28作品目

08話.[苛めてないわよ]

「き、聞いておくれよ～」

「始業式も終わったばかりなのになにかあったの？」

　とりあえずＨＲ前に終わらせるのは現実的ではないから後回しにすることにした。

　ＨＲだからってなにかがあるというわけではない、毎度同じような話ばかり。

「静香、終わったわよ？」

「あ、ちょっと違うところで話そ」

「分かった――」

「おい、静香を苛めるなよ」

「苛めてないわよ、あんたはどっかに行って」

　ま、十中八九新田のことに関することなんだろうけど。

　彼は文句を言いながらも教室から出ていってくれた。

「夏休みね、あ、莉月がいなくなった朝のことなんだけどさ」

「あのときはごめん、やっぱり耐えられなくて帰ることになって」

「それはいいんだよ、だって好きな人から◯◯として仲良くしようって言われたら悲しいもん。あ、それでね？　莉月にすっごく修一くんが怒っていたんだけどさ」

「もしかしてそれで怒られてしまった、とか？」

　あたしの予想通りの静香なら「まあまあ、落ち着こうよ」って止めようとすると思う。

　それであいつの肩を持つのかよとか言われて喧嘩に～なんてことになっていそうだった。

「ごめん、なんか回りくどいよね、とにかくあのときから結構な頻度で会うようになったの、部活動の終了時間は違ったけど一緒に帰ったりとかさ」

「良かったじゃない、なにか問題でもあるの？」

「私はその……修一くんに意識してほしいんだけどさ、修一くんの中では莉月の存在が大きいと思うんだよね。だからこんなこと言うのはなんだけど……悟さんと付き合ってほしいなって」

　あのときの兄の吐いたことが本当なら確かにそうかもしれない。

　けど、やっぱり彼があたしのことを好きでいたなんて信じられないけどね。

　だって兄のことを好きだと直接吐いたのは告白したときだけだし、もっとあたしと仲良くしようとするだろうから。

　それがなかったのだからやっぱりなんの意味もない情報だったことになる。

「あ、そのことなんだけど、なんか上手くいってしまったのよね」

「えっ、受け入れてくれるってっ？」

「う、うん、なんかそういうことになって、今日からまた住み始めるつもりなのよ」

　合鍵も渡されているから直接兄の家に帰るつもりだ。

　もちろん、母に挨拶をしてからではあるけれども。

「今度はすぐに帰るようなことにはならないといいね」

「そうね、悟はそんなことには絶対にさせないって何度も言ってくれてるけど」

「なら大丈夫だよ、昔から悟さんはちゃんと約束を守る人でしょ？」

「そう……ね、静香の言う通りだわ」

　兄は昔からそうだった。

　なにかがあったらサポートしてくれていたし。

　そういうのもあって逆にちょっと引っかかっているのもあるんだけどね。

「……よしっ、ちょっと頑張って動いてみるよっ。待っているだけじゃ変わらないもんっ、莉月みたいに大胆に行動したいから！」

「うん、頑張って」

　あたしが頑張れたのはあの告白だけだった。

　それ以外はどうせ無理だからと考えつつも、兄なら受け入れてくれるという矛盾めいた思考をしているだけで精一杯で。

　静香は「頑張るぞー、おー！」と大声で叫びながら教室から出ていった。

「帰ろ」

　あたしも廊下に出て帰……ろうとして足を止める。

「もしかして聞いてた？」

「ああ」

　今日も部活動があるというのにいいのだろうか。

　２年生がメインになっているからって悠長なことをしていたら駄目になるのでは？

「莉月は信じていないようだが、俺は確かに莉月のことが好きだったぞ」

「ありがとう」

「ただ、明らかに悟さんのことを好きでいるのは見ていれば分かっていたからな」

　やはり隠すのが下手くそだったようだ。

　これまでは母とあたしだけの秘密だとか考えて余裕ぶっていたのにこれかと。

「でも、静香があんなことを言ってくれるとは思わなかったんだ」

「あたしもよ、特定の男の子に興味を抱くとは思わなかった」

「莉月があの日、家に勝手に逃げてくれたことでより仲良くなれた気がするんだよな、だから悟さんと莉月には感謝している」

「あはは、あんまり嬉しくないわね」

　兄に怖い顔で睨まれた日でもあるから。

　しかも午前２時にだよ？　もしあたしが帰ることにしなかったら外でどうしていたのだろう。

「色々悪かった、あのとき殴ったのは上手くいかなかったことからの感情を優先した形でもあるからな」

「馬鹿なことをしたのはあたしだから気にしなくていいわ。それより部活に行きなさい、話ならまた明日にでも聞いてあげるから」

「そうだな、また話させてもらうわ」

　帰っている最中は少し地に足つかない感じだった。

　どうすればいいのかまるで分からない、とはいえ、ただ兄の帰宅を待つだけなんだけど。

「ただいまー」

「おかえりっ、今日から向こうで暮らすんだよね？」

「うん、そういう約束だから」

　そうしないと夜遅くまで毎日こっちにいようとするから行ってあげないと。

　夏休みが終わったら兄の家で暮らすと約束をしたんだからね。

「ならこれを持っていきなさい」

「え、ステーキ肉？　しかも高くない？」

　１５００円って、２枚でだったら分かるけど１枚でこれだと高すぎる。

　気持ちはありがたいけど自分達のためになにかを買ってほしかった。

　食は重要だからケチらずにね、母も食べることが好きだからもうちょっとぐらいは使ってもいいと思う。

「今度は莉月ちゃんがすぐ帰ってくるようなことにはなりませんようにと思って買ってきたの、カツの方が良かったかな？」

「ううん、ありがとう、それと振り回してごめんなさい」

「気にしなくていいよっ、あ、だけどたまには顔を見せてね！」

「うん、守るよ」

　これは先に焼いてしまうことはできないから掃除でもして待っていよう。

　ああ、早く兄と会いたい、やっぱり嬉しさしかないんだよ。

「ただいま」

「おかえり」

「え、あれ、今日バイトは？」

「人がいっぱいいるから上がっていいことになってね」

　ほう、とりあえずこのあたしからすれば高級お肉を冷蔵庫にしまおう。

　で、次にやることは今回も同じ、部屋の掃除だ。

「あれ、綺麗だ」

「それはそうだよ、莉月が来たときに面倒くさいことにならないように綺麗にしておいたんだ」

「ありがとう、なんか悪いわね」

「いいんだよ、莉月はこうしてまた来てくれたんだから」

　甘やかしたところでいいことなんてなにもないぞ。

　それどころか助長させるだけだ、いやまあ自分のことなんだけど。

「ねえ莉月、僕らの関係っていまどうなっているのかな？」

「え、お互いに好きだと分かったから……変わったんじゃないの？」

「じゃあ、さ、だ、抱きしめたり……していいのかな？」

「え、うん……すればいいんじゃない？」

　好きだと自覚してからくっつくことだけは我慢していたからこちらからはできないけど。

　だって自分からするのは物凄く恥ずかしいから、その点、兄がしてくれるならさせておけばいいわけだし。

「するよ？」

「うん」

　抱きしめられながら考えていた。

　結局、あたし達のしていたすれ違いは無駄だったなって。

　いまこうなれているからいいけど、下手をすれば家族としてすらいられなくなっただろうから怖い話だ。

　ま、付き合えないなら家族としてすら仲良くできなくてもいいと考えていたのが自分だから？　

いまさらこんなことを言うのは違うとは思うけど。

「……好きでい続けてくれてありがとう」

「終わったかと思ったけど」

「うん、僕もあれで終わりだと思ってた、人生で１番調子に乗ったことになるからね。なのに莉月が思っていたよりも普通で、捨てていたかもしれないのになんで捨ててくれないんだって言ってたんだ」

　そう考えては捨てきれずという繰り返しだった。

　悪いことだとは思わなかった、その度に開き直って新たな目標を作って生きていくことは。

　でも、それはあくまで兄本人に気持ちを伝えていなかった場合にだけ使える方法だから困っていたわけだ。

　だからあのとき、兄から明確に拒絶されてありがたかったんだ。

　もしあのときに兄が来ていなかったら捨てていた可能性もある。

　けど、実際はそういうことにはならなくて兄はやって来て。

　気づいたら兄本人から本当のところを吐かれていた、ということになった。

「ありがとう、受け入れてくれて」

「うん、それは僕が言いたいことでもあるよ」

「今度ちゃんとお母さん達に言おう」

「もうある程度は話してあるけどそうだね」

　よし、こうなったら家事とかも分担して兄ばかりに負担をかけるようなことにはならないようにしないと。

　あー、ご飯は兄が作ってくれた方が美味しいから任せるとして、掃除とか洗濯とかを頑張ればいいか。

　今度こそ兄や両親を悲しませない、というか受け入れてもらえた時点で不満なんてなにもないのだから。

「今日はステーキにしよう、お母さんがくれたから」

「お、いいねっ」

　結局、美味しいご飯を一緒に食べておけばどうにかなるだろう。

　兄とであれば上手くいくと無根拠ではあったもののそう思ったのだった。