『水辺にて君と出会う』【ホラー小説】

楠本恵士

全一話


 オレがよく立ち寄るコンビニで、その女性の姿をちょくちょく見かけるようになったのは、半年くらい前からだった。

 美人だけど、どこか物悲しい雰囲気を漂わせているその女性は、深夜の同じくらいの時間帯にコンビニの書籍や雑誌が並べられた棚で、よく立ち読みをしていた。

 コンビニで雑誌を立ち読みをしている整った顔立ちの女性は、この辺では珍しいので記憶に強く残った。


 しかも女性が、読んでいるのは性的な記事が多い男性向け雑誌だった。

(女性ヌードグラビアが載っている。あんな男性向け雑誌を、深夜のコンビニで立ち読みする、若い女もいるのか?)

 どこか憂いを含んだ表情の女性は、コンビニで買い物をする時もあれば。

 何も買わない時もあった。同じ時間帯に遭遇しているうちに、オレはいつしかその女性の姿を、店内で目で追うようになっていたコトに気づく。

(意識しているのか……オレ?)


 何度かレジで彼女がオレの前で支払いをしていて、コンビニ店員との短い会話の中から、彼女が町外れにある沼近くの、アパートに住んでいると知った。

 壁を蔦に被われた古いアパートの一室に、母親と一緒に住んでいるらしい。

(あんな、古びたアパートに女二人で?)


 ある日の昼間、バイトが休みになったオレは、ふっと自転車で深夜のコンビニで出会う女性が住んでいる、アパート近くの沼に行ってみるコトを思いついた。

 ストーカーではない──なんとなく憂いた表情の女性が気になったのと、この町に引っ越してきたばかりのオレは女性の住んでいるアパート近くの沼について町の人たちに聞いてみても。

 誰もが、言葉を濁してあまり語りたがらないコトに気づいた。


 バイト先でこの町で生まれ育った、職場の女性上司に聞いてみても。

「あぁ、あの沼ね。町の人は誰もが近づかないわね……どうしてって? それは知らない方がいいんじゃない」

 それだけ言うと、他所から来たオレから、作業服の上司は視線を離しながら。

「あの沼の旧名は『沼蛇沼』……それ以上は言えない」

 そう呟いて沈黙した。


 オレがアパートの裏側に回ると、赤いペンキが剥げた古い木冊に囲まれた沼があった。

 沼の周囲は樹木が生い茂り、あまり手入れをされていない様子だった。

(不気味な雰囲気の沼だな……)

 視界の隅に映る日の光りが反射している水面に、なにかが跳ねたように一瞬見えた。

(魚? でもなにか細長かったような?)

 オレが目で蛇沼沼の水辺を追っていくと、そこに深夜のコンビニで出会う、あの女性がいた。


 白いワンピースを着てスネの辺りまで沼に浸り立っている、憂いた表情の女性はオレの視線に気づくと悲しそうな顔を向けた。

 とりあえず、挨拶をするオレ。

「こんにちには、よく夜のコンビニでお会いしますね」

 女性は悲しそうな表情で首を横に振って言った。

「ここに来て欲しくはなかった……あたしと、先週、沼に入水自殺した母で終わらせたかった」

「いったい何を!?」

 オレはギョッとした。

 彼女のスカートの中から、茶色い細長いモノが沼の中に伸びていて、水中で蠢いていた。

 よく見ると、沼の中には無数の同じ茶色い虫のような生き物が絡まり、蠢いていた。


 そして、沼の底には白骨化した、おびただしい数の人骨が。

 恐怖でその場から動けないオレに、女性が言った。

「この沼の生き物が、突然変異の生き物なのか、宇宙から来た生き物なのか……それはわからない、ただずっと前からこの沼に生息していて、人間に寄生して脳を操って。

獲物となる人間を沼に誘導させる……」

 オレは『ハリガネムシ』という生き物を思い出した。

 カマキリやコウロギの体内に寄生して脳を操り、水辺に誘導して泳げないカマキリやコウロギを入水させる寄生虫のコトを。


 女性が言った。

「あたしは夜のコンビニで、あたしに興味を持った人間を沼に引き寄せるため。

男性雑誌のヌードグラビアを、見たくもないのに沼蛇の虫に操られて見せられていた……うぐっっ」

 彼女の口からも、茶色い巨大ハリガネムシ数匹が突出する。


 沼からオレの足首に絡みついてくる茶色の生き物。

「ぎゃあぁぁぁ!!!!」

 オレの口に侵入してきた別の個体から、オレは体内にヤツらの卵を喉の裏側に産みつけられた。

 次の犠牲者を沼に誘導させるための擬餌に、オレの体は作り変えられた。

「ぅうげぉぇぇ」


 〔了〕

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