05話.[できるかどうか]

「来たよ」

「バイトはないの?」

「うん、今日は休み」


 初日から課題を頑張り過ぎて疲れていたところだったから助かった。

 ちょうどお昼の時間だから一緒にご飯を食べることにする。

 母は出かけているようなので今日作るのは自分だ。


「食べよ」

「うん」


 小洒落ているとかじゃないけど普通に美味しい。

 ただ、人に食べさせる分にはまだまだ足りないと思う。


「この後、映画でも見に行かない?」

「それなら借りて家で見たいかも、汗をかくだろうから臭わないか気になるし」

「確かにそれの方が落ち着いて見られるか、じゃ、借りに行こう」

「うん、行く」


 外に出た瞬間に家に帰りたくなったけど我慢。

 DVDを借りて、その後に飲み物とかお菓子とかを買って戻ってきた、何故か兄の借りている家に。


「……なんでこっち?」

「BDディスクはこっちにある機器じゃないと再生できないから」

「なんだ……連れ込みたいだけなのかと思った」

「そういうつもりもあるよ」


 ま、時間つぶしにはなるんだから構わない。

 泊まるつもりなんてないし、兄だってもう考え直したはずだから。

 ちなみに選んできた内容は、アクション映画とホラー映画のふたつ。

 どうやら兄は先に怖いのを見てからすっきりするアクション映画を見るつもりみたいだ。

 が、残念、あたしはホラー番組とか映画とかは得意なのだ。

 だからきゃーとか可愛く悲鳴を上げて隣にいる男の子に抱きつくとかそういうことはしない。

 逆に兄の方がこういうのは苦手なのによく選んだなあというのが正直な感想だった。

 大抵は急にドアップになるとか、後ろを振り向いたら化け物がいるとか、大音量で耳に攻撃を仕掛けてくるとかなどのワンパターン。

 でも、そういう風にしか作れないんだろう、そうじゃないと淡々と終わってしまうから。

 いや、変に喋ったり悲鳴を上げたりするよりも無音で淡々と進む映画の方が怖そうだな。

 不気味さというのが大事だ、しかもそういう斬新さというのはあんまりないだろうからね。

 結果、


「うぅ……怖いぃ」


 あたしにしがみついてぷるぷると震えている兄の出来上がり、と。

 自分から選んでおきながらそれは怯える僕可愛いアピールだろうか。


「そうだっ、アクション映画を見ようっ」


 勝手に盛り上がっている兄は放置して適当にぼけっとしておく。

 夏祭りはどうするんだろう、あ、バイトで行けなかったりするのかな?

 もしそうでも約束だから静香のところには行くけど、夏祭りのときに馬鹿とか新田に言われたらぶっ飛ばしかねないぞ。

 一応一緒に行くけど、会場に着いたら「あ、忘れ物をした!」とか棒演技で抜ければいいだろうか。


「莉月ー?」

「画面に集中しなさい」

「それは莉月だよ、声をかけても反応しないし……」


 兄が見たがっていたのだから兄が楽しめればそれでいいだろう。

 あたしは色々と考えなければならないことが多いのだ。

 なにを目的に生きていくか、それをあの日からずっと探している。

 兄に振られたいま、生きている理由とか本当はないんだけどね。

 死ぬ勇気なんかないから惰性で生きているけど、本当はさっさと散ってしまった方が幸せなのかもしれない。


「というかさ、莉月はいつから僕のことを好きだったの?」

「振った相手にそれを聞くの? この前から意地悪ね」

「いいから教えてよ」

「中学1年生の夏よ、ほら、あたしが自由に言われて悔し泣きしていたときにさ」

「ああ、あったね」


 相手もお前なんか興味ねえよと言うだろうけど、同級生に興味を抱けなかった。

 後輩や年上がいてくれても同じで、それまでは興味を持っていても合う人がいないとか勝手に思っていたんだけど……。


「なんかいいと思ってしまったのよ」

「そうだったんだ」


 そこからはあっという間だった。

 優しくしてくれる、笑いかけてくれる、ただそれだけで十分だった。

 でも、駄目な自分もいた、その先をも望もうとしてしまった自分がいた。

 その結果がこれだ、自業自得としか言いようがない。


「そろそろ帰るわ」


 最近はこれしか兄に言ってない。

 それ以外は適当に返事をしているだけ。

 家族なのにあんまり仲良くない異性を相手にしているようだった。

 そうしたのは自分だから責めることはできないけど。


「そうやってすぐに帰る癖直そうよ」

「満足できたわ、課題を今日中に終わらせてしまいたいから」

「だからこっちでやればいいでしょ!?」


 恐らく兄的には振ったことであたしが気持ちを捨ててまた家族みたいに戻れると考えている……はず。

 が、残念ながらそうはいかないのだ。

 兄はあたしを振った男の人であたしはそんな兄に振られた女。

 振られたからはいそうですかと簡単に捨てられるものでないし、捨てるつもりもなかった。

 ま、残しておいたところでどうにもならないことだからこの距離感は続くということで。


「勢いだけだったけど最後に告白できて良かったわ」

「莉月っ」

「実家に帰ってきてもあたしはいないつもりで行動して、無理だって言うなら帰ってきている間は家を出てあげるから」


 そのためにも静香とはもっと仲良くしておかないと。

 じゃ、空気を呼んで抜けたりするのは良くないね。

 本人がふたりきりがいいと言ってきたなら帰るけど、そうならない限りは約束通り一緒にいようと決めた。




 8月。

 依然として、というか、益々暑くなっている気がする外の気温。

 寝て起きただけで汗でびしょ濡れという最悪の日々が続いていた。


「休みなのはいいけど暇なのよねえ……」


 家から出たくないから家にいるけども。

 中学時代は適度に部活があったからまだ良かったかな。

 やはり大事なのはなんらかの強制力か。

 でも、残念ながら強制されるようなことがないんだよね。

 掃除も昨日してしまったし、1階とかは母が毎日丁寧にやっているから逆効果になりかねないし、外に出たくないし、仮に出たところで付き合ってくれる人なんかいないし。


「莉月ちゃん」

「なに?」

「いまからお買い物に行ってく――」

「行く! 荷物全部持つわよ!」

「そ、そう? それならお願いしようかな」


 そう、こういう強制ではないけどなんらかの理由があればいいのだ。


「あれ、母さんどこかに行くつもりなの?」

「これからお買い物に行こうと思って、莉月ちゃんが付き合ってくれるって言うから行ってくるねー」

「それなら僕も行くよ、荷物を持つぐらいだったらできるから」

「そう? それならお願いしようかな」


 あの、自分もう帰っていいですか?

 冗談はともかく、どうしてこうピンポイントなタイミングで来るのか。

 仮にあたしが家に引きこもっていても兄は気にせず近づいてきていただろうし……。


「珍しいね」

「なにもやることがなかったのよ」


 あたしは何度相手にもう忘れてくれと言えばいいのだろう。

 新田だって結局なにも聞いてくれなくて話しかけてくるわけだし、逆に積極的にいきまくっていた方が相手を嫌な気分にさせられそう。

 こちらから離れるのではなく向こうに離れてもらうことを選択した方がいい気がする。


「暇すぎて困るってことだよね? だったら僕の家で掃除とかしてくれるとありがたいんだけどなあ」

「掃除しているでしょ?」

「そうだけど、やっぱり我流でできていないところもあるかもしれないから」


 こちらも我流だけど細かいことは気にしないで受け入れてしまおう。

 離れてくれることを望んで相手と積極的にいようとするって矛盾しているけど。


「いいわよ」

「え゛」

「というか、夏祭りのときは予定を空けておきなさいよ? 必ず連れて行くから」

「うん、それは空けているけど」


 空けているのか……って、別に兄が自分で楽しむために休みにしただけだから勘違いするな。

 とりあえずは目の前の買い物に集中。

 カゴを代わりに持って母のお供をする。


「え、こんなに買うの?」

「うん、暑いけど敢えてお鍋にしようと思って」

「おぉ、食べるのは好きだから嬉しいわ」


 ぼうっとしていること、食べること、入浴すること、寝ることが好きだ。

 美味しいご飯をたくさん食べるために生きるというのもいいかもしれない。

 ま、なんだかんだ言ってもやっぱり生きるしかないからなんでもいいね。


「そのときは悟くんも来てね」

「うん、行くよ」


 だけど重い、暑い、早く家に帰って転びたい。

 幸い、母はそこだけで終わらせてくれたからこの荷物を持って帰るだけで任務は完了する。


「半分持つよ」

「いいわよ、おに……あん……いつもバイトで頑張っているんだからこれぐらいやらせなさい」


 学生だからと言い訳をして食べさせてもらうだけじゃ駄目だ。

 あの家を利用できることを当たり前だと考えてはならない。


「ふぅ、着いたぁ……」

「お疲れさま、付いてきてくれたうえに持ってくれてありがとう」

「ううん、お母さんこそいつもありがと」


 タオルでにじみ出た汗を拭いて部屋の床に寝転がる。


「莉月」

「あ、今日から住むからよろしくー、夕方頃に荷物をまとめておに……の家に行くわよ」

「さ、さっきからどうしたの? なんか急に変わったけど」

「なんで? 好きな人といたいって思うのはおかしくないでしょ? でも、いまは休憩ね」


 その前にお風呂に入るか、向こうでお風呂に入るか。

 夕方でも汗をかく可能性があるから兄の家で入るのが1番か?

 お鍋も今日するわけではないみたいだからいいよね。


「お兄ちゃんって呼びづらいの?」

「ん? あー……ま、そうね」

「それなら呼び捨てでいいでしょ、莉月は人を呼び捨てで呼んでいる方が似合っているから」


 さすがに初対面の人が相手だったら◯◯さんと呼ぶけどっ。

 なんか非常識者みたいな言い方をされるのは心外だと言うしかない。


「さ、悟」

「うん」

「荷物をまとめるわ、夕方までは自由にしておいて」


 すっごく恥ずかしい。

 けどまあ、恋人同士にはなれなかったけどこれはいいかな。

 どうせ妥協して生きるしかないんだから名前で呼び会える仲になっただけで十分。


「手伝うよ?」

「あんまり持って行くつもりはないから大丈夫よ、それより休みならきちんと休みなさい」

「はーい、なんかお姉ちゃんみたいだね」

「いないけどね」


 仮に優しい姉がいたら兄のことをここまで好きになることはなかったと思う。

 全部支えてくれたのが兄だからこそ強く影響している形となるのだから。

 荷物をある程度まとめて夕方頃まで昼寝をしていた。

 

「ご飯食べていきなよ」

「じゃ、食べてく」


 母作の美味しいご飯を食べさせてもらって。

 その後に入浴を済ませて兄の家に向かう。


「莉月、ベッドを買ったんだよ」

「なんでそんな無駄遣いを……」

「いや、実家はベッドなのにこっちでは敷布団で寝てもらっていたからさ」


 寝ようと思えばどこでも寝られるタイプだからそれでも良かった。

 ただ、……ベッドがあるというならベッドの方がいいから……強くも言えない。


「良かったじゃない、そのために増やしていたのね」

「ま、夏休みに入ってからのお金は来月なんだけどね、それと莉月のためだけに買ったから」

「……そういうところが嫌いよ、自分のために使いなさいよ」


 部屋に入らせてもらったら確かに設置してあった。

 触ってみるととても柔らかくて少し驚く。


「悟がこのベッドで寝なさい」

「それじゃ意味ないでしょ」

「あたしに買う方が意味ないわよ、逆に相手から来なくていいと言われるために近づこうとしなかったら意味のない物になるじゃない」

「やっぱりそういうことだったんだ、いきなり変わっておかしいって思ったんだよね」


 たまにこうやって勢いだけで行動しようとするところがあるから困る。

 もう21歳なんだから気をつけた方がいい、16歳のあたしのように行動しては駄目だ。


「ほら、転んでみなさい」

「じゃ、ちょっとだけ」


 椅子を持ってきてベッドの側に座る。

 転んでいる兄を見ていたらなんか凄く落ち着いた。


「最近は迷惑をかけたわね」

「またこのパターンなの?」

「本当の話じゃない、来てくれたのにその度に拒絶して面倒くさい態度で接することになってしまったから」


 寧ろあのウザムーブを見せていたのに気にせずに来ようとすることがおかしいんだけど。

 兄としては家族は仲がいいままでいなければならないという考えがあるのかもしれない。

 あたしだってできれば家族ぐらいとは仲がいいままでいたいから、もしそうなら気持ちは分かるけども。


「もう来てくれるのであれば拒絶したりはしないわ」

「で、相手の方が離れたいと思うように行動していくって?」

「どうせそれもできないわよ」


 それはつまり嫌われるために動くということ。

 そうでなくても不安定な状態のときに変なことはできない。

 静香や暴力男だけど新田に嫌われたくない、何気に毎日会話できる仲でいたかった。


「はい、ちゃんと言うことは聞いたからこれは莉月が使ってね」

「分かったわよ、部屋にあるなら使わなければもったいないし……」


 兄はベッドから下りてこっちの頭を撫でてきた。


「莉月がいてくれるというだけで嬉しいよ、バイトも頑張れる」

「それはいいけどご飯は作らせなさい」

「うん、協力して過ごしていこう」


 バイトが終わってから作らせるじゃ不効率だ。

 先に食べるつもりはないけど、とりあえずご飯だけでも作っておけばお互いに楽だから。

 待っている間にお風呂に入ってもいいし、なにか他のことをしてもいい。

 なにもしないままだとまた気にして出て行きたくなるかもしれないからしょうがない。


「結構早くに出てきたし、もうご飯を食べて入浴も済ませているから時間があるね」

「そうね」


 どうしよう、なにかやれることはあるだろうか。


「今度のお祭り、何時から行こうか」

「静香と16時に集まるって決めているの」

「それじゃあ新田君もいるのかな?」

「そうね、静香が新田にも来てほしいって言っていたから」

「え、静香ちゃんが? それはまた……珍しいね」


 確かにそうだ、静香がこれまで◯◯くんも呼んでほしいだなんて言ったことはなかったから。

 うーん、だけど相手のために行動できる人間だから惹かれてしまうのも無理はないのかもね。

 学力はともかく見た目や運動能力とかもいいし異性からすれば放っておけない存在なのかも。


「新田君はなんて?」

「以前、あたしがお祭りは行かないって言ったことがあったのよ、だから馬鹿なあたしが来ない可能性が高いからふたりきりで回ろうと」

「え、新田君も珍しいことを言っているね、莉月にしか興味がないかと思った」


 それは違う、兄が心配していたから行動していただけだ。

 あたしには微塵も興味なんか抱いていない、それだけは関わっているだけでよく分かる。


「ふたりの雰囲気が良かったら空気を読む必要も出てくるかもしれないわね」

「そうなったらふたりで見て回ろう、花火だって上がるからね」

「……なんで振ってからそんな普段は言わないようなことを言うの?」


 勢いで告白した自分が悪いのは分かっている。

 けど、いまさらそんなことを言われても困ってしまうのだ。

 

「ん? ああ、お祭りはこれまで母さん達もいたからね、本当はずっと莉月とだけで行動したかったんだ」

「同情ならしてくれなくていいわよ、悟のしていることは逆効果にしかなっていないわ」


 振ってからふたりで行動したかったと言われても困る。

 分かっているよ? あくまで兄妹として仲良くしたいということは。

 逆にこっちを振ったことによってリセットできたって考えているんだろうけどさ、こっちはそんなの無理だから。


「ごめん、気持ちを捨てるとか無理だから、これまで通り家族として仲良くするとか無理だから諦めて」

「できるよ、いまは振られたことに傷ついてもやもやしているだけでね」

「もう寝るわ、出ていって」

「うん、おやすみ」


 あのまま一緒にいたらまた同じことの繰り返しだった。

 さすがに来てすぐに帰還だなんて両親を振り回すようなことをしたくない。

 だから我慢した、何度その頑張りを兄に壊されても。


「意地悪……」


 家族として仲良くしたいだけなら家になんて誘わなくていい。

 だってあたしがここに住みたがった理由はもうばれたことになるんだから、それを敢えて選択するのが意味が分からない。

 そういう目で見られないということを突きつけるために普通は距離を置くところなのに、一緒にいながらそれを捨てろだなんて……。

 大事なのは問題ないという風に演じられるかどうかか。

 お祭りのときに静香や新田に迷惑をかけたくないから頑張らないと。

 できるかどうかは全く分からなかったけど。

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