第47話 もぐりの医者
愛美が連れてきたもぐりの医者は、見るからに怪しげな男だった。風体からして、怪しかった。頭はおでこから頭頂部にかけてきれいに禿げあがり、太って丸くなった顔には無精ひげが覆っている。身なりもみすぼらしく、着古した服をだらしなく無造作に着ていた。それにどことなくお酒の匂いがした。
「大丈夫?」
蒼乃がその医者を見ながら愛美の耳元で囁く。
「・・・」
愛美も心なしか不安そうだ。
「でも、腕は確からしいの」
愛美が言った。
「こりゃ酷いな」
医者が、ベッドに横になっているちひろの傷を見て言った。
「治りますか」
蒼乃が恐る恐る訊く。
「まあ、やるだけのことはやるがな。後は、この子次第だ」
医者はそっけなく言った。
「お願いします。ちひろを助けてください」
蒼乃が懇願するように言った。風体が怪しくとも、今はこの男しか頼れる人間はいないのだ。
「あと、わしは高いよ。もちろん保険なんか利かないからな。金は大丈夫か?」
医者が振り向いて蒼乃を見る。
「お金は絶対に払います」
普段大人しい蒼乃が、凛として力強く言った。
「何としてでも払います」
「・・・」
医者はそんな蒼乃の目をしばらくじっと見つめていた。
「いいだろう」
医者は蒼乃の目つきに何かを感じたのかそう言って、もそもそと治療を始めた。
「酒あるか」
が、治療を始めたと思ったら、医者はそう言って再び蒼乃を見る。
「えっ、ワインかビールなら・・」
蒼乃が答える。
「ワインかぁ・・。わしは日本酒か焼酎党なんだがなぁ」
医者は渋い顔をする。蒼乃と愛美は顔を見合わせる。まさか酒を飲みながら治療をするつもりではないだろうか。二人はさらに、心配になる。
「わしは酒を飲んだ方が調子がいいんだ」
「・・・」
二人は、もう一度顔を見合わせると、さらに不安な顔をする。だが、今頼れるのはこの男だけだった。
「私が買ってくるわ」
愛美が言った。
「うん」
愛美は一人、お酒を買いに外へ出て行った。
再び治療を始めた医者がちひろの服をはさみで切ると、傷口があらわになった。それは明らかに銃で撃たれた跡だった。蒼乃もそれを医者の後ろから見る。何があったのだろう。今まで、ちひろは、確実にさらりと仕事を遂行してきた。剛史君の計算された計画も完璧だった。
「すごい傷」
思わず蒼乃が顔をしかめる。胸とお腹に空いたその傷は、かなり深い傷だった。
「跡が残っちゃう・・」
そんなことを心配している場合ではないのだが、ちひろのきれいな白い肌に大きな傷跡が残ることを蒼乃は心配になり、思わず呟いてしまった。
「俺を誰だと思ってる」
すると、もぐりの医者が振り向き、蒼乃をぎろりと睨みつけ怒り出した。
「えっ」
蒼乃が驚く。
「傷なんか残しやしねぇよ」
「そんなことができるんですか」
「当たりめぇだ。俺を誰だと思ってる」
医者は偉そうにもう一度言った。
「・・・」
自信だけはすごかった。しかし、蒼乃は医者の言っていることをにわかには信じられなかった。
医者はその短く太い指で、器用に治療を進めていく。素早い手慣れた手つきだった。その手つきを見ていると、この人はもしかしたら、すごい人なのかもと思えてこなくもない。
「酒はまだか」
だが、治療している最中に、医者はいら立ちの声を上げる。
「多分もうすぐだと思いますけど・・」
もしかして、この人はアルコール中毒なのではと蒼乃は思った。よく見ると、手が若干震えているように見える。大丈夫かやはり不安になる蒼乃だった。
「買ってきたわ」
そこに、お酒を買ってきた愛美が戻って来た。
「おおっ、酒、酒」
医者は、愛美が抱える焼酎を見ると、治療を中断してすぐに愛美の下に飛んで行き、ひったくるようにしてその酒を掴むと、そのまますぐにふたを開けそのままラッパ飲みで飲みだした。
「ぷはぁ~、効くなぁ」
医者は一気に焼酎を煽ると、息をついた。
「しかし、もっといいやつはなかったのか」
医者が焼酎の瓶に貼ってあるラベルを見て不満げに言った。
「お店にあった一番高い奴だけど」
愛美が不服そうに返す。
「そうか、まあ、いい」
医者はそう投げやりに言うと、治療に戻った。しかし、やはり、治療をしながら酒を煽るように飲んでいる。
「・・・」
二人はまた顔を見合わせた。本当に大丈夫か、さらに不安になる二人だった。
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