第29話 いじめられっ子
「そこから捨てちゃダメ」
蒼乃が叫ぶ。次の日、ちひろはまたいつもの癖で、窓からゴミを捨てようとしていた。
ちひろは、蒼乃を見てぽかんとしている。
「ここに捨てて」
蒼乃は新しく買ってきたゴミ箱を指差した。
「何これ?」
ちひろがゴミ箱を覗き込む。
「ゴミ箱だよ。ここにゴミを入れるの」
「ふ~ん」
ちひろは、さらにまじまじとゴミ箱を覗き込む。しかし、ちひろはいまいちよく分かっていないようだった。
「こっちがビンね。こっちが紙くず」
「うん」
ちひろは返事はするが、やっぱり、よく分かっていないようだった。
「さてっ」
蒼乃は、最近では日課になっている買い物に出た。
「ん?」
マンションの外に出た時だった。なんか肩越しに気配を感じ、蒼乃は振り返る。
「ちひろ」
ちひろがついて来た。最近、気まぐれだが買い物にちひろがついてくることが多い。
「一緒に行く?」
蒼乃が訊く。ちひろはうなずいた。
二人で商店街を歩いた。この町の商店街には様々な出自の人が、様々な店を開いている。在日朝鮮人のおばさんがやっている店先に様々な山盛りのキムチを置いたキムチの店。華僑の人がやっている、店の前に、ほかほかの湯気を吹き出した大きな豚まんが積み上がる豚まん屋。インド人が店先の窯でナンを焼くインド料理店。インドネシア人の女性が開いている世界中の珍しい雑貨の置いてある雑貨店。見ているだけでなんか楽しかった。しかも、二人で色々見て回ると、より楽しかった。
蒼乃はこうして誰かと一緒に出かけ、買い物に行ったり、何かを見たりすることに、ずっと憧れていた。蒼乃は、物心ついた頃からいつも一人だった。だから、こうして、ちひろと二人でいることだけで夢のように楽しかった。
「コーラ買った?」
帰り道、ちひろが母親に訊ねる子供のように蒼乃に訊く。
「ちゃんと買ったよ」
蒼乃は陽気に答える。蒼乃は、なんだか自分が自分ではないような気がした。こんな時間が自分に訪れるなんて、今まで想像もしていなかった。自分はずっと一人なんだと、そう思ってこれまでずっと生きて来た。今の自分が本当に夢のようだった。
「あっ」
蒼乃が再び前方を向いた時だった。蒼乃は何かを見つけ、突然顔を伏せた。
「・・・」
ちひろが不思議そうにそんな隣りの蒼乃を見る。
「あらっ、蒼乃じゃない」
そこへ、前方からやって来た二人組の女子高生が、蒼乃に話しかけて来た。
「・・・」
蒼乃はうつむいたまま黙っている。
「蒼乃でしょ」
二人はそんな蒼乃の顔を覗き込む。
「やっぱ、蒼乃だ」
二人は何がおかしいのかそこでけたたましく笑った。
「なんかあんた行方不明って噂だけど?」
鼻のデカい方の女が蒼乃の顔を覗き込みながら言うと、二人は顔を見合わせてまた笑った。
「・・・」
蒼乃は何かに耐えるように黙っている。
「生きてた?」
もう一人の色白の目鼻立ちのはっきりした女が言い、二人はバカにするみたいにして、顔を伏せる蒼乃の顔をさらに下から覗き込む。
「・・・」
蒼乃はひたすら顔を伏せていた。その反応を見て、また二人は楽しそうに笑う。
その横で、ちひろが蒼乃たちを不思議そうに見つめている。
「この子、あんたの友だち?」
二人はちひろを見た。ド派手な格好のちひろを、奇異な目で二人は無遠慮に見つめる。
「・・・」
蒼乃はその場に硬くなったまま何も答えない。
「お前にお似合いだな」
二人は笑った。ちひろは無表情のまま黙っている。
「学校来なきゃダメよ」
鼻のデカい方の女が、幼い子どもに語りかけるようにして、蒼乃の肩を叩く。
「あんたがいなくても、誰も気づいてなかったけどね」
そのすぐ後にもう一人の色白の女が続けて言った。そして、また二人は笑った。蒼乃はうつむいたまま小さく震えていた。
「あっ、早くいかないと始まっちゃう」
そこで、鼻のデカい方の女が腕時計を見た。
「あっそうだ」
色白の方が、目を剥く。
「じゃあね。蒼乃ちゃん、自殺なんかしちゃだめよ」
色白の女が最後にそう言って、また二人はきゃはははっ、と笑って、そして、二人は行ってしまった。
「・・・」
蒼乃はさっきまでの陽気で明るい表情が嘘のように、どぶに落ちた子猫のように暗く悲し気にうつむいたまま、その場に立ち尽くしていた。
「・・・」
そんな蒼乃を不思議そうにちひろが見つめる。
蒼乃は黙って歩き出した。ちひろもそれに合わせて歩き出す。
「ごめんね・・」
蒼乃がうつむいたままぼそりと言った。
「何が?」
ちひろは自分がバカにされていたことに気付いていなかった。
二人はさっきまでの楽しい雰囲気から一転して、沈鬱な空気を引きずるように黙って歩く。
「私・・、いじめられてたんだ・・」
蒼乃がぽつりと言った。
「・・・」
ちひろは蒼乃を見る。
「クラスに中川って子と、矢川って子がいて、その子たちのグループになんか嫌われちゃって・・、いつもなんか厳しいっていうか、冷たいっていうか・・、そのグループに嫌われると、クラスでは、もうかなり厳しいんだよね。誰も友だちになってくれないし、なんかみんな無視するし、なんかいつも居場所が無くて・・、後ろからなんか消しゴムのカスとか飛んで来るし・・、ゴミとか机の上乗ってるし・・」
「・・・」
「あの二人が、ずっと私の悪口言ってて・・、学校に行っても、私の居場所がないんだ・・」
「・・・」
「いつもなんか、辛くて・・」
蒼乃は涙をこぼした。
「・・・」
ちひろは黙って蒼乃の横を歩いている。
「私・・、なんかいじめられやすいというか・・、絡まれやすいというか・・、ちひろに助けてもらった時もそうだったけど、あれが初めてじゃないんだ。というか、毎度というか・・」
「・・・」
「私・・、なんかダメなんだ。もう、どんくさいというか、コミュニケーション能力ないというか、学校でもいつも一人で・・、小中高といつもいじめられるし・・、街を歩けば絡まれるし・・、なんかそういう体質というか、そういう星の下に生まれたというか・・、なんか分かんないんだけど、いつもそうなんだよね。いろいろ自分でも変わりたいと思って頑張るんだけど、結果はいつもダメ。むしろ、変にあがくとよけいいじめられるというか、悲惨になっていくという・・」
ちひろは蒼乃の話を聞いているのかいないのか、表情を変えずやはりただ黙って蒼乃の横を歩いていた。
「もし私に超能力が使えたら、いじめた奴ら全員、絶対無茶苦茶にしてやるのに・・、私がちひろみたいに強かったら、あんな奴ら思いっきり殴ってやるのに・・」
蒼乃は涙をぽろぽろ落とし、顔をくしゃくしゃにして泣きながら言った。
「・・・」
ちひろは、何を考えているのか、やはり無表情で蒼乃の横を歩いていた。
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