こだわりの火山
「ふむ、どうするべきか……」
火竜ヒノカは手付かずの山を前に悩んでいた。
竜宮山から離れた距離にある山であり、首都ユハナからは三日も掛かる場所。
この付近に生息する魔物も強く、普段から人間たちは近寄らないような秘境。
ゴツゴツとした岩肌が剥き出し、標高が高いため空が近く見える。
火竜の力に目覚めてから数日が経った。
ヒカグラの国は火竜の恩恵を失って、てんわやんわとしているが、その騒動の声はこの秘境の奥地までは届かない。
静かなこの場所は新たな住処とするのにピッタリだと思ったヒノカは、この地に住まうことに決めた。
これからどのようにこの山を開拓していくか、ヒノカは悩んでいた。
「ヒノカ、こんなところにいた」
「おお、リアンたちではないか。よく来たのじゃ」
馴染みある気配に振り向けば、リアンたちが来ていた。
「探すのに苦労したよ。こんな山奥にいるんだもん」
「道中にいる魔物の多くは二級ばかりだったな。人間なら近寄れもしない危険地帯だ」
「リアンは除くとして、それでも易々と入ってくるとは、さすが英雄と言ったところじゃ」
「ロアード様も凄かったのですが、お兄様とミレット様も凄かったんですよ!」
「がう!」
「いえ、私はロアード様のサポートをしたまでですから……」
「キングコブラの首を早々に跳ね飛ばした奴が何を言っている」
道中の安全はロアードとリュシエン、そしてミレットが担ってくれていた。
ロアードは一級冒険者だ、この秘境に一人で入っても平気だろう。
リュシエンも謙虚にしているが、ロアードに劣らず、二級の魔物相手でも立ち回っていた。
ミレットは戦闘ができないファリンの身を常に守っていた。
「……リアンは何もしておらんのか?」
「竜の力には頼りたくないからってさ」
リアンが水竜の力を使えば、文字通り全てを薙ぎ払ってしまうだろう。
危険そうであれば手を貸したが……問題は全くなかった。
「ヒノカはこの山にこれから住むの?」
「ああ、そのつもりじゃ。せっかく来てくれてたというのに、大したおもてなしもできず申し訳ない。この通り、まだ何もしておらんのじゃ」
「別にいいよ。それより、何か手伝うことはある?」
「手伝ってくれるのか……?」
「友達なんだから、当たり前じゃん」
「そうか、友達……友達じゃったな!」
ヒノカがさっと扇子を広げて顔を隠す。
……照れているようだ。
「しかし、良いのか? 用事があったりせぬのか?」
「全然大丈夫だよ。用事はもう終わったし」
リアンたちがヒカグラの国を訪れたのは、ヒノカに邪竜の目撃情報を求める依頼を取り下げてもらうためだ。
すでに依頼は取り下げられているため、本来の目的は達成していた。
「実はバルミアのほうに帰るつもりで、その前に挨拶をしに来たんだけどね。でも、数日くらい先延ばしにしても大丈夫だし。ね? いいよね?」
リアンがファリンたちのほうを向く。
「もちろんですよ! わたしたちも手伝いますよ、ヒノカ様!」
「がう!」
「ファリンが言うのであれば、私も手伝いましょう」
「俺ももちろん、手伝おう」
「おお、お主らにも感謝するのじゃ」
皆の同意も得られたことで、かくしてヒノカの新居を造る手伝いをするこになった。
「それで何か計画はあるの?」
「まずは火山を作ってみようかと思っておる。やはり、マグマがある場所が落ち着くのじゃ」
「やっぱり火竜だから? 私は火の元素が多い場所だと肌が乾燥しちゃう感じがする」
「ほぉ、水竜ともあろうものでも、そう感じるのか」
「まぁね〜」
肌というか、鱗というか、水の元素の塊たる水竜だ。
火の元素がある場所にいくと、周囲に漏れ出る水の元素が少し蒸発するのだ。
「……火の元素が多すぎる場所だと、人は丸焼けになると言った方がいいか?」
「通りでヒカグラに来てから肌がやけに乾燥すると思いました」
「ファリン! そういうことはもっと早く言ってください! すぐに保湿しなくては!」
「落ち着け、リュシエン。まだファリンの肌は焼けてないぞ?」
「ロアード、たぶんそういうことじゃないと思うよ……」
「なんか……すまないのじゃ」
「いえ、ヒノカ様が謝ることではありません! お兄様も大袈裟です!」
とりあえずリアンが、水を操って、ファリンの肌を保湿してあげた。ついでにリュシエンとロアードにも。
「……大丈夫だ。俺は自分の魔術でなんとかするから……」
「まぁまぁ、これは私が勝手にやってることだから気にしないで」
……竜の力に頼りたくないロアードには少し抵抗されたが、無視して勝手にかけておいた。
ミレットはリアンの眷属であるためか、水の元素を纏えるようでその毛並みには艶があり、必要はなさそうだった。
ヒカグラの地は全体的に乾燥している。
水の元素があまりないからと言えるだろう。
「それにしても、ユハナは昔温泉があったんじゃん。あれはどういうこと?」
「麓の方は火の元素が薄まるからな。ちょうどよく地下水を暖め、温泉を作り出すのじゃ」
「なるほどねぇ〜。ならここにも温泉ができるようになる?」
「どうじゃろうな? 地下水があればそうなりそうじゃが……」
「んー、地下水はありそうだね」
リアンが周囲の水源を探れば、地下に水があると分かった。
「だけど、だいぶ少ないね」
「うむ、そうか……。百年前、火の元素の制御が効かなかった時、この辺りの水はすべて蒸発したからな……どうせないと思っておったのじゃ。また温泉に入りたかったが残念じゃ」
「何落ち込んでるの、ヒノカ? 君の目の前にいるのは誰だか忘れたの?」
ここには歩く水源がいるのだから。
それからはスケールの大きなリフォームが開始された。
活火山ではなかった山が、火山となったのだ。
周囲は一気に温度が上がっていく。
マグマが吹き出し、噴煙が立ち登り、火山灰が降り注いだ。
「今更ながら、立派な環境破壊してるね」
「我ら竜とは自然であろう? 破壊ではなく変化じゃよ」
これはあくまで自然の流れなのだ。
環境破壊をするのは人間だけであり、自然の畏怖より生まれた竜は自然そのもの。
「今にして思えば、エルフの森が湖に沈んだのも、環境の変化と言えるかもしれないね」
「いえ、あれはわたしが願ってしまったことなので……」
「うん。だから、願ったとしても、それが自然の流れだと思うんだ」
自然の象徴たる元始の竜の行動は、けして破壊ではなく、自然の流れと言えるだろう。
(まぁ、レヴァリスの行動には邪竜としての、理不尽な側面もあっただろうけど)
自然とは時に理不尽なことをするものだ。
自然の流れを災害と呼ぶのは人々くらいだ。
「マグマの流れはこの位置でいいのかな?」
「うむ、だいたいは流し終わった。移動させたいなら、流れを変えたほうが良いか?」
「ううん、大丈夫。こっちで調整するから」
リアンが地面に手を当てて、水の元素を地中に送る。
すでにあった地下水に継ぎ足すようにしながら、マグマの地熱でいい感じに温められるように調整しながら、地表に繋げる。
――ブシャアアアアア。
調整が終わった瞬間、地中から勢いよく温泉水が湧き出した。
「おお、さすがじゃ! 熱源に近いこの辺りは火の元素の濃度が濃いから、水は蒸発すると思ったが……」
「ちゃんと蒸発しないように、水の元素を調整したに決まってるでしょ!」
魔法でも魔術でも無理だが、水竜の力なら可能だ。
水の力が強すぎるとマグマすら冷やしかねないので、調整が少し難しかったが、うまく定着したようだ。
「あとはこの温水をいい感じ貯められる穴が必要だね」
「地面を掘れというのじゃな」
「……なんで二人して俺の方を見る」
「ロアード、地竜の力使えるよね?」
「妾も見ておったぞ! 妾のマグマをあの岩壁で防いでおったじゃろ!」
リアンとヒノカがキラキラと目を輝かせながら、ロアードを見上げる。
今の身長的にロアードが圧倒的に高い。
……竜に戻ればこの身長差は逆転するが。
「……分かった。地面は俺が掘る。だが、地竜の力は使わないからな」
「えー、なんでー、ケチ!」
「地竜の力、見たかったのじゃー」
「手伝いはすると言った。俺は俺の力で手伝いたい」
「岩のように硬い頑固者め~」
ブーブー言うリアンたちを無視して、ロアードは地面を掘り出した。
地竜の力にあまり頼らないようにするその姿勢は、好ましいが、融通は効かないようだ。
「こんな感じでどうだ?」
「おお、さすがロアードじゃ」
地竜の力を使わなかったため、少し時間がかかったが、ロアードは持ち前の力を持って温泉を溜めるに相応しい丸い穴を掘ってくれた。
そこに湯を流せば温泉が出来上がった。
「まさに秘境の湯って感じだね」
「うむ、景色も良いのじゃ」
温泉の出来栄えにヒノカと共に満足気に頷く。
「じゃあ、さっそく入っちゃう?」
「とてもよい提案じゃ! 妾もちゃんとした温泉に入るのは久々じゃ!」
「石鹸はこちらに用意してます!」
「さすがファリン!」
「ファリンの石鹸は妾も香りが好きじゃから、嬉しいぞ!」
ファリンが幾つかの花石鹸を取り出し、ヒノカと何を使うか楽しそうに相談を始める。
「じゃあ、俺はこれで……」
「え、ロアードは入って行かないの?」
離れようとしたロアードがリアンの言葉に一瞬固まった。
「何を言っているんだ、一緒に入るわけにはいかないだろ」
「水着を着ればいいんだよ。……リュシエン〜!」
「こんなこともあろうかと、用意しておきましたよ、リアン様」
さっと人数分の水着を取り出してみせたリュシエン。
「まぁ!ということはお兄様たちとも一緒に入れるのですね!」
「ええ、そうですよ、ファリン」
「用意が良すぎると思ったが、そういうことかリュシエン……」
「ブレないよね、リュシエンお兄ちゃん」
「私はこんなこともあるかと思って事前に準備をしていただけに過ぎません。あとお兄ちゃんと呼ばないでください」
「まぁ、何でもよいではないか。妾も温泉を作ってくれた功労者には、温泉を楽しんで欲しかったのじゃ」
ロアードとリアンから少し冷たい視線を受けていたが、リュシエンのおかげで混浴ができるようになった。
「ああ……極楽だぁ……」
さっそく水着に着替え、リアンたちは温泉を楽しんだ。
「いい場所を選んだね」
「うむ、そうじゃろう! この夕陽が気に入ってここにしたのじゃ」
山々が連なった、眺めの良い景色。
夕陽が水面に輝いていた。
「はぁ……せっかくなら、酒を用意しておけばよかったのじゃ」
「確かに、お酒があったらよかったねー」
「お酒なら用意してありますよ」
「なんと! それは猛火酒ではないか!」
リュシエンが一升瓶を取り出した。
猛火酒とはこの地方で作られている純米酒だ。
「用意が良すぎるよ、リュシエン」
「温泉を作ると言い出した辺りから予想はできていましたから。ロアード様が作業している間に、ファリンとミレット様と一緒に麓の村で買ってきたんですよ」
「いないと思ったら、買い出しに行っていたんだね」
ミレットは温泉には入らずに、近くで地熱の温度を楽しみながら丸まっていた。
ミレットの足と、リュシエンが操る風の力があれば、この秘境の奥地から麓までは大した距離ではないだろう。
「
「前回私とファリンだけで城下町に行ったこと、まだ根に持ってたんだ……」
前回とは……竜宮山に行く前、ファリンたちとリアンだけでユハナの街を探索しに行ったことのことだ。
「気付いたらファリンがいなくなっていたんですよ!? 心配にもなるでしょうが!」
「でも、お兄様もいけません! だって今までずっっっと何をするにも付いてきていましたから! たまにはリアンお姉様とミレット様だけでおでかけがしてみたかったのです……!」
「……うぐっ!?」
さすがにファリンの言葉は刺さったのか、リュシエンはショックを受けたように固まった。
「そんな……私はファリンのことが心配で……」
「お姉様とミレット様がいるのですから、問題ありませんでした」
「ファリン……」
「まぁまぁ、ファリンもたまには息抜きがしたかっただけでしょ?」
「はい。お兄様のことは嫌いになっておりません。……その、もし次がありましたら、その時は忘れずに一声かけますから!」
「ファリン……!」
落ち込んでいたのが嘘のように元気を取り戻したリュシエンだったが、その笑顔のままリアンの方を向いた。
「もし次回がありましたら、またファリンのことをよろしくお願いします。まぁ、リアン様は
「圧が怖いよ、リュシエンお兄ちゃん……」
掴まれた肩が食い込んでいるほどだった。
「さて、話を少し戻しますが……実は温泉まんじゅうも作ってみたんですよ」
「え、本当!?」
リュシエンは猛火酒と一緒に白くて丸いまんじゅうを出した。
「百年前に食べた物を再現したものなので、少し違うかもしれません」
「いや、これは温泉まんじゅうじゃ……! まさか、また食べられる日が来るとは思いもしなかったのじゃ……」
ヒノカは震える手でまんじゅうを手にし、泣きながら食べ始めた。
「おいしですね、ヒノカ様」
「うむ……おいしいのじゃ……」
「良かったね、ヒノカ」
「ありがとうなのじゃ」
「喜んで頂けたようでなによりです」
温泉が湧き出なくなったことで名物であった温泉まんじゅうも姿を消した。
リュシエンは百年前にここを訪れていたため、現地の人間ですら忘れているだろう名物の味を覚えていた。
長命種であるエルフでなければ、出来なかったことだろう。
「この猛火酒というのも、上手いな。喉が焼けるような味だ」
「その名の通り、喉が焼けるほどに度数が高い酒ですよ。なので、飲み過ぎには気をつけてください。あと諸説はありますが、この酒には曰くがありまして……」
ちらりとリュシエンがヒノカのほうを見る。
「あぁ、あの話じゃな。この酒は妾の父上が好物だったんじゃよ」
「へぇ、先代火竜が」
「うむ。じゃがあまりに飲み過ぎて……酔っ払ったことがあると聞く。その時は口から炎を垂れ流しながら、酔っ払っておったそうじゃ」
「そういう逸話もあり、猛火酒と呼ばれるようになったそうですよ」
「……ヒノカもそうなったりしない?」
「安心せよ、妾は父上のような失態はせぬ!」
「――って言ってたのに」
リアンの目の前にはぐでんぐでんに酔っ払って火を吐きながら倒れ込む火竜の姿があった。
姿は人の姿から、ドラゴンの姿に戻っている。
「う〜、もう一杯飲むのじゃ〜」
「これ以上は飲んだらダメだよ、ヒノカ」
無意識に吐きまくる炎を水で防ぎながら、リアンも水竜の姿に戻り、火竜の寝床である火口に無理やり放り込んだのだった。
「すみません、リアン様。猛火酒はやめておいたほうがよかったでしょうか……?」
「酔っ払って大変だったけど……まぁ、ヒノカが嬉しそうにしていたし、持ってきてよかったと思うよ」
この百年、ヒカグラの国民たちから失望され続け、苦しみを抱えていた火竜はもういない。
期待を否定し、己の思うがままに生きると決めた火竜。
火口のマグマに浮かぶそんな火竜は、実に幸せそうな寝顔をしていたのだった。
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