第28話 ゴミの山
ちひろが、リビングの真ん中で、箒を持って奇妙な動きをしている。
「何してんの?」
「チャンバラ」
最近のちひろの、流行りは、アニメから時代劇に移っていた。
「やあ、とうっ、えいっ」
ちひろは箒を振り回しながら真剣な顔で、頭の中にある仮想の敵を切りまくる。ちひろは深く眉間にしわを寄せ、両方の眉を立て、完全に、時代劇のヒーローになりきっている。
「・・・」
蒼乃は、箒を持ってくるくる回るちひろの、そんな光景を茫然と見つめる。しかし、ちひろはノリノリだ。一人遊びする子どものように楽しそうだ。
「・・・」
蒼乃は再びちひろのキャラが分からなくなってきた。
――ニュースです――
その時、付けっぱなしのテレビから、ニュースが流れ出した。
――昨日、午前十時頃、○○駅前の路上で○○さんが血を流し倒れているのを・・――
「あっ、あの人だ」
画面に映っていたのは、あのちひろに刺され血を流していたサラリーマンの男の顔写真だった。
「・・・」
蒼乃は食い入るように画面を見つめる。
――○○商事は粉飾決済の疑いが持たれており、今回殺されたのはその会社幹部で・・――
男は大企業の会社幹部だった。
「誰が依頼・・」
蒼乃はちひろを見た。
「関係ないよ」
ちひろは、そう言ってあっさりとチャンネルを変えてしまった。リビングには必殺仕事人の、あの何とも渋い重暗い主題歌が流れる。
「・・・」
蒼乃は一人茫然とその場に佇む。蒼乃には、まだまだ知らない世界があって、それは、でも、確実にこの社会のどこかにあって、それは現実のこの社会と繋がっている・・。
「・・・」
蒼乃は、とりあえず捨てようと思っていたゴミを外に捨てに行った。
「そういえば・・、ちひろはゴミをどうしていたのだろう」
近所のゴミステーションにゴミ袋を放り込むと、ふと蒼乃は気になった。あのちひろがゴミをちゃんと捨てているとは思えない。
「ゴミはどうしていたの?」
部屋に帰ると、蒼乃はちひろに訊いた。
「そっから捨てる」
「えっ?」
ちひろはマンション横の窓を指さしている。蒼乃は慌てて、窓を開け下を覗き込む。
「わっ」
そこにはマンションと生け垣との間に巨大なゴミの山が出来ていた。
蒼乃は慌てて、下りていき、その小山のように盛り上がったゴミを見上げた。コーラの瓶と、アイスの空きカップがものすごい量積み重なっている。
「わあ・・」
蒼乃はすぐにそのゴミ山の掃除にとりかかった。蒼乃はゴミ袋を広げると次々その山のように溜まったゴミを入れていく。
「これ、ゴミ袋足りないよ」
新品の十枚入りのゴミ袋が次々無くなっていく。
「ん?」
その時、何やら後ろで蒼乃は視線を感じた。振り返ると、何やら変なおっさんが立っていて、蒼乃と目が合うと、慌てて視線をそらし、去って行った。
「ん?なんだろう」
蒼乃は首を傾げた。
しばらくたって、また視線を感じた。振り返ると、今度はおばさんが蒼乃を見ている。今度も、蒼乃と目が合うと、そそくさとどこかへ行ってしまった。
「なんだ?」
蒼乃はまた首を傾げる。
「わっ」
その時、上からまた新たなコーラの瓶が落ちて来た。上を見上げると、ちひろの丸い顔があった。ちひろは上から何やってるのといった感じで蒼乃を覗き込む。だ、しばらくすると、顔を引っ込め、またどっかへ行ってしまった。
「もう・・」
蒼乃は呆れる。
「ん?」
その時、蒼乃はゴミの中に何か光るものを発見した。
「あっ、お金だ」
それは百円玉だった。
「あっ、こっちにも」
よく見ると、そこかしこに小銭が落ちている。中には千円札や五千円札まである。
「なぜだ?」
蒼乃は不思議に思った。ゴミの中になぜか、小銭や千円札が混じっている。
「そう言えば・・」
その時、蒼乃はふと気付いた。そういえば、ちひろの部屋には小銭がない。竹かごの中にはいつも一万円札しかない。というかそれ以外を部屋の中でどこにも見ない。
「おつり?」
ちひろが蒼乃を見る。
「うん、おつり。買い物するとくれるでしょ」
大変な大掃除を終え、部屋に帰ると蒼乃はちひろに訊いた。
「ああ、あの、買い物するといっぱいくれるやつ」
「いっぱい?」
どうやらちひろは、おつりの仕組みがまだ分かっていないようだった。
「だから、一万円札しか使わないのか・・」
蒼乃は呟いた。
「ところでそのもらったおつりはどうしているの」
「捨てた」
当たり前のことのようにちひろは言った。
「捨てた!」
蒼乃は驚いた。
「やっぱり・・。それで、ゴミを掃除している時、近所の人や誰かしらが、じろじろと蒼乃を必要以上に見つめてきていたのか」
確か、あの視線には殺気じみたものを感じた。
「なるほど、そういうわけだったのか」
蒼乃はソファに座るちひろの隣りに座った。
「どうしたの?」
ちひろが、蒼乃の顔を覗き込む。
「ふふふっ」
ちひろのその全くの無邪気な表情に、蒼乃は何とも言えないおかしみともつかない、何か不思議な感情を感じて思わず笑ってしまった。そういえば自分も幼い時、おつりの仕組みが分からず、買い物をすればたくさんおつりがもらえると思って、それを大人たちの前で言って、大笑いされたことがある。
「どうしたの」
そんな蒼乃に、ちひろはさらに不思議そうな顔をする。それが、また蒼乃には堪らなくかわいく映った。
「どうしたの」
ちひろは、蒼乃に近寄ってきて再度、聞いた。
「ううん」
そう言って、蒼乃はちひろに肩を寄せた。ちひろは本当に幼い子供みたいだ。蒼乃は思った。
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