第11話 琥珀色のコーラ

 空虚の象徴のような、無駄に広い無機質な空間に、テレビアニメの明るい音だけが虚しく響く。

「・・・」

 蒼乃は、ただ、そのなんともいえない漠然とした時間の流れるそんな空間に一人立ち尽くしていた。

「コーラ」

 その時、突然、少女の声が響いた。

「えっ?」

 蒼乃は少女を見た。しかし、少女はテレビ画面を見つめたまま、熱心にテレビアニメを見続けている。

「・・・」

 蒼乃は、意味が分からず戸惑った。しかし、少女はコーラが欲しいのだなと、なんとなく理解し、部屋を見回した。すると、左奥のこの部屋のすぐ隣りにキッチンらしき空間があるのが見えた。喜代乃は、ミーコーを抱えたまま、そこに、入って行った。

 中に入ると、そこはやはり、リビング同様生活感のない白い漆喰で囲まれた無機質な空間だった。料理道具すらも皆目見えない小さな古い型の流しと、その横に小さな作業場のような台があるだけの閑散とした、キッチンぽくはあるが、キッチンと呼ぶにはためらわれるような機能性のない部屋だった。料理をしたりといった、使用感も全くなく、そこはなんとなく奇妙な空間に見えた。

「・・・」

 蒼乃がその部屋を見回すと、台の横に、旧型の小さな冷蔵庫が置いてあるのが見えた。蒼乃の腰くらいの高さの、上が丸い形をしたすこぶるレトロな冷蔵庫だった。それはゴゴゴッ、ゴグッ、ゴググッ、と呻くような奇妙な機械音を発しながら、時々小さく揺れていた。蒼乃は、その小さな揺れに少しビビりながら、その二段に分かれている下の大きい方の扉を開けてみた。

「!」

 蒼乃は驚いた。その中はきれいにあの琥珀色をしたコーラの瓶で埋め尽くされていた。しかも、それは全て昔の型の栓抜きで開けるタイプのコーラだった。それ以外は全く何もなく、コーラの瓶だけがきっちりとそこにきれいに並んでいた。

「・・・」

 試しに、上の小さい方の扉も開けてみた。

「!」

 蒼乃は更にまた驚いた。そこには、全部同じバニラのカップアイスだけが、下の段同様これまたきれいにきっちり並んで入っていた。

「・・・」

 蒼乃はしばらくその光景を茫然と眺めた。

「これはいったい・・」

 使用感のないキッチンに、この奇妙な冷蔵庫の中身。蒼乃は今までの自分が生きて来た常識が全く通じない光景にしばし思考停止した。

 しばらくして、蒼乃は我に返ると、迷うこともなく、下の段からコーラのビンを一本を取り出し、リビングに戻った。

 ソファのところへと戻った蒼乃は、おずおずとそのコーラの瓶を横から少女に差し出した。少女は何も言わず、やはり、テレビ画面から目を反らすことさえせず、どうしてそれが分かるのか、左手を伸ばしてそれを受け取った。そして、やはりテレビ画面を見つめたまま少し上体を浮かせ、慣れた手つきでテレビの下の木箱の角にフタを上からガンッと、下にぶつけるように引っ掛け、栓を抜くと、再びソファに腰を下ろし、その勢いのままゴクゴクと勢いよくコーラを飲んだ。その動作には全く無駄がなく、流れるように瞬間的に終わった。

「・・・」

 蒼乃は、コーラを勢いよく飲むその少女を改めて見つめた。年は多分、蒼乃と変わらないくらいだろう。しかし、夢中でテレビアニメに食い入るその姿はまるで小さな子どもだった。

 あっという間に、コーラを一瓶飲み干すと、少女はその空き瓶を床に置いた。よく見ると、その近くにはすでに空き瓶が何本か転がるようにして並んでいる。

 その時、少女の置いた空き瓶は、倒れ他の瓶同様床に転がった。すると、それを見たミーコーが、蒼乃の手からするすると抜け出し、それを追うようにして少女の足下へと行ってしまった。

「あっ、ダメ」

 しかし、ミーコーは、少女の足元に転がる空き瓶に思いっきりじゃれついた。

「ミーコー、ミーコー」

 蒼乃は必死で、声を殺しミーコーを呼ぶが、転がるコーラの瓶に夢中のミーコーには全く聞こえていない。

「ミーコー、ミーコー」

 蒼乃は必死でミーコーを呼ぶ。蒼乃は少女の反応が気が気ではなかった。

 その時、テレビのアニメに見入っていた少女が足元のミーコーに気づいた。少女はゆっくりと、やはり無表情でミーコーを見下ろした。そして、ミーコーに手を伸ばした。

「あっ」

 蒼乃は、右手を口に当て、心臓が止まりそうになるほどドキドキした。

 少女はそのまま小さなミーコーの体を抱き上げ、自信のミニスカートの上に乗せた。蒼乃はそれを心臓が張り裂けんばかりにして見つめた。ミーコ―が少女に殺されてしまうと思った。しかし、少女はミーコ―を乗せたまま何事もなかったみたいに、また食い入るようにテレビに没頭した。

「・・・」

 蒼乃はホッとするのと同時に脱力した。少女の膝の上に乗せられたミーコーは、蒼乃の心配などどこ吹く風で、少女のミニスカートの上でゴロゴロと転がりながら、一人楽しそうにしている。

「・・・」 

 なんとなく緊張が解け、ずっと立っていることに疲れた蒼乃は、古い校舎の廊下のような黒光りする板張りの床に、体育座りで小さく座った。蒼乃が床に座っても少女は何の反応もなかった。

「・・・」

 蒼乃はそのまま少女と一緒に、テレビを見つめた。改めて見るそれは、小さな小学生が見るような、幼稚な古いアニメ番組の再放送だった。

「・・・」

 見知らぬ少女と二人で、黙って魔法少女の活躍を見つめる、何とも言えない奇妙でおかしな時間が流れた。

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