第22話 蒼乃燃える
初仕事から、不思議と平和な日々が流れた。ちひろと蒼乃の不思議な関係は、なんだかよく分からないまま、それでいてなぜかそのまま続いていた。
非日常的なちひろとの生活が、日常になりつつあるくらい、蒼乃はそんな日々に慣れて来ていた。そして、今までの灰色の日常が夢であったかのように、蒼乃の前には今は確かな色があり、そのカラフルな色の中で蒼乃は、新しく生きていた。
「コーラ」
ちひろがいつものように、お腹にミーコ―を乗せ、だらしなくソファにもたれてテレビを見ながらぶっきらぼうに言う。
「はい」
もう、慣れたものですぐに蒼乃は、冷蔵庫からコーラを取って来て、ちひろに渡す。
「・・・」
しかし、それをちひろは受け取らない。
「これコーラじゃない」
「コーラだよ」
「違う」
「同じだよ」
「違う」
やはり、ちひろはペットボトル入りのコーラは飲まない。
「もう」
仕方なく、蒼乃は再び冷蔵庫へ行き、ビンのコーラを持ってきた。
「はい」
「うん」
それはちひろは受け取った。
「もう、同じなのに」
蒼乃は呆れた。ペットボトル入りのコーラなら、安いしどこにでも売っているのだが、ビン入りとなると、売っているところは限られている。それにビンは重い。買い物がめんどくさいのだ。
「困ったなぁ」
ちひろの偏屈には、蒼乃も色々と悩まされていた。
「あっ、もしかして」
その時、蒼乃は閃いた。
「よしっ、これだ」
蒼乃はそう叫ぶと、いそいそと部屋を出て行った。ちひろは、そんな蒼乃の背中を何事かとぽかんと見送った。
蒼乃は縦に長く伸びた商店街の中ほどにある瀬戸物屋に入った。昼間でも薄暗い店内は誰もいない。どうやって生活しているのかが不思議なくらい、まったく活気というものがない。蒼乃は、そんな店内の棚に並ぶ食器類を端から見ていき、グラスの棚を見つけると、そこを丹念に見つめた。
「よしっ、これだ」
蒼乃はその中からなるべく分厚い、厚みのあるグラスを一個手に取ると、レジの方に向かった。レジにはいつ間にか奥から出てきた妖怪みたいに筋だらけの痩せたおばあさんが陰気に座っていた。
「これください」
蒼乃がグラスを持っていくと、おばあさんは無言ではあったが、丁寧にそれを新聞紙で包んでくれた。
「ちひろ」
「ん?」
「はい、コーラ」
部屋に帰った蒼乃は、さっき買ったグラスに、ペットボトル入りのコーラを注いでちひろに差し出した。
「・・・」
ちひろはどこか含んだ笑みを浮かべながら渡す蒼乃と、いつもと違うコーラを交互に訝しそうに見つめる。
「・・・」
そんなちひろを、ドキドキしながら蒼乃が見守る。
「・・・」
ちひろは、しばらく躊躇し、訝し気であったが、それを受け取った。
「やった」
蒼乃は心の中で叫んだ。
そして、ちひろは、何か変な感じを顔に出しながらも、コーラに口をつけた。
「どう?」
蒼乃がニヤニヤと笑いながらちひろを覗き見る。
「うん・・」
ちひろは、言葉を濁しながらも、いつものようにテレビを見ながらそのままコーラを飲み続けた。
「やった」
蒼乃の作戦は完全に成功した。
この成功に、なんだか蒼乃は無性に燃えて来た。いままでの無気力で慢性的に憂鬱だった自分が信じられないくらい、やる気が湧き出していた。
「よしっ」
蒼乃は大きく叫んだ。そんな一人気合の入る蒼乃を、ちひろが何事かとまたぽかんと見上げる。
「ねえ、生活に必要な物買っていい?」
「生活に必要な物?」
ちひろは大きく首を傾げる。
「うん、ご飯炊く機械とか、フライパンとかコンロとか、もっと大きい冷蔵庫だって必要だし、後、洗濯機も」
「う~ん」
「そういうのがあればもっといろいろな料理とかも作れるし」
「う~ん」
しかし、ちひろにはいまいち一般の普通の生活というものが分からないらしかった。
「色々便利なんだよ」
「う~ん」
「もっとおいしいもの食べれるんだよ」
「サラダもっと食べたい」
「うん、いっぱい作るよ」
「う~ん」
ちひろはしばらく首を傾げ考えていたが、突然首をまっすぐに戻すと、蒼乃を見た。
「いいよ」
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