第45話 女同士
買い物から帰って来ると、愛美はソファに座るちひろの隣りに行き、ちひろとばかり話しをしている。二人はやはり楽しそうだった。
「・・・」
何?この気持ち?蒼乃はまた、あの痺れるような不思議な感覚に襲われた。
「嫉妬?」
嫉妬しているにしても、ちひろになのか愛美になのか、それすらが分からなかった。あまりにも、その感情はもやもやと漠然としていて、捉えどころがなかった。しかし、それは、強烈に蒼乃の心の中に、ただならぬ雷雲のように稲光を発しながら広がっていた。
「何なの。この感じ」
蒼乃は、突如として湧き上がって来たこの新たな強烈な感情に戸惑った。
「あっ、お風呂湧いたよ」
蒼乃が、ちょうどお風呂場の前の廊下を通り過ぎようとするところだった愛美に声をかける。その日の夕方、風呂好きの愛美のために、気を利かせて蒼乃は早めにお風呂を沸かした。
「ねえ」
すると、愛美が蒼乃の顔をあの独特の眼差しで、見つめてくる。
「えっ?」
愛美のそのキラキラと見開かれた大きな目が、蒼乃を包み込むように見つめる。
「一緒にお風呂入らない」
「えっ」
蒼乃は驚く、そして、どぎまぎしてしまう。
「いいでしょ?女同士なんだし」
愛美はそんな蒼乃の顔を覗き込んでくる。
「・・・」
蒼乃はためらいながら小さくうなずいた。
愛美の肌は、透き通るように美しく、何かの光に包まれているように美しかった。そして、胸もお尻も大きく、とても大人びたグラマーな体形をしていた。まだ幼さの残る蒼乃の体とは全然違っていて、蒼乃はなんだか自分の体型が恥ずかしくなった。
「・・・」
その愛美が、なぜかこの広い湯舟なのに蒼乃のすぐ隣りに座る。そして、蒼乃を見る。
「・・・」
蒼乃は愛美に見つめられるとやはりなぜか緊張してしまう。
「いいお湯だね」
愛美がお湯をゆっくりとかき回しながら笑顔で言った。
「うん・・」
時々、やわらかい愛美の二の腕が蒼乃の二の腕にあたる。そのたびに何とも言えない、痺れるような緊張が蒼乃の全身に走る。
「あたしのこと嫌い?」
愛美が首をかしげるように、そんな蒼乃を見る。
「ううん、そんなことない。全然ないよ」
蒼乃は慌てて言った。むしろ、蒼乃は愛美のことを・・。
「ふふふっ、そう、よかった」
愛美はそう言って、蒼乃に笑顔を向ける。
「・・・」
蒼乃はしかし、そこでうつむき黙り込んだ。
「どうしたの?」
愛美がそんな蒼乃の顔を覗き見る。
「愛美は・・、その・・」
蒼乃が口を開いた。
「ん?」
愛美は、その大きな瞳で蒼乃を見つめた。
「愛美は・・、その・・、どういう人なの?ヤクザの事務所にいたって・・」
「私は娼婦」
「えっ」
愛美の答えは早かった。
「私は娼婦。小学生の頃から体を売って生きてきたの」
愛美は堂々とした言い方で蒼乃を見た。
「小学生から・・」
蒼乃は驚き言葉が出なかった。あの妙な色香はそういうことだったのか・・。それを知ると、様々なことに合点がいった。
「ちょっと、トラブっちゃってね。それで、ヤクザの事務所に連れてかれちゃったの。助かったわ」
そこでにこりと愛美は笑った。
「・・・」
蒼乃はどう答えていいのか分からなくて黙っていた。
「私のこと汚いって思う?」
愛美が蒼乃に体を寄せるように訊く。
「ううん」
蒼乃は激しく首を横に振った。
「とてもきれい。愛美はとてもきれいだわ」
「ふふふっ、ありがとう。あなたもきれいよ」
「えっ」
蒼乃は驚く。そして、愛美の目を見る。
「そんなことない。私は・・」
「あなたはかわいいわ」
愛美は右手を伸ばし、蒼乃の前髪をかき上げるように撫でた。
「そんなこと」
「自分で気づいていないだけ」
「えっ」
そう言って、愛美は蒼乃に顔を近づけた。そして、その大きな瞳が蒼乃を飲み込むように見つめる。
「えっ?」
蒼乃は魔法にかかったみたいに固まってしまう。
「あなたはとってもかわいいわ」
そう言って、愛美は蒼乃に顔を近づけ自分の唇を重ねた。
「わたし・・」
蒼乃はすぐに唇を離し、真っ赤になった。
「キスは初めて?」
蒼乃は小さくうなずく。
「あなたはとても魅力的よ」
そう言って、愛美はふたたび蒼乃をやさしく抱きしめるようにして顔を近づけると、蒼乃の唇に自分の唇を重ねた。今度は蒼乃も受け入れた。愛美のやわらかいボリュームのある体が、蒼乃を包み込む。蒼乃は、緊張しながらも、その心地よさに溶けていく。
二人の唇と唇がまさぐるように重なり合い、お互いを求め合う。そして、愛美の舌が蒼乃の口の中へと滑り込んだ。
「いやっ」
だが、その瞬間、蒼乃は顔を離した。
「・・・」
一瞬時が止まったみたいな静寂がその場に流れる。
「ごめんなさい・・」
蒼乃があやまる。
「いいのよ」
愛美はやさしく言った。
「ごめんなさい・・」
もう一度蒼乃はあやまった。
「てっきりあなたもだと思った」
「えっ」
蒼乃は驚いて愛美を見る。
「てっきり、あなたもそっちなのかと思った」
「えっ」
「大体分かるんだけどなぁ・・」
愛美は不思議そうに首を傾げる。
「私は女の子限定の娼婦なの」
「えっ」
「レズビアンなの私」
愛美は蒼乃を見た。
「・・・」
蒼乃は目をぱちくりとしてそんな愛美を見返す。
「もしかして、ちひろのこと?」
愛美が蒼乃に訊いた。
「えっ」
蒼乃が驚く。
「心配しないで」
「えっ」
「あなたたちの邪魔をしたりしないわ」
「そ、そんなんじゃ・・」
「ふふふっ」
愛美は、笑った。
「あ~あ、フラれちゃった」
愛美はそう言って、蒼乃から体を離し、湯舟に体を深く沈めた。
「そ、そんなんじゃ・・、私とちひろは・・」
だが、愛美はその蒼乃の答えに意味ありげに微笑むだけだった。
「ほんとにあの・・」
だが、そう言いながら、本当にそうだろうかと、自分の言葉に蒼乃は自問した・・。
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