ララハ諸島へ
「海だー!」
キラキラと太陽の光を反射する海面。
砂浜に打ち付ける波の音。
時折風が運んでくる磯の匂い。
バルミア公国がある大陸から南へ向かった先、ララハ諸島の玄関口ともいえる港湾都市ペリコ。
貿易船が多く停泊するこの港は貿易港としても栄えているため、船はもちろんのこと多くの人々が行きかっている。
「す、すごいです……エルフの村で見た湖よりも広い……これが海なのですね!」
「うん、すごいね!」
「がう!」
ファリンが物珍しそうにあたりをキョロキョロとしている。
ミレットも見るのが初めてなのか、しっぽを揺らしながら、ファリンの腕の中から同じようにキョロキョロしていた。
リアンは海を初めてみたわけではない……と思うが、ファリンたちと一緒になって辺りを見渡していた。
「ペリコがこんなに栄えてるなんて……昔は小さな港だったのに……」
「リュシエンは来たことあるんだね?」
「あ、ええ……はい」
リュシエンもまた辺りをしきりに見渡している。もっともこちらは落ち着きなく、周囲を警戒しているような動きだ。
「……どうしたの、さっきから落ち着かない様子だけど」
「いえいえいえ、なんでもありません」
「じゃあ、なんでそんなフード被ってるの……?」
リュシエンはペリコに来てからというもの、ずっとフードを深く被っている。
まるで顔を見られないようにしていた。
「えっと、ほら! 南の太陽は眩しいですから! それよりも、私が街を案内しますから、観光しましょうか!」
「え、ちょっと待ってください……お姉様〜!」
「がうが〜」
いつにも増して挙動不審なリュシエンは話題を変えるように、ファリンとミレットを連れて先に行ってしまう。
「どうしたんだろうね、リュシエン……」
「……さぁな」
ロアードたちは少し呆れながらもリュシエンたちの背を追った。
今回、リアンたちはロアードの指名依頼のためにララハ諸島に向かう。
ララハ諸島の沖合で暴れるシーサーペント討伐のために。
リアンたちは今回もロアードのパーティメンバーということで付いていくことになっている。
まずは今回の依頼主であり、島々の族長代表に会いに行き、詳しい話を聞きにいく段取りとなっているため、族長がいるローロ島まで船で行かねばならない。
だが現在、定期便はシーサーペントの影響で欠航中だ。
冒険者ギルド側が臨時の船を準備中であり、その船の出発時刻まで時間があるため、少しなら観光をする暇もあった。
なので、こうして港を散策していたわけだ。
「そういえば、髪を染めたんだな」
「ああ、これ?」
今日のリアンの髪はいつもの透き通る水のような美しい髪色ではない。
地味な黒髪になっていた。
「今まで容姿は変えられなかったんだけどね。この前血糊を使った時に、肌が赤に染まったんだ。それで気付いたんだ、色水を使えば容姿の色を変えられることに」
リアンの人の姿は水竜の姿を写し取ったようなものだ。
水鏡に写るものを変化させることを、リアンはまだ出来ない。
今の容姿以外になろうとすると途端に形を崩して水となる。
これはまだリアンの存在が世間には知られていない水竜だからだろうか?
先代から力をそっくりそのまま渡されたから使えはするが、二代目水竜という存在としてはまだ不安定だ。
その状態で全く違う存在の形になろうとするのは難しいのだ。
だが、血糊を……塗料をその身に浴びた時、色水を身に纏うことで色だけなら変化させることができることに気付いた。
「これから行くところには溟海教団がいるかもしれないんでしょ。……いつもの姿だったら、ほら、一発でバレるじゃん」
「なるほどな。確かに今の状態ならバレやすくはないな」
リアンの容姿は人智を超えた美しさを持つ。
分かるものが見れば、人ではないと分かるほどに。
だからファリンに塗料を作ってもらい、髪色を黒くしてみたのだ。
髪を黒くするだけで印象は変わった。
そんなわけで人に振り返られることもなく……いやロアードはもちろん、エルフのリュシエンやファリンがいる。リアンも髪色は地味になったが容姿は美しいままだ。
つまり……見目麗しい団体だから、やっぱり振り返られる回数が多かったわけだが、目的地に着いた。
「ペリコ港の名物はやはり市場でしょう! 貿易により運ばれた珍しい品々から新鮮な魚介などなんでも揃う市場ですよ」
「……そのわりにはなんか、ちょっと閑散としてるけど」
リュシエンの案内で名物という市場にやってきたが……人も物も少なかった。
売り物はあるにはあるが、どれも少なく、また魚介類は高い値段だ。
「そりゃあ、シーサーペントが暴れてるからだよ」
ちょうど魚の値段を見ていた時に、話を聞いていたのか、店主のおじさんがそういった。
「兄ちゃんたち旅人か? タイミングが悪い時期に来ちまったな。今は漁にもまともに出れないから魚も取れなくてな」
「あの英雄が来てくれたりしないかしら? 早くなんとかして欲しいものだねぇ」
地元住人らしいおばちゃんが本人を目の前にぼやいた。
「……なるべく、早く片付けるつもりだ」
「そうだといいけどねぇ。ついでに海賊の方もなんとかして欲しいわ」
「……海賊?」
「この辺りは海賊が多くて困ってるんだよ。昔からこの地域には海賊団がいて――」
「あのロアード様! そろそろ船の出発の時間ではありませんか?」
店主と会話をしていたロアードに、リュシエンが割り込んだ。
「は? まだ時間じゃないが――」
「いえ、遅れてはいけません! 早め戻っておきましょう!!」
「おい、リュシエン!?」
今度はロアードの手を掴んで引っ張って、リュシエンが市場を離れていく。
「ま、待ってください、お兄様!」
「本当どうしちゃったんだろ、リュシエン……」
いつものリュシエンならファリンを置いていくことはしないのに、そんな気も回らないほどに落ち着きがない。
さっさと歩いていくリュシエンたちに、慌ててファリンが付いていく。
リアンも付いて行こうとした――その時だった。
「――えっ?」
リアンの腕を何かが掴んだ。
そのまま後ろに引きずられる。
何の気配も無かった。
水竜の力を持ってしても、察知出来なかった。
気付けばリアンは市場の
いつの間にか宙を飛んでいた。浮いた足元に市場が見える。
飛んでいたのは数秒もない。すぐに近くの建物の屋上に着いた。
「よぉ、お嬢ちゃん。あんた、綺麗なツラしてるな?」
リアンの腕の拘束は解かれないまま、さらに顔を掴まれて上を向かされた。
太陽を背に、リアンの顔を上から覗き込む男がいた。
褪せた茶色の髪を適当に後ろで結び、
草臥れて色褪せたシャツとコートに、無精髭を生やした男だった。
どこにでもいるような浮浪者のような男だった。
なのに、リアンはこの男の気配を全く察知出来なかった。
「あぁ、ほんとに綺麗だな。人からさぞチヤホヤされてんだろ?」
目の色も色褪せた茶色をした男は、ニヤリと笑う。
「だが、いつものお前の趣味じゃねぇな? それともオレを試したか? ――なぁ、レヴァリス」
「い……」
(今、私のことレヴァリスって言った!?)
つまり、目の前の男はリアンが水竜であると見抜いたことになる。
せっかく髪も黒く染めたというのに、さっそくバレてしまったようだ……。
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