第13話 殺し屋

「名前は?」

「えっ」

 少女が蒼乃を見ていた。

「あっ、蒼乃・・」

 蒼乃はおずおずと答えた。

「お前、あおのっていうのか」

 少女はミーコーを高々と掲げながら言った。

「あっ、違う。それは私の名前・・」

 蒼乃が慌てて言うと、少女が顔を上げ、再び蒼乃を見た。

「その子はミーコーって、私は呼んでるの・・」

「ミーコー?」

「うん」

「ミーコーか」

 少女は再び、両手で高々と持ち上げたミーコーを楽しそうに見つめ、ソファに寝っ転がった。そしてまた、手の中のミーコーをうりうりといじって遊び始めた。

「・・・」

 蒼乃の中で、やはり目の前のミーコーをかわいがる無邪気な少女の姿と、あの公園で銃を持ち男の人を撃った時の少女が、どうしても重ならなかった。しかし、確かにこの少女は公園のあの場所で、男の人を撃った・・。

「あなたは・・」

 蒼乃が小さく声を発した。それに対し少女が再び顔を上げ、蒼乃を見る。

「あなたは・・、殺し屋・・、なの?・・」

 蒼乃は知っているはずのことを、少し怯えながら改めて少女に訊いた。

「うん、そう」

 それに少女はあっさりと答えた。

「・・・」

 蒼乃はあまりに少女があっけらかんと答えるので、次の言葉が出て来なかった。

 すると、少女はミーコーを脇に置き、思い出したようにミニスカートの後ろから銃を抜くと、蒼乃に見せるように、目の前に掲げた。

「ニコルソンベレッタ、ポイント475」

 黒光りする、小柄な少女にはやはり少し大きい、重厚感のある銃だった。

「特注で柏木のじいさんに作ってもらったんだ」

「柏木のじいさん・・?」

「そう、柏木のじいさん。世界一の職人なんだ」

 少女は、子供が同級生におもちゃを自慢するみたいに、少し得意げな顔になった。

「標準のズレが0.3ミリ以下だよ」

 蒼乃にはその意味する数字が全く分からなかったが、多分すごい数字なのだろうということは想像できた。

 バンッ、バンッ、バンッ、バンッ

 突然、蒼乃の目の前で、ものすごい音がした。蒼乃とミーコーは飛び上がらんばかりに驚いた。実際、蒼乃とミーコ―の体は驚きで少し浮いた。

「・・・」

 見ると、暖炉の中から黒い煙がもうもうと舞い上がっている。蒼乃はそれを茫然と見つめた。少女が、部屋の奥の暖炉に向かって、ものすごい勢いで銃をぶっ放したのだ。そのことが時間差で、驚き呆けた蒼乃の頭の中に認識として遅れて入ってきた。

「ほらっ、ね」

 少女が蒼乃を見る。何が、ほらっ、なのかが全く分からなかったが、蒼乃は、暖炉から向きを変え、今度はそんな少女を茫然と見つめた。

「大丈夫なの」

「何が?」

「いや、あの・・、音とか壁とか」

「大丈夫だよ」

 少女はあっけらかんと言う。

「・・・」

 大丈夫なんだ・・。少女の自信満々の表情を見ていると、どうやら以前からやっていることらしい。昔の建物だから、壁が分厚くできているのだろうか、それにしてもあの音で大丈夫っていうのはどういうわけなのだろうか。地域的に、そういうところだから?それとも、少女を恐れて誰も何も言わない?それとも、他の部屋の人たちも似たような人たちなのだろうか。というか、なぜいきなり銃をぶっ放すのかが分からなかった。蒼乃の頭の中は、訳が分からな過ぎて、思考だけが、ぐるぐるぐるぐる虚空を空中回転して彷徨った。

「試してみる?」

 少女がふいにそんな蒼乃に、銃を差し出した。

「えっ、い、いい」

 慌てて蒼乃は両手を振って拒否した。

「ふ~ん」

 蒼乃が拒否すると、少女は、つまんなそうに銃をテレビ台に投げるように無造作に置いて、頭の後ろに両手を回し、再びソファに深々と横たわった。そして、さっきのテレビアニメのテーマソングをフフフフ~ンと、再び鼻歌で歌い出した。

「・・・💧 」

 蒼乃は、少女のそんなキャラクターを掴みかねてしばし困惑した。

「ん?」

 気付くと、銃声に怯えたミーコーが、蒼乃の背後のソファの間に隠れるように入り込んでいた。それを、蒼乃は、手を後ろに回して、抱え上げると膝の上に置いてそんな怯えるミーコーをやさしく撫でてあげた。

「・・・」 

 蒼乃は、なぜあの時、あんなことを言ったのか考えた。

「私を殺し屋にして・・」

 息詰まる何かからとにかく抜け出したかった。とにかく、逃げ出したかった。

「・・・」

 蒼乃は鼻歌を歌う少女を再び見つめた・・。

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