第10話 赤いテレビとピンクのソファ
廊下の一番奥に現れた、大きく重厚な一枚板で出来た赤い玄関扉の前に少女は立った。
少女は、ポケットがあること自体、本人以外誰も気付かないような精巧にできたミニスカートのポケットに手を突っ込むと、細い金の棒に二枚出っ歯の付いたような、これまた古風なカギを取り出し、金色の丸いノブの下の鍵穴にガチャガチャと、乱暴に差し込んだ。
そして、少女が奇妙な回し方でなんどか右左と回すと、その赤い、多分、種類は分からないがその木の持つ本来の色であろう赤い、木目の深い重厚な木の扉は、重く開いた。少女は蒼乃を振り返ることもなくそのまま、その中に入って行った。
「・・・」
蒼乃は一瞬ためらった。だが、ここまで来て他に選択肢はない。蒼乃も少女に続いて恐る恐る部屋の中に入って行った。
玄関に入ると、少女は乱暴に足を振って厚底サンダルを、ポイッ、ポイッと玄関に脱ぎ散らかすと、そのまままっすぐ上がって行った。
「・・・」
蒼乃は、他にもたくさん脱ぎ散らかされた靴の散乱する玄関を、しばし見つめてから顔を上げた。
やはり、オフィスか何かに使われていたものを、無理やり住居に改装したのだろう。玄関から見える部分だけでも、部屋の位置や規格が尋常じゃなくおかしい。天井がやたら高かったり、廊下の幅が広過ぎたり、部屋割りが迷路のようだったり、窓が異常に巨大だったり、そこかしこに、その歪が見られた。
「・・・」
蒼乃は、しばらくして意を決すると、靴を脱ぎ、少女を追いかけるように部屋の中へと上がって行った。
ゆっくりと白い大理石の廊下を歩きながら、周囲を見回す。廊下はやはりマンションにしてはやたらと幅があり天井が高く、壁までが古い大理石で覆われ、異質な感じがした。しかし、見ようによっては特殊なデザインの高級マンションに見えなくもない。
「・・・」
だが・・、辿り着いた奥のリビングの入り口に立ち、蒼乃は唖然とした。そこは二十畳近くの広さがあり、やはりやたらと天井が高く、壁や柱に重苦しいほどの重厚感があり、蒼乃が見慣れた感覚の日本の部屋とは何か根本的な規格が違っていた。そして、そこにはまったく何もなかった・・。
「・・・」
引っ越ししたての部屋みたいにカーテンすらがなかった。かろうじてあるのは、広いリビングの真ん中に置かれた古いピンク色のソファと、その前の木箱の上に置かれた古い二十インチ位の真っ赤なブラウン管テレビだけだった。
「・・・」
それは、あまりに広い空間にぽつんとあるので、蒼乃は、最初それが何なのかすらうまく認識できなかった。
「・・・」
ここは一体・・。
「・・・」
蒼乃は、戸惑い、部屋の中を茫然と見回した。壁はところどころ崩れかけた漆喰で覆われ、床は日に焼けた無垢の床板、四隅の柱はパルテノン神殿の柱のような大袈裟なデザインでそそり立ち、窓は上の部分が丸くなった観音開きの白い特殊なデザインの太い窓枠が並んでいる。そして、奥の壁にはなぜかレンガ造りの、使われなくなってから何年も経っているであろう朽ちた暖炉があった。
「・・・」
蒼乃は今見えている情報から、頭をフル回転させて、推測してみた。オフィス?にしては、殺風景だし、人気もない。ここに住んでいる?にしては生活感がなさ過ぎる。というか生活感以上に、人に必要な何か重要なものが欠落している。
「・・・」
蒼乃は必死で考えたが、全く分からなかった。そんな蒼乃とは対照的に、蒼乃に抱かれているミーコーはそのかわいらしい目をランランと輝かせ、楽しそうにその部屋をきょろきょろと見回していた。
「私は一体どこに来てしまったのか・・」
他に人の気配もない。蒼乃がリビングを見回し、戸惑っていると、しかし、少女はそんな蒼乃にまったく頓着せず、その真ん中に置かれたピンクのソファに滑り込むように座り込むと、それと連動するようにしてソファの手すりの部分に置いてあったテレビのリモコンを素早く手にとり、テレビに向けてボタンを押した。
少女はそのまま、体をソファに沿って滑らせるように深くもたれると、テレビ画面に見入った。テレビ画面の中では、アニメの魔法少女が魔法を使おうと、何やら周囲を激しくキラキラと輝かせながら踊り回って呪文を唱えていた。
「・・・」
蒼乃は立ち尽くしたまま、そんな少女の横顔を、戸惑いながら見つめた。しかし、少女は、蒼乃のことなど完全に忘れたかのように、無表情でそのアニメ番組に見入っている。
「・・・」
蒼乃はどうしていいのかも、今の自分の状況も、この少女が何を考えているのかも全く分からず、所在なげにただその場に立ち尽くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。