美が言った。
「裏稼業専門の医者?」
「うん、モグリの医者」
「モグリの医者!」
「知り合いに聞いてみる」
そう言って愛美は、部屋を急いで出て行った。
「・・・」
蒼乃と気を失ったちひろの二人が、ポツンと静かな寝室に残された。
「ちひろ・・」
蒼乃は心配でならなかった。
「ちひろが死んじゃったらどうしよう」
蒼乃はベッド脇で泣いた。
「どうしよう・・」
蒼乃はぽろぽろと涙をこぼした。
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