第14話 ちひろ

「ちひろ」

「えっ」

 あの青い瞳が蒼乃を見つめていた。いつの間にか、あの特徴的な丸いサングラスが少女の顔から外されていた。

「あたしの名前。ちひろ」 

「ちひろ・・」

 やはり、自分を見つめるその澄んだブルーの瞳は、美しいなと蒼乃は改めて思った。

「お前いくつだ?」

「じゅ、十六」

「私と同い年だ」

 ちひろが言った。蒼乃は少し驚いてちひろを見た。

「同い年なの」

「うん」

 ちひろは、どこから出したのかタバコを一本咥えると、それに火をつけ、慣れたように煙をふかした。

「たばこ吸うの?」

「うん」

「・・・」

「だって退屈だもん」

「殺し屋だったら十分、スリリングだと思うけど・・」

「ほんと退屈」

 しかし、ちひろはそう言って、ソファに再び深くもたれると、ほわほわと口から煙の輪っかを中空に浮かべていった。

「・・・」

 蒼乃は、そんなちひろを見て、同い年であるということになんとなく不思議な感じを覚えた。ちひろは、年上のようでもあり、年下のようでもある、そんな何とも不思議なキャラクターだった。

「あの・・」

 蒼乃が何事か言いかけると、ちひろが再び蒼乃を見た。

「あの・・、あの死体はどうなったの。あの男の人の死体。殺されたんでしょ」

「死んだよ。間違いなく」

 ちひろはタバコを吸いながら、その小さな胸を張り、はっきりと断言した。

「死体はどうなったの。公園で今頃大騒ぎになってるんじゃないの。大丈夫なの」

「うん」

「うん?」

「それは誰かががなんとかするもん」

 ちひろは私には関係ないわと言ったように、他人事みたいに言う。

「別の人が処理するってこと?」

「うん、だから知らない」

 ちひろはまた中空にタバコの煙りを輪っかにしてほわほわと浮かべた。

「・・・」

 殺し屋も分業化の時代なのか・・。自分の知らないところで、そんな世界があり、そしてそれは確実に別の流れで機能的に動いている。蒼乃はそのことにパラレルワールドのような現実のズレを感じた。

「私・・」

 蒼乃が口を開くと、ちひろが再び蒼乃を見る。

「私はなんで、殺されなかったの?」

「・・・」

 しかし、それにはちひろは答えなかった。蒼乃もそれ以上は、聞いてはいけない気がして黙った。

 グゥ~

 その時、蒼乃のお腹が鳴った。そういえば、昨日の晩から何も食べていなかったことを、蒼乃は思い出した。気付けば、外はもう暗くなっていた。

「あの・・」

 蒼乃はおずおずと声を出した。その問いかけにちひろは再度、蒼乃の方に顔を向けた。

「お腹空いたんだけど・・」

 最近食欲をあまり感じたことのなかった蒼乃だったが、ここにきてなぜか空腹感を感じた。

「コーラがある」

 ちひろが言った。

「えっ」

「アイスもある」

 お前は知っているだろうといった感じでちひろは答える。

「いや・・、そうじゃなくて・・」

 蒼乃がそんなちひろを見返す。

「ちゃんとしたご飯を食べたいんだけど・・」

 しかし、ちひろは不思議そうな顔をして蒼乃を見ているだけだ。

「ちゃんとしたご飯?」

 ちひろは訳が分からないといった風に首を傾げた。

「アイスがあるじゃない」

 吸い終わったタバコをコーラの瓶に突っ込むと、ちひろは、さっきミーコーが食べなかった解けかけのアイスを食べ始めた。

「ちひろはいつも何を食べているの」

「コーラとアイス」

「ええっ!」

 蒼乃は顔を突き出し、ちひろの顔をまじまじと見た。

「?」

 ちひろはそんな蒼乃を普通に見返す。

「・・・」

 ちひろの目を見ていると、本気で言っているらしい。

「・・・」

 主食がコーラとアイス・・。蒼乃には信じられなかった。

「ちゃんと野菜も食べないと・・」

 普段、蒼乃自身が母親に言われていることが、口から漏れた。

「なんで?」

 心底分からないわといった表情でちひろは、蒼乃を見た。

「やっぱ、栄養のバランスとか・・」

「栄養にバランスなんてあるの」

「そりゃぁ、あるわよ」

「初めて知ったわ」

 なんだかちひろと話していると世界が別次元過ぎて、蒼乃はくらくらしてきた。

「お母さんはいないの」

「何それ?」

「はいっ?」

 蒼乃はちひろを見つめる。ちひろはそんな蒼乃をきょとんとして見つめ返す。

「・・・」

 やはり、ちひろは何か次元の違った世界で生きているらしい。蒼乃はしばし固まった。

「よしっ」

 蒼乃は突然、一人気合を入れて叫んだ。ちひろが何事かとそんな蒼乃を見た。

「じゃあ、私が作ってあげる。私料理は得意なんだ」

 そう興奮して立ち上がる蒼乃を、ちひろは更に何事かと、それを追うように見上げる。

「買い物に行ってくる」

 そう言って、キョトンとするちひろを残し、蒼乃は、勇んで買い物へと出かけて行った。

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