第24話 二人で町を歩く
「そう言えば、どうやって仕事の依頼を受けているのだろうか」
蒼乃はふと思った。部屋には電話すらがない。ちひろは一体どうやって仕事の依頼を受けているのだろうか。それが謎だった。
「さて、買い物にでも行くか」
蒼乃はいつものように、昼前にあらかた家事を済ませると、買い物に行こうとお金の入った竹かごを覗いた。
「あたしも行く」
そこに、ちひろが突然子犬のように蒼乃にすり寄って来た。
「えっ」
蒼乃は、驚いてちひろを見る。
「あたしも行く」
いつも、そんなことは絶対言わないので、蒼乃はひどく驚いた。
「買い物に一緒に行くの?」
蒼乃が確認するとちひろは頷いた。
「二人で並んで歩くなんて初めてじゃないかしら・・」
そんなことを考えながら蒼乃は、ちひろと二人並んで町を歩く。
不思議とこの町では、ちひろのド派手な格好は目立たないというか溶け込んでいる。ホームレスや、奇抜な人など、変な人が多いせいか、むしろそれが自然な感じさえした。蒼乃自身、平日の真昼間に相変わらず高校の制服姿だったが、それすら誰も気にする空気はない。
喉かな平日の真昼間、この町は相変わらず、道端で酒を飲んでいるおっさんたちがいて、路上脇の簡易な立ち飲み屋や屋台は、昼間から盛況だった。
「おいっ、ねえちゃんたち、一緒に飲んでかねぇか」
路上脇に座り込み、いい感じに酔っぱらったおっちゃんたちが、二人に声をかける。
「あっ、どうも」
蒼乃は軽く頭を下げ、にこりと笑うとそのまま通り過ぎる。そんなことにも蒼乃は、適当に受け流すことができるようになっていた。最初は声をかけられるたびにビビって縮こまっていたが、今ではもう慣れたものだった。この町の雰囲気にも蒼乃は慣れ始めていた。
その時、前方から、ものすごい原色で彩られたカラフルな恰好をした女の子が歩いてきた。
「えっ?」
この町の奇抜さに慣れて来ていたはずの蒼乃も驚いた。あまりの派手さに、この町の中ですら明らかに周囲から浮いている。ちひろの派手さすらが霞むような派手さだった。
ちりちりのボリュームのある真っ赤な髪は上の方でツインテールに結ばれ、もちろんそれを結んでいる丸いボールの付いたゴムひもは全て色違いの原色だった。来ている服もちろんだが履いているニーソックスや、どこに売っているのか、やたらとでかい厚底靴なども左右色違いの派手派手の原色模様で彩られていた。
顔に施された化粧も派手で、そばかすだらけの顔は様々な原色で彩られていた。目の周囲には、星や涙のマークのラメの入ったシールが貼られている。口には、くちゃくちゃとチュッパチャプスを咥えている。
「あら、ちひろ、まだ生きてたの」
その子は二人の近くまで来ると、横目でちひろを見るなり、生意気そうな性格を露骨に表情に浮かべながらちひろに話しかけて来た。
「うるさいわね」
ちひろはめんどくさそうに答える。
「えっ、知り合いなの?」
蒼乃は驚いた。
「早くここから出てきなさいよ」
「それはあんたでしょ」
ちひろは言い返す。
「いつか殺してやるわ」
「それはこっちのセリフ」
二人は滅茶苦茶ガンを飛ばし合いながら、そのまますれ違っていった。
「あ、あの子は?」
通り過ぎて行ったその子の背中を見つめながら、蒼乃がちひろを見る。
「あいつも同業者よ」
「えっ!」
蒼乃はもう一度振り返った。しかし、さっきの少女はもういなかった。
「・・・」
その姿は忽然と町の雑踏の中に消えていた。
「あの子も殺し屋なの?」
蒼乃がちひろを見る。ちひろはうなずく。
「あんな派手派手な子が・・、殺し屋・・」
蒼乃はしばし茫然とする。しかし、ちひろも、世間一般からしたら格好はやはりかなりど派手である。
「殺し屋って、みんな服装が派手なものなの・・?」
蒼乃は、自分の持つ常識的な殺し屋像と目の前にある現実とのギャップに、困惑気味に首を傾げる。
「絶対目立たない方が、いいような・・」
目立っちゃいけない職業ランキングがもしあるとするならば、殺し屋なんて絶対上位に来るはず。蒼乃は、殺し屋の世界が分からなくなってきた・・。
二人は商店街の手前の駅前にやって来た。
「いい天気だね」
空は真っ青に晴れ渡り、理由もなく人を陽気にさせるほど明るく透明感があった。蒼乃は自然と笑顔になる。しかし、ちひろは丸いサングラスの下でまったく無表情だった。駅前の人の多さにちひろは、過敏に反応しているようだった。ちひろの神経は常人では推し量れないほど繊細で、鋭いのかもしれない。ピリピリとした鋭いオーラを発するちひろを見て、蒼乃はそんなことを思った。
「あっ、剛史くんだ」
その時、蒼乃が人混みの中で独特のリズムを刻む剛史くんを発見した。剛史くんは、二人の方へ縦ノリで歩いて来る。剛史くんは、ちょっと変わった人だ。どんな人なのかは良く知らないし、剛史という名が本当の名前なのかも誰も知らないが、この辺りの地域に住んでいる人なら、その存在はみんな知っていた。真っ黒な髪をオールバックになでつけ、真っ黒な上下の革のズボンとジャケットを着こなし、いつも小さな古い型のオレンジ色のヘッドホンで、外に音が漏れるほど音楽をガンガン流しながら、縦ノリで、ノリノリにいつも町を歩き回っている。神出鬼没で、いろんな場所で彼を見かける。
少し知的障害があるのか、表情は希薄で、いつも自分の世界に浸り、独特の雰囲気があった。だが、一人ノリノリで町を歩いて行くその姿はよく目立つが、もうみんな見慣れているので、誰も気にしていなかった。
そんな剛史くんが、いつものように音楽に身を乗せながら軽快なステップで蒼乃たちの方にやって来る。やはり剛史くんは自分の世界に入り込んだまま、二人には目も向けない。剛史くんはそのまま二人とすれ違って行った。それは別に何の変哲もないいつものことだった。
ふと蒼乃がちひろを見る。
「どうしたの?」
「仕事の依頼よ」
「えっ?」
ちひろの手にはいつの間にか小さな紙片が握られていた。蒼乃は後ろを振り返って剛史くんを見た。
「えっ」
蒼乃はそしてもう一度ちひろを見た。
「作戦は全部剛史が考えるんだ」
「えっ・・」
蒼乃は驚いた。
「あの人が・・」
蒼乃は、もう一度振り返り、独特な動きで、ノリノリに体をくねらせ歩き去って行く剛史くんの背中を目で追いかけた。
「剛史のIQは三百以上だよ」
「えっ!」
蒼乃は信じられなかった。
「・・・」
あの小学生にすら時々バカにされている剛史くんが・・。
「信じられない・・」
剛史くんがそんな存在だったとは・・。蒼乃は世界がひっくり返ったような気がした。
バカと天才は紙一重。頭の良過ぎる人は、バカに見えると誰かが言っていたが、本当だった。
その剛史くんが全ての計画を考えている。剛史くんの緻密に考え抜かれた計画だから、街の中で昼間大胆に人を殺しても、誰も目撃者がいない・・。本当に緻密に、ありとあらゆる条件と可能性を計算しつくされて、殺しの計画は出来ている・・。
「でも・・」
私は見た。蒼乃は思った。蒼乃はちひろの殺す場面を見た。
その時、ちひろの胸に抱かれていたミーコ―が、みゃーっと鳴いた。ちひろはミーコ―がお気に入りでいつも肌身離さず抱いている。
「そうか」
ミーコ―の気まぐれ。猫の気まぐれには、剛史くんの計算も及ばなかったのか。
「なるほど」
蒼乃はしげしげとちひろの胸の中で大人しく丸まっているミーコ―を見つめた。
思えば不思議な縁だった。それがなければ蒼乃はこうしてここにいない。ちひろとも、仲良くなることもなかったに違いない。猫の気まぐれが、二人を不思議な縁で繋いだのだ。
「お前はいい子だね」
蒼乃はミーコーの小さな頭を人差し指でこちょこちょと撫でた。 そんな蒼乃を、ちひろは不思議そうに見つめた。
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