指名依頼
ギルド内に設置された談話室。
ここは機密性の高い依頼について話す場として用いられていた。
そこにリアンたちはソファに座り、エルゼリーナからの話を聞いていた。
「さて、改めて言うけれど。今回ロアードに指名依頼が来たわ。内容はシーサーペントの討伐よ」
「シーサーペント……一級の魔物か」
「商船や島の部族の人々がすでに被害にあっているそうよ。その長い尾で深海に多くの人々を沈めたと聞くわ」
一級の魔物は国を一つを滅ぼせる力を持つ。
それが暴れているとあれば、同じ一級冒険者であるロアードでなければ、対処ができないだろう。
「それから……まだ確証はないのだけど、溟海教団が関わっているかもしれないわ」
「……あの溟海教団か」
「え、なんでこっち見るの?」
ロアードとエルゼリーナが、リアンの方を同時に向いた。
「溟海教団というのはな、水竜信仰の宗派であり、その中でも信者数が最も多い宗派だ」
「水竜信仰……ってまさか」
「ああ。あのレヴァリスを信仰する邪竜教団とも言えるだろう」
「やっぱりかぁー!」
リアンは頭を抱えた。
あの邪竜と呼ばれたレヴァリスを信仰するのだ、その時点でまともな教団とは思えない。
「でも、ロアード! 君はそういう教団は潰したって言ってなかった?」
「その手の教団はいくつもあったんだ。その中で溟海教団を名乗る連中にも出会ったことがあるが……俺が潰したのは末端か、名を借りているだけの犯罪者崩ればかりだったな」
溟海教団……彼らの数は多く、世界に信徒が散らばっている。
その数は一国分の人口に匹敵するほどだろう。
邪竜レヴァリスの名が広まると共にこの教団は信者を増やしていったが……そのほとんどは邪竜に影響され破壊活動をする者か、その名を騙り、犯罪に利用する者などばかりだった。
以前、エルフの森を強請っていた盗賊たちが良い例だろう。
「だが、あの溟海教団の指導者自体はそういうことをする人物には見えなかった」
「……あったことあるの?」
「一度だけな。以前、レヴァリスの行方の手がかりを探して、溟海教団の本部に乗り込んだことがあったが……あのレヴァリスを信仰しているとは思えないほどの人格者だった」
世間では溟海教団は邪教と呼ばれている。
邪竜レヴァリスを信仰する教団であるというのもあるが、教団の名を名乗り騒ぎを起こすものが多かったからだ。
これを受けてロアードは一度、レヴァリスの手掛かりを手に入れるついでに溟海教団自体を潰す目的でその教団本部に乗り込んだことがあった。
「……そこは昔と変わらないようですね」
「百年前と同じなのか、リュシエン」
「ええ、当時も溟海教団は水竜を信仰していましたが、人助けをする慈善活動をしておりましたから」
リュシエンは百年前以上まで世界を旅していた。
その道中で、溟海教団と出会ったのだろう。
「それに私も指導者の……水竜の巫女に会ったことがあります」
「……水竜の巫女?」
「水竜の巫女とは、溟海教団の創設者であり、指導者の方の異名ですよ、リアン様。名前は確か、クラウディア様だったかと」
「……俺が会った相手と同じだな」
「百年前と変わってないんだ……」
「あのお方は水生族の方ですからね。正確な年齢は分かりませんが……三百年くらい前から溟海教団はありますから、それくらいかと」
「百年どころの話じゃなかった……」
水生族とは主に海の中で生きる亜人のことをそういい、人魚などがその中に入る。
水生族はエルフに次いで長生きな人種が多い。
三百年も生きることは難しくないだろう。
「ロアード、今回の依頼だけど……無理に受けなくてもいいわ」
「何を言ってるんだ、これは指名依頼だぞ?」
冒険者にとって指名依頼を受けない選択肢はあまりない。
普段から冒険者ギルドを通して依頼を受けているのだ。
様々な融通などを受けている代わりに、冒険者ギルドから発せられる緊急性のある依頼は受けることが鉄則とされている。
「あなたは邪竜殺しの英雄よ。……つまり、溟海教団にとっては信仰していた対象を殺した相手なのよ」
世間では英雄扱いのロアードだが、教団にとってはそうではない。
神を殺した相手だ、感謝されるどころか憎まれていることは想像に容易い。
「だが、俺が行かねば誰がやるというんだ。罠かもしれないことは百も承知だ。……俺は依頼を受けるぞ、エルゼ」
「ロアード……あなたならそう言うと思ったわ」
エルゼは困ったように笑った。
ロアードの答えは最初からわかっていたようだ。
「ねぇ、ロアード。その依頼、私も付いていっていい?」
「……お前の手は借りないぞ?」
「もちろん、討伐のほうには手を貸さないって。私が興味あるのは溟海教団のほうだから」
水竜レヴァリスを信仰する教団と聞いては気にならないわけがない。
今、世間ではレヴァリスは死んだことになっている。
信仰する対象がいなくなった溟海教団は、その事実を本当に受け入れているのか……それを確かめる必要がありそうだ。
「本当に行くのですか、リアン様」
「うん、先代関係だし、一応何をしているか把握しておこうかなって……リュシエン、どうしたの?」
「いえ……その……本当に行く必要があるのかと思いまして……」
リュシエンは困ったような表情をしていた。
「あまりないかもね? まぁ何もなければ南の島々みたいだし、バカンスでも楽しめばいいんじゃない? ファリンも海で遊ぼうよ」
「いいですね、リアンお姉様! わたし、海を見に行くのは初めてです! この前温泉で着た水着を持って行きましょう!」
「がうがう!」
ファリンとミレットは海と聞いて楽しそうに返事をした。
「……あぁ、やっぱり! リアン様が行くなればファリンまで付いていってしまう!」
「リュシエン……そんなにファリンを行かせたくないの?」
「いえ、その……ファリンは関係ありません。……リアン様も関係がないのです」
「じゃあ、リュシエンが行きたくないだけなんだ」
「それはその……」
図星だったのか分からないが、リュシエンは押し黙る。
「別に無理に付いてこなくていいじゃん。最初から君たちは私の行く先に勝手に付いてきているわけだし」
「でも、ファリンは行くじゃありませんか!」
リュシエンはファリンの方を向く。
「ファリン……今回はやめておきましょう? 私と共にゆっくり過ごしませんか?」
「お兄様……ごめんなさい。わたし、海を見てみたいのです」
「…………………分かりました。行きましょう」
長い葛藤の末、結局リュシエンは説得を諦めて、ファリンの意思を優先したのだった。
「やっぱり妹には甘いね、リュシエンお兄ちゃん」
「だから、お兄ちゃんと呼ばないでください……」
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