06話.[敬語はやめてよ]
「やっほー」
「え、浴衣を着てきたのね、可愛いわね」
「えへへ、1回着てみたかったんだよ」
敢えて新田を誘ったタイミングでそうするって乙女だな。
あと、よく考えたら兄妹で付き合えるわけないと諦めてばっかりだった自分が上手くいかなくて当然なんだよなあと。
「おっす、ちょっと遅れたか?」
「だ、大丈夫だよ」
「お、似合ってるな」
「あ、ありがとう」
こういう風に真っ直ぐ言えるところもいいのかもしれない。
静香はぱたぱたと手で顔を扇いで「暑いね~」なんて言っている、単純に浴衣が暑いだけなのかもしれないけど。
いつまでもここにいたって仕方がないから少し早いけどもう会場へ行くことにした。
「そういえば悟さんは?」
「急遽入ってくれと頼まれて結局無理になったのよ」
「そうなんだ、それは残念だね」
いや、全然残念なんかではない。
だって意地悪なことしか言わないから、寧ろ2対1の方がすっきりできていいだろう。
「莉月、はぐれるなよ?」
「大丈夫よ、こっちのことは気にせずに楽しんで」
「まあ祭りなんて滅多に行けないからな、今日は食べるぞ静香!」
「うえっ、な、なんで名前……」
「ん? 俺らは中学1年生のときから一緒にいるんだぜ? 別にいいだろ?」
頑張れ静香、甘えてやれば1発だから大丈夫。
今日はご飯を作らないつもりだからなにか買って食べよう。
1000円しかないけど十分だよね、焼きそばでも食べていればそれで満足できるし。
「うわ、まだ時間は早いのに人が多いな。静香、腕を掴んでおくからな」
「う、うん」
ちょっと待てー! はぐれるなって言っておきながらこっちのことなんて微塵も見ないんですけど。
買ってる間に行っちゃったよ、静香だってこっちのこと見ていなかったしね……。
「ずずず、うん、美味しい」
なにかを食べられるって幸せだなあ。
置いてけぼりにされても気にならなくなるなあ。
「いたっ」
「さて、片付けて見て回ろー」
ゴミを捨てて歩きだす。
まだ全然早いから帰れない。
花火だって見たいしね、ひとりでも楽しめるんだからいいよね。
「待ってよっ」
「不審者に声をかけられてますー、付きまとわれてますー」
「ちょっ」
あのふたりを探さないと。
これだと意図したわけではないのに怒られる可能性があるから。
それで怒られるのは心外だ、自分達が先へ先へと行ってしまっただけなのに。
「はぁ……はぁ……」
「息を荒くしている変な男の人がいますー」
「あのときは戻ってくれたと思ったのにまたそういう態度を取って……」
「知りません」
見つけた、ふたりはどうやらたこ焼きを食べているようだ。
いいよなあたこ焼き、口に含んだら熱々なんだけどそれがまたいいというかっ。
「たこ焼き食べたいの?」
「知らない男の人に話しかけてほしくないです」
「僕が家族として仲良くできるよって言ったからなの?」
「は? 気持ちが悪いですね……」
さて、近づくべきかどうか。
ここから見ている限りではふたりの世界を構築している気がする。
寧ろここで突入する方が空気が読めないことをしてしまうことになる気が。
「敬語はやめてよ」
「悟、あそこにふたりはいるけど予定通り別々に行動するわよ」
「分かった、だって楽しそうだもんね」
「うん、あれは邪魔できないわ」
後からちくりと刺されても楽しそうにしていたのに? と聞いてやればいい。
「悟もなにか食べなさいよ、あたしは焼きそばをもう食べたから」
「んー、じゃあお好み焼きでも食べようかな」
「うん、買ったら座って食べなさい」
見ていると食べたくなってくるから人が多い方を見ていた。
静香と同じように浴衣を着ている女の子もいる、その横にはどこか緊張した感じの男の子も。
いいなあ、こっちなんか緊張したって無駄なだけでなにも発展しようがないのに。
「ちょっと高いけど美味しいや」
ひとりで食べても美味しいんだからそう感じて当然だ。
やけ食いが可能な以上、お祭りというのは存在してくれていてありがたいな。
でも、別々に行動するのはいいけど花火の時間までどうしよう。
もうお金的にひとつぐらいしか買えないし、なにも買えないのであれば見て回っていても仕方がない。
リア充の静香達に合わせたのが馬鹿だったか、もっとゆっくりしてからでも良かったな。
「莉月っ」
「これからどうするの?」
「え、見て回ればいいんじゃないの?」
「花火の時間になったら集まればいいわよね?」
「はぁ……」
よく考えたら兄と見て回ることは幸せには繋がらないからだ。
なんでもっと分かりづらいところで食べておかなかったのかと後悔していた。
なにも知らない兄がふたりのところに突撃していればひとりで花火を見て帰ったのに。
「それより駄目じゃない、放棄してこっちに来るなんて」
「違うよ、夜から入る人が早めに来てくれてさ」
「その人が悪いわけではないのに代わってもらっているということじゃない」
「いや、そもそも僕は今日、休みだったからね?」
休みだったのに困っているなら行かなきゃとか言って出ていったのも兄だ。
「じゃ、休んでおきなさい、あたしはあんまり人がいないところで待っているから」
「なんですぐに別行動しようとするの」
家族としていてくれることをもう望んでいないからだ。
で、それが変わることはないからあたしも頑なになってこうしているというわけ。
「よう」
「やっほー」
まるでお祭りの会場で偶然会ったみたいなやり取りだな。
ふたりきりは緊張するからとか言っていた藤森静香さんはどこに行ってしまったのだろう。
気になる男の子と行けるならそりゃあたしなんかどうでもいいだろうけど。
「悟さんも来れたんですねっ」
「うん、なんとか間に合った形になるかな」
「こいつのことちゃんと見ておいた方がいいですよ、絶対に途中で帰るとか空気の読めないことをしますからね」
「もう似たようなことをしているかな、わざわざ別行動をしようとするんだよ」
「最近のこいつのことを考えればこいつらしいと言えますけどね」
帰るなんてことはしない、だって花火は普通に見たいから。
あまり大規模というわけではないけど好きなんだ。
見ているとおぉって気持ちになる、まるで子どもの頃に戻れた感じで。
「いい方法ありますよ、手とか腕とか掴んでおけばいいんです、こういう風に」
「ちょ、修一くん……?」
静香のことを少し考えてあげてほしい。
そういうのは例として見せるのではなくて、花火の時間とかにそっとさり気なく握るからこそいいのだ。
分かっていない、残念イケメンとか言われてそう。
「花火のときは別行動でいいから4人で行かない? そうしないと莉月が……」
「俺はいいですよ、静香もそれでいいだろ?」
「うん、いいよっ」
「ありがとう、本当に年頃の妹の相手をするのが大変でね」
頼んでないんだけどね、自分から何度も来ておいてそんなこと勝手に言われても困る。
が、そこからは帰る気はないと言っても聞いてもらえず、花火の時間まで手を握られたままとなった。
「最悪な気分よ、帰る気はないって言っているのに実の兄にすら信じてもらえないんだから」
「そう言わないでよ、しかも実際に最近の莉月は信用できないから」
「もうどうでもいいわよ」
あたしが空気を読んで近づかなかったのにふたりが来たからこんなことになったんだ。
そもそも放置したのはあんた達ですけどね、あたしは帰る気も離れる気もなかったのに。
「花火始まったね」
「ああ、結構好きだぞ」
「私もっ」
いいな、花火をそのまま楽しむことができるのは。
兄も花火に集中しているのかこっちの手を掴まずにいるので先程よりは自由だけど。
「終わっちゃうの早いね」
「それはしょうがないな」
あれ、というか結局花火も別行動しないで見てるな。
十分ふたりきりで行動できたから満足できたということだろうか。
「これからどうする?」
「どうするって、後は帰るだけだろ」
「でも、このまますぐに帰ったら寂しいよ」
「あー……そう言われてもなあ」
静香はまだまだ一緒にいたいみたい。
「それなら僕の家に来たらどうかな、ふたりきりにはなれないけど」
「いいんですかっ? それじゃあ行きたいですっ」
「悟さんがそう言ってくれるなら行かせてもらいます」
あたしはすっごく実家に帰りたかったけど我慢して付いていく。
ふたりが加わった状態で嫌な雰囲気を出さないと決めていたのだから。
「なにか軽食でも作ろうか、お好み焼きだけじゃちょっと物足りないから」
「ジュースが飲みたいですっ」
「はは、あるよ、お菓子もこの前買ったやつが余っているから食べてよ」
「ありがとうございますっ、修一くんも嬉しいよねっ?」
「まあな、食べさせてもらえるなら嬉しいな」
でも、家に着いたらお風呂に入りたいと静香が言い出してとりあえず3人になった。
「莉月、ちょっといいか?」
「本当に嫌な話よね」
「は? なにがだよ?」
「いやだって、さっき焼きそばを食べたばかりなのにもう小腹が空いているのよ? お菓子を見ているだけでどんどんと食べたいという欲求が出てくるから怖い話だわ」
もう21時前だというのにいいのかっ!?
あんまり太ったことはないけど、こんな時間にお菓子なんか食べてしまったらっ!?
「遠慮なく食べろよ」
「あんたは分かっていないのよ、21時過ぎに食べたらどうなるのかという恐怖が」
「俺は結構帰宅時間が遅いから食べるときあるぞ?」
「だってテニスで十分動いているじゃない、いいわよね、どうせ無駄な贅肉なんてないんでしょ? 悩んだことがないからそんなことが言えるのよ」
少し見せてもらったら案の定しっかりとしたお腹が。
「いい? あんたは2度とあたしに食べろと言うんじゃないわよ?」
「でも、腹は減ってるんだろ?」
「うっ」
「そうやって我慢してストレスを溜める方が太るんじゃなかったか? 確かストレス太りってあったよな?」
聞こえない聞こえないっ、ストレスで太るならいまの生活は駄目じゃない!
兄はナチュラルに意地悪なことを言ってきたりするから最悪だし。
「さっぱりした~」
「おかえり、ちゃんと拭いた?」
「ただいまっ、うんっ、ちゃんと拭いたよ!」
本来であればここで入ることで区切りをつけるんだけど、どうだろう。
まず間違いなくこのままここにいたら暴食してしまう。
「新田君も入る? 服なら僕の貸すけど」
「いや、家に帰ってから入ります」
「じゃあ、莉月が入ってきなよ」
「分かったわ」
ありがとう、久しぶりに優しくしてくれたわねっ。
着替えを持って洗面所に。
ただ、お菓子を見ただけで先程までの複雑さがどこかにいっているのだから情けのない話だ。
「莉月、後で話をしよう」
「また追い出されるの?」
「え? いや、そんなことしないけど」
「分かったわ」
そうと決まればささっと入ってささっと出てしまおう。
一応お客さんもいる状態だから、……兄が誘って兄に付いてきたふたりであっても友達で同級生なんだから。
悲しいことがあったわけではないから涙は出なかった、そのおかげでいつもより少し早く出ることができた。
「お、戻ってきたね」
「そういえば何時までいるの? もう22時になってしまうけど」
「悟さんが泊まっていったらどうかって言ってくれたから莉月の部屋で寝ていい?」
「それはいいけど、あれ、新田は帰らないの?」
「せっかく言ってくれたんだから風呂にも入らせてもらって泊まらせてもらおうかなって、悟さんの部屋で寝させてもらえば問題もないしな」
ここでいやいやとならないのもいいところなのかもしれない。
たまにはこういうことがあってもいいだろう、しかも彼の目的は夜遅くまで静香といることなのだから問題もないし。
なによりここはあたしの家ではなく兄の家だ、異性の家に泊まりに来ているわけではないから気にしなくていいだろう。
「それならあたしはもう部屋に行くわ、ずっと立っていて疲れたから」
「私は後から行くね」
「うん、ゆっくりすればいいわ」
そういえば兄はお酒とか飲んだりしないのだろうか。
家にいるときぐらい好きにしていてほしいから我慢しているのであれば気にしないでほしいんだけど。
「はい、これを着てくれればいいから」
「ありがとうございます、先に入らせてもらいますね」
さて、兄的にはこれでフリーな時間ができたわけだけど、どうするんだろう。
「悟、話って?」
「あ、ちょっと僕の部屋か莉月の部屋で話そうか」
「それならあたしの部屋で、追い出されても嫌だし」
「しないよ」
部屋に入ったらベッドに座って兄を見る。
兄も扉にそこそこ近いところに座ってこちらを見てきた。
「さっきはごめん、信用できないは言い過ぎだった」
「実際あたしは悟が来る度にもう関わるのやめて的なことを言っていたからしょうがないわよ」
事実、兄とはいても意味がないと避けようとしていたから、兄がそういう考えをしてもなんらおかしくはない。
「僕は莉月と仲良くしたい」
「今日だって悟が来て残念な気持ちになったからあたしは来てほしくないわ。でも、何度そう言っても届かないから諦めていまここにいるのよ。ただで住ませてもらっておきながら偉そうにあたしはね」
あのふたりを見ていると羨ましく思う。
なんで実の兄なんかを好きになってしまったのかって強く思う。
もっと他の、それこそ静香が気にしていなければ新田を好きになったりしておけば良かった。
どうして血の繋がった兄妹で恋愛とかありえないからって捨てられなかったのだろう。
「少し待っていてくれればいいわ、そうすればいまよりは家族らしく悟に向き合えるから」
「僕じゃなきゃ駄目なの? 新田君は静香ちゃんが気にしているみたいだけど、新田君とか他の男の子じゃ駄目なの?」
「駄目だったからいまこうなっているんじゃない、別にこのことに関して責めるつもりはないわから安心してちょうだい」
ただ、先程みたいに信用してくれないのは過去の自分の行動のせいとはいえ納得はできない。
途中離脱とかそういうことはこれまで一切やったことがなかったのに新田に言われたからってそのままそう考えて行動したのだから。
もう兄の中では家族であるあたしより新田の情報の方が信じられるということだ。
それは違うだろうと、どうして本人でもない人間の言葉を信じてって、ずっと考えている。
毎回そうだ、なんらかの方法ですっきりしてもすぐに相手が引き出してくるんだ。
痛いところを突いておけばあたしがなにも言えなくなってすっきりするのかもしれないけど、そういうのはいつか自分に返ってくるぞと言いたかった。
「僕は同じ屋根の下にいるじゃないか、別に付き合えなくたって問題ないでしょ」
「そうね」
「じゃ、今日で終わらせようよ」
「そうね、お風呂に行ってきなさい、新田ももう出るだろうから」
「うん、じゃあ行ってくるよ」
兄が出ていってからはなんか凄く落ち着いた。
これまでずっと言われていたことだからなんにも対応は間違っていない。
「莉月……」
「もう寝るの? 静香がいいならベッドで寝なさい、あたしはまだ寝ないから」
問題があるとすれば夏休みが終わるまでまた目標がなくなってしまったことだ。
焼きそばは美味しかったし、花火は綺麗だったなあ。
お祭りが終わってしまったら8月にやりたいことなんてないぞ……。
「いや、そうじゃなくて……」
「ああ、ま、兄の判断は正しいわよ」
「そっか……莉月がそう言うならしょうがないよね」
で、彼女はまだ寝る気はないようだった。
なんでも新田ともう少し話してから寝たいらしい。
でも、こっちはやっぱり驚くな、新田に興味を示すなんて。
いや、あたしがなんにも見てこなかっただけなのかもしれないな。
「なに廊下に突っ立って泣いてんだよ馬鹿」
「え、泣いてる?」
「涙は出てないけど分かる」
自分が思っているより自分のことが分かっていない。
隠せているつもりでも隠せていない、情けくて仕方がない。
「静香があんたと話したいって」
「ああ、それは聞いた」
「じゃ、相手をしてあげて、あたしは馬鹿だから学習能力がないだけなのよ」
あそこまで言われれば捨てるしかないじゃないか。
その際、やっぱりここにいたままだと辛いから帰らせてもらおう。
ベッドはま、彼女さんとかを連れ込んだときに利用してくれればいい。
やりたいことを自由にやればいいんだ、そこにあたしは関係ないのだから。
「言っておくが可哀相とか言ってやらないからな、悟さんが言っている通りなんだから」
「うん、分かってるわ。あ、この前もありがとね」
「ありがとうなんて思ってもないのに礼なんて言うな」
彼は「さっさと寝ろ」と言って階段を下りていった。
あたしは念の為、2時頃まで時間をつぶして様子を見た。
既に部屋では静香が寝ている、ということはどう考えても男の子組ふたりも寝ていることだろうから大丈夫。
荷物はほとんど出していないから最小限の動きだけで済む、静香に静かに謝罪をして部屋をあとにした。
リビングの電気も既に消されていることからミッションは完了したようなもの。
「そうすると思ってたよ」
「ぎゃっ……」
いや、なんで外にいるの? さすがにこれは驚くでしょ……。
それでも我慢できたのは深夜だったからだ、隣には同じように住んでいる人がいるんだから騒がしくしたら駄目だから。
「何度も言うけど付き合えないなら仲良くする理由もないわ」
「じゃ、新田君とも仲良くしないってこと? 静香ちゃんとも?」
「そういうことじゃないわよ、もうあんたには関係ないことなのよ」
よく考えたらこっちがそういうつもりでアピールするために行動したことなんてない。
告白の件だってこっちは終わらせているのにその都度出してくるのはいつだって相手の方だ。
「じゃもういいよ、来ては帰る来ては帰るって連続で疲れたしね」
「あっそ、だからそれでいいじゃない」
「隠しているつもりだったのかもしれないけど全部出ててむかついた、自分の妹がここまで馬鹿だったとは思わなかった。常識的にありえないって分かって捨ててくれるって期待していたのに、お前は逆にどんどんと表に出すようになったからクソだ」
ということはあれか、何度も家に来ないかって誘ってきていたのは試していたということになるのか。
でも、結局これはあたしの作戦通りでもあるというわけだ。
事実、兄の方から離れてくれと言ってきてくれているわけなんだからね。
先程と同じように涙なんか出なかった。
それどころかすっきりとしていたぐらいだった。
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