誘拐された

「レ、レヴァリス? なに言ってるの……」

「ほう? シラを切るつもりか?」

「人違いだよ。そもそも邪竜は死んだはずじゃないか」


 リアンは知らないふりをした。

 まだ水竜として素直に名乗り出るわけにもいかない。

 本当に水竜と見抜いているのか、その上でレヴァリスと勘違いしたのか、見極める必要がある。


「どうせお得意の嘘だろ。この大嘘つき野郎」

「嘘は言ってないよ。大体君は誰? 何者なの?」

「は? 流石にオレのことは分かるだろ? お前までオレを忘れるわけがないだろがよ」

「知らないよ。君のことなんか」

「何言ってんだ、オレの名は言えるだろ?」

「だから、君のことは知らないって言ってるじゃん! 名前なんて言えるわけないよ!」

「……ほんとに知らねぇのか?」

「知らないってば」


 何度も言い返して、やっと男はリアンの言葉を信じたらしい。


「じゃあ、レヴァリスの野郎がくたばったのは本当なのか……?」

「私はこの目で見たよ……英雄が邪竜を倒した姿を」


 嘘は言っていない。

 リアンは実際にレヴァリスの死を見届け、そしてロアードが邪竜リアンを倒す姿を見ている。


「そうか、本当だったんだなぁ……」


 男はしみじみという。


「悪いな、勘違いした」

「えっ、ああ、気にしないで」


 リアンは少し拍子抜けした。

 今まで自分をレヴァリスと疑ったものは、なかなかリアンがレヴァリスではないと信じてくれなかった。

 最初こそ言い争ったが、あっさりと受け入れられたから驚いたのだ。


「……なんで私のことレヴァリスだって思ったの?」

「似てたから。あいつがよく取っていた人間態に」


 レヴァリスの人間態とリアンの人間態はよく似ているらしい。

 髪の色を変えても分かってしまうようだ。


「ま、違うって言うならむしろラッキーだ」

「えっ?」


 男はひょいとリアンを肩に担ぎ上げた。


「え、ちょっとなんで?」

「なんでって、お前が気に入ったから持って帰ろうと思って」

「……え?」


 これは俗に言う、誘拐というやつではないだろうか?


(この人……一体何者?)


 ……逃げようと思えばリアンは逃げられる。

 だが、この男はレヴァリスを知っていた。

 しかも口ぶりと態度からしてレヴァリスのことをよく知っているようだった。

 つい気になってしまったリアンは抵抗はしないでそのまま連れて行かれることにした。

 自分をレヴァリスと勘違いしたこの男の前で、水竜の力を極力出したくない理由もある。


「お利口だな。オレは大人しい奴は嫌いじゃないぜ。んじゃ、行こうか!」


 無抵抗のリアンの背を叩きながら、カツンと踵を鳴らす。

 男の靴はブーツのように膝までを鉄製のプレートで覆った変わった靴だった。

 踵が鳴った瞬間、ブォンという起動音が立ち上がり、プレートが少し開いて変形した。


 男はリアンを抱えたまま、屋根の上を飛んだ。

 普通の跳躍力ではない。

 三、四軒もの家の屋根をゆうに飛び越えていく。

 この跳躍力の理由はもちろん、あの変形した靴だ。

 圧縮した空気を魔力と混ぜ燃焼させることで発生したガスを排出し、推力を得ていた。


「なにその靴!」

古代遺物アーティファクトを見るのは初めてか、お嬢ちゃん! こいつはジェット・ブーツって言うんだぜ」


 古代遺物アーティファクトとは古代魔導時代の遺物だ。

 時折り遺跡などから見つかるこれらの品々は普通の魔導具ではないものばかりだ。


 道具で魔法を扱う。古代魔導時代はその思想により高度な技術を元に発展を遂げた時代。

 今では多くの技術は失われ、古代遺物アーティファクトのみが残る。


 どんどんと景色が後ろに流れていく。

 その速さはロアードの武の魔術、《脚力スピード強化アップ》や、リュシエンの風の魔法を使った高速移動と変わらない。

 その景色の中で……ロアードたちの姿を見た気がした。


 ◇◇◇◇


「ロアード様、今のは……」

「何か見つけたのか、リュシエン?」

「今、リアン様が連れ拐われておりました」


 市場でリアンの姿を見失ったロアードたちは、リアンの姿を探していた。

 その時、遠くの屋根を飛ぶ男に担ぎ上げられたリアンの姿をリュシエンは見つけたのだ。


「そんな、お姉様が誘拐されたのですか!? なら早く助けに行かないと!」

「いや、あいつなら大丈夫だろ」

「ええ、あのリアン様ですからね」


 慌てるファリンに対して、ロアードとリュシエンは落ち着いていた。

 水竜たるリアンだ。簡単には死なないし、自力で逃げることも可能だろう。


「むしろ、わざと捕まったんじゃないか?」

「その可能性がありますね。なので、我々は動かないほうがいいかもしれません」


 まったく心配する素振りを見せない二人だった。薄情な。

 いや、二人ともリアンの力を知っているからこそ、心配をしていない。


「確かにその可能性もありますが……! ミレット様も心配ですよね?」

「がう?」

「そんな……ミレット様までぇ……」


 ミレットはそう?と言うように首を傾げた。

 どうやらミレットも、ロアードたちと同じ意見のようだった。


「うう、お姉様……とにかくご無事でいて下さい」


 ファリンは一人、リアンの無事を祈るのだった。

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