ローロ島

「お待ちしておりました、ロアード様」


 ペリコ港からさらに南の沖合に行った場所にある小さな島々の一つ、ローロ島。

 木製の桟橋でできた小さな港に降り立ったロアードたちをこの島の代表部族が出迎えた。


「ね、猫耳が付いてます……」

「ローロ島に住まう部族のネネ族ですよ、ファリン」


 ファリンは思わずミレットと彼らを交互に見た。

 ネネ族の見た目は人間に近いが、頭部には猫の耳があり、尻尾も生えていた。

 獣の皮と葉を使った独特の部族衣装を身に纏っている。


 彼らの歓迎を受けながら、ロアード一行は部族の集落の中で一番大きな建物、集会所らしき建物に案内された。


「私はネネ族の部族長、ゴゥグと申します。今回島々の他部族合同で出した依頼の代表でもあります」


 ネネ族の部族長を名乗ったのは黒猫の青年だった。


「冒険者のロアードだ。まずは詳しい状況を聞きたい」

「はい、現在ここから南東の海域を中心にシーサーペントが暴れております」


 互いに簡単な自己紹介を済ませたあと、周辺の海図を取り出してゴゥグは説明を始めた。


 ララハ諸島は南東に広がるように島々が連なっている。

 島を横に結ぶように定期船の航路は通っている。

 それに並ぶように商船などの貿易航路がある。

 ゴゥグが指したシーサーペントの出現ポイントはその航路と被っていた。


「普段のシーサーペントの縄張りはこちらです」


 追加で貿易航路から離れた海域を指差した。


「シーサーペントの被害とは、今までは不運にもこの縄張りに迷い込んでしまった船が遭う程度でした。それが縄張りから出て、我々に被害をもたらすようになりました」


「原因は?」

「なぜ縄張りを出たのかは不明です」


 シーサーペントの存在自体は昔から確認されていた。

 時折り人が被害に遭うが、縄張りにさえ近付かなければいいため、脅威とは見なされていなかった。


「シーサーペントが現れてから一週間、すでに商船が三隻が被害に遭い、沈められました。また、彼らを救助するために派遣したエスパーダ船団の内、一隻も被害に遭いました。確認できているだけで死者が十人。他の船員は生死不明のまま行方不明となっています」


 エスパーダ船団とは、ララハ諸島に住まう島民たち、つまり様々な部族の者たちが共同で設立した航路や海上の安全警備を行なっている武装船団である。


「被害が多いな……。行方不明者の数は?」

「こちらで把握しているのは二百十二人です」


 二百人もの人々が海の中に消えた。その中には当然、死者もいるだろう。

 その事実に場の空気が重くなる。


「……行方不明者の中で見つかった者は?」

「初期の救助時に助けた者を除けば、見つかっていません。死体も含めて何も……。船の残骸や積載物は漂流しているのですが……」

「……シーサーペントに喰われたか。もしくは深海に沈んだか……」

「その可能性がありますが、海賊が漂流者を回収していたと報告があるので一部は連れ拐われたと思われます」

「海賊……? どういうことだ?」

「シーサーペントの被害発生時、現場に先にいたのはエスパーダ船団の船ではなく、海賊船と思われる四隻でした」


 その海賊船は商船の積載物も回収していたという。

 火事場泥棒をしながら、人も回収していたわけだ。


「奴隷とするために人を回収していたと考えられます」

「奴隷か、この大陸では表立ってするものがいなくなったとはいえ、やはりそういう輩は残っているか」


 この世界にはかつて奴隷を使役していた文化が残っていた。

 ララハ諸島では特に奴隷を他国に運搬するための奴隷船などが盛んに行き交っていた歴史がある。

 だが、それも三百年以上も前のことだ。

 海の向こうの他国などでは残っている場合もあるが、少なくともこの大陸地域では禁止されたものだ。


「それから海賊船には溟海教団らしき信者の姿もあったと報告もあります」

「溟海教団か。それは事前には聞いていたが……確かに疑問に思う組み合わせだな。……念の為に聞いておくが、信者の種族は分かるか?」

「水生族と思われます」

「なら、本物か……」


 海賊船と溟海教団。

 一方は略奪を行い、人々に迷惑をかける犯罪者たち、もう一方は人々を助け、慈善活動をする者たち。

 一緒に行動しているのがおかしな組み合わせだ。

 特に水生族というのは奴隷としてよく取引されていた過去を持つ。

 余計に海賊と行動しているのが不思議だ。


 もっとも、その溟海教団が本物であればの話だが……このララハ諸島においては本物である可能性が高い。

 これが陸地の溟海教団なら名を騙る偽物の可能性あったが、元より彼らの主な活動地域はララハ諸島のような海湾だ。

 その名の通り海を中心に活動しており、水生族の信徒も多い。

 水を司る竜神を信仰するのだから、当然といえよう。

 今回の溟海教団が偽物であったなら話は単純だっただろう。

 だが、そうではなさそうだ。


「海賊団に関しては情報が少しあります。船旗と特徴から……アルバーノ海賊団と思われます」

「ちょ、ちょっと待ってください! アルバーノ海賊団だなんてありえません!」

「……どうした、リュシエン」


 海賊団の名前を聞いた途端、驚いた様子のリュシエンが割り込んできた。


「アルバーノ海賊団は百年以上前の海賊です。それに解散したため、今も存在しているなんてありえません」

「さすがエルフの方、あの伝説の海賊団のことをご存知でしたか」

「伝説の海賊団?」

「この地域に昔いた海賊のことです」


 ゴゥグがロアードたちに向けて説明をした。


 ――アルバーノ海賊団。

 それは百年以上前にこのララハ諸島で暴れ回った伝説の海賊団だ。

 船長アルバーノの元、様々な船を襲撃し、略奪し、巨万の富を稼いだという。

 この海賊団を捕えるよう冒険者ギルドは指名手配を出した。船長に至っては賞金首になっていた。

 だが、誰もこの海賊団を止めることは出来なかった。


「ですが、この海賊団はたった五年活動した後、いつの間にか海上から姿を消しました。リュシエン様が言うように解散したとも言われ、高波に飲まれて船ごと沈んだとも、仲間割れによって全員死んだとも言われています」


 姿を消した理由までは謎だが、最強の海賊団は百年経った今、伝説となり語り継がれている。


「ですから、今も彼らが活動を続けているなんてありえません……」

「そう思いになるのも無理はありませんが……この話には続きがあります」

「続き……?」


 ――伝説の海賊団の話には続きがある。

 かつてこの海域を我が物顔で支配していた海賊団だが、いつの間にか姿を消した。

 それから数年がたったある日――人々は再び伝説を目にした。


「彼らは再び姿を表しました……亡霊となって」

「……! つ、つまり、今いるアルバーノ海賊団とは……」

「ええ、幽霊船です。彼らは死してなお、この海域を彷徨う海賊となったんですよ」


 ゴゥグの言葉にリュシエンは顔を青くさせながら俯いた。


「……ああ、そう、ですよね。よく考えれば、そうでしたね。……私と違って百年前の彼らが今も生きているわけ……ありませんでした……。ですが、亡霊になって……いるなんて……」

「お兄様、大丈夫ですか? 顔色が優れませんが……」


 心配するファリンにリュシエンは笑みを返そうとするが、上手く笑えていなかった。


「ゴゥグ族長様! 大変です!」


 その時だった。集会場の入口から、慌てた様子のネネ族の男が走り込んできた。


「何事ですか?」

「シ、シーサーペントが……クコ島を襲撃しました! 港は全壊、集落から次々と人々が海に引き摺り込まれていると報告がありました!」


 一瞬にして緊迫した空気が走る。

 すぐに動いたのはロアードだった。


「悠長に話してる時間はないみたいだ。すぐに船を出してくれ、俺が討伐に向かう!」

「……承知しました、ロアード様」


 ロアードの命令に驚き固まっていたゴゥグと数人のネネ族が動き出した。


「リュシエンとファリンはどうする?」

「わ、わたしも行きます! 怪我人が多く出ていることでしょうから、わたしが診ます!」

「お前のポーションと治療の腕は頼もしい限りだ」

「がうがう!」

「もちろん、ミレットも頼りにしているとも」


 自分も忘れるなと言いたげに、ミレットはファリンの腕の中から今は小さな前足をあげた。


「……ファリンたちが行くなら、私も行きます」

「まだ顔色が悪そうだが?」

「……大丈夫です」

「なぁリュシエン……いや、なんでもない」


 いつものリュシエンに戻っていた。

 ロアードは何かを言いかけたが、口を噤んだ。

 今聞くべきではないと判断したのだろう。


 その後、ロアードたちもすぐに準備を済ませ、再び船に乗り込んだ。

 スピードを重視した小型の帆船だった。

 多くは乗せられないが、ロアードたち数名を運ぶには持ってこいだ。

 先にロアードたちがクコ島に向かい、後ほど援軍たるエスパーダ船団の帆船が向かうことになった。


「健闘を祈っております。あなたたちに風竜のはばたきがあらんことを」

「風竜のはばたきがあらんことを!」


 族長ゴゥグとネネ族たちに桟橋で見送られた。

 彼らは息のあったように祈り、言葉を捧げた。

 ――風竜のはばたきがあらんことを。

 この言葉は船に乗るものなら誰もが口にする。

 船は帆に風を受けて推進力を得て進むものだ。

 当然、風がなければ進まない。

 この世界の風は、風竜がはばたいた際に起こるものだと言い伝えられている。

 そのため船乗りたちはいつも願うのだ、風竜のはばたきの風にうまく乗れるようにと。


「風竜か……竜殺しの俺にその風が吹くとは思えんがな」


 桟橋から離れた時、思わずロアードは溢した。


「……竜に願わずとも、自分たちで風を吹かせばいいんですよ。急ぎなので手を貸しましょう――《風よ、我らを導け!》」


 リュシエンが帆に向かって手を伸ばし、魔法を発動させた。

 強い風を受け、帆は膨らみ、船は前へ前へと勢いよく進んでいく。


「お兄様の風のおかげで、全速ですね!」

「魔法は便利だな」

「……羨ましがっているようですが、ロアード様も魔術で似たようなことができますからね?」


 魔術なら風を起こすことも可能だろう。

 魔術に大事なのは想像力だ。想像力さえ、しっかりしていれば、魔法と同じ……いや、それ以上のことができる。


「ですが、お兄様、ご無理はなさらないでくださいね?」

「大丈夫ですよ、ファリン。……少し、確かめなければならないことが増えただけですから」


 今だ少し顔色が優れないながらも、リュシエンは風を操って船を動かした。


「えっとあの、舵が……」

「私の風でやりますから問題ありません。クコ島はこの先でしたよね」

「は、はい、問題ありません!」


 この船の操舵手や航海士が困惑しながら、リュシエンに応えていた。

 無理もない、普通ならあり得ない光景が目の前で起きているのだから。


「……なぁ、ファリン。あいつ。クコ島の方角、なんでわかったんだろうな?」

「……分かりません。……妙に慣れている様子ですが」


 ロアードとファリンは風で舵を取るリュシエンの背を見ながら、こそりとそんな会話をする。

 海図を見ていたにしては、やけにスムーズだった。


「がう!」


 不思議がる二人の中、ミレットだけは風を感じて楽しそうに尻尾を揺らしていたのだった。

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