第33話 免許証

「ああ気持ちいい」

 オープンカーを吹き抜ける風に髪をなびかせながら蒼乃は呟いた。心地いい風に吹かれながらオープンカーで走っていると、何とも気持ちよかった。天気も快晴、気温も暖かく、オープンカーで走るには絶好の日和だった。

 そんな中、ちひろの運転するインパラは、颯爽と道路を走っていく。バカデカい、別名恐竜という異名を持つ伝説的アメ車のインパラは、狭い道をこぎれいな小型車が多く走る日本では、やはり圧倒的存在感があった。沿道沿いの小さな子どもたちが、みんな蒼乃たちの乗っている車を見て、驚き、騒ぎ、指を差し、手を振ってくる。それに蒼乃が笑顔で振り返す。

「このまま、二人でどっか行っちゃいたいな・・。誰も知らないとこに・・」

 蒼乃が呟いた。

「・・・」

 それが聞こえているのかいないのか、ちひろは黙って運転していた。

「っていうか、ちひろ、免許持ってるの」

 突然、蒼乃はそのことに気付き、隣りのちひろを見る。

「うん」

「えっ、でも、車の免許って十八からじゃなかったっけ」

 蒼乃は首を傾げる。

「そうだよ」

「はい?」

 蒼乃はまじまじとちひろの運転する横顔を見つめた。

「あれっ、ちひろ、十六って言ってなかったけ」

「言ったよ」

「えっ?」

 蒼乃はさらに訳が分からなかった。

 そこに白バイがやって来た。ただでさえ目立つ車に、しかもどう見ても、子供にしか見えないちひろが運転しているのが、やはり気になったのだろう。自分が警官でも声をかけただろうと、蒼乃は思った。

「お嬢さん、免許証見せて」

 インパラを道路の端に止めさせると白バイ隊員は言った。

「はい」

 ちひろは、まったく落ち着いた様子でスカートのポケットの中から免許証を出した。それを受け取った白バイ隊員は、何度も不審げに、どう見ても子供にしか見えないちひろと免許証を見比べた。

「ほんとに十八歳?」

「そうよ。そう書いてあるでしょ」

 ちひろは澄まして答える。白バイ隊員は首を傾げながらも、確かに免許はあるわけだし、何も言い返せない。

「ほんとに十八歳?」

 しかし納得いかない白バイ隊員は、同じことをもう一度訊く。

「そうよ。そう書いてあるでしょ」

 だが、ちひろはやはり、同じ答えを同じく澄まして答える。

「・・・」

 それでもやはり全く納得いっていない白バイ隊員だったが、しかし、やはり免許はあるわけだし、どうすることも出来ず、仕方なくそのまま何もできず去って行った。

 ちひろは、走り去る白バイを見送ると、また勢いよく車を発進させた。

「どういうこと?」

 蒼乃は運転席のちひろを見る。

「ちひろは十六なんでしょ」

 蒼乃は訳が分からなかった。

「十六だよ」

「???、だったらなんで?」

 蒼乃はますます訳が分からなかった。

「免許なんて頼めばかんたんに作ってくれるよ」

 ちひろは人差し指と中指に挟んだ免許証を蒼乃に差し出した。

「作る?偽造ってこと?」

 蒼乃は受け取った免許証をマジマジと見つめ訊いた。ちひろは頷いた。

「・・・」

 蒼乃はちひろの免許証を何度も裏返しながら何度もマジマジと見つめた。どこをどう見てもそれは確かに本物だった。

「・・・」

 映画や小説の中ではよくある話だが、実際に目の当たりにすると、やはり驚く。

「そういうの本当にあるんだ・・」

 蒼乃は呟いた。しかし・・、

 しかし、十六な上に小柄で童顔のちひろは、蒼乃も人のことは言えないが、知らない人が見たら中学生くらいに見える。いくら精巧な作りとはいえ、かなり無理があると蒼乃は思った。しかし、それでも、白バイ隊員は不審に思いつつも、結局はこの偽造免許証を認めざる負えなかった。

「う~ん」

 蒼乃は、免許証の小さな写真の中に写る真正面を向いたちひろのまじめな顔を見つめうなった。

 ちひろの運転するインパラは、目指す遊園地へと平日の昼間で空いた道路を颯爽とぶっ飛ばしていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る