そして火が消えた

「ロアード、そしてその仲間たちよ。此度のお主らの活躍により、首都ユハナは火竜の被害から免れた。感謝してもしきれん……」


 ヒカグラの国長、シュモンがロアードとリュシエンに向けて頭を下げた。

 火竜ヒノカの覚醒と暴走から一夜が明けた。

 竜宮山は冷え切っていた山が嘘のように、いまだに噴火を繰り返し、煮えたぎるマグマを垂れ流し、人が容易に近付くのすら困難となっていた。


 首都ユハナはロアードが地竜の力によって防壁を作り出したため、マグマの被害こそ受けなかったが、噴石による被害はあり、幾つかの家が倒壊した。

 巻き込まれた国民たちがいたが……ミレットの背に乗り、迅速に現れたファリンが対応し、怪我人などの救出を勤めた。

 また、烈火部隊の多くはロアードたちとの戦いでほとんどが行動不能となり、指揮官たるソウエンの不在もあり、危険地帯と化した竜宮山からの下山が困難を極めていた。

 これをリュシエンが避難指揮をしたことで、彼らは無事に竜宮山から下山できた。


 火竜の力を前にして、ヒカグラの国はあまりにも無力であったが、ロアードたちの活躍により、奇跡的にも人的被害は軽度だったのだ。


「今回のことは火竜の怒りに触れたお前たちの自業自得だ。懲りたらこれ以上、火竜には関わらないことだな」

「お主の言う通りであるな……。我々はヒノカ様のお力を見誤ってしまった」


 ロアードの言葉に国長のシュモンは渋い顔をする。

 今回の騒動の発端はヒカグラの国側だろう。

 火竜討伐をしようとしたが故に、起こしてしまった惨事だ。


「ヒノカ様はゴクエン様のように力ある火竜であった……! 我らは認識は改めねばならない」


 だが、すぐにシュモンは興奮したように続けて言う。


「あぁ、本当に素晴らしき力だ! だがこの火竜の力により再びこの地は燃え盛ることができる! 百年前の繁栄を取り戻すことができる!」


 本当に調子がいいものだ。あれだけヒノカを否定し、排除しようとしていたというのに。

 火竜の力に目覚め、その力を目の当たりにした途端に、手のひらを返したようにヒノカを讃えて、その力にあやかろうとしている。


「……反省はしてないようだな? これに懲りたら火竜から離れろと言っただろう? 火竜の力に頼りきるのはやめろ。……俺の国にようになるぞ」


 かつて地竜の力に頼り過ぎた故に、地竜に見放され、滅んだグラングレス。

 その国の王子であったロアードは、呆れるようにシュモンに言った。


「何を言う。我々はただ、火竜の力の復活を喜んでいるだけだ。この地は火竜の住まう場所。火竜がいるこの地に再び火が灯っただけの話であって――」

「た、大変です! 国長様!」

「なんじゃ、騒がしい! どうしたというのだ?」

「か、火山の活動が停止しました……急激に火の元素の力が弱まっていっています……!」

「な、なんだと!?」


 慌てふためきながら、シュモンは火山を確認するように窓際に走っていく。


「……離れたのは火竜のほうだったようだな?」

「そのようですね」


 ロアードの言葉にリュシエンが頷いた。


 ◇◇◇


「これでよかったの、ヒノカ?」

「ああ、構わぬ」


 竜宮山の麓に、人の姿をしたリアンとヒノカがいた。

 二人は並び立って、噴火が止まった竜宮山を見上げた。

 火竜の力に目覚めたヒノカは、火の元素を自在に操ることが出来るようになった。

 その力を使えば火山を噴火させることができ、逆に噴火を止めることもできる。

 ヒノカが地中にある火の元素の力の濃度を減らしたことで、マグマはすでに冷え始めていた。


「火竜の力は人のためにあったわけではないのじゃ。己のための力……妾はそれを失念しておった」


 人の姿のヒノカは以前と少し違っていた。

 黒髪は紅く染まり、焔を思わせる美しい色合いに変化していた。

 形見である朱の玉が連なったかんざしを手に、ヒノカは語る。


「妾が父上の代わりになる必要もなかった。この地に縛られる由縁もなかったのじゃ」


 火竜ヘルフリートは竜宮山を住処としていたにすぎない。

 人々に恩恵も望んで与えたこともない。

 ヒノカにとっては両親と共に過ごした思い出はあれど、その地に住まう人々まで守る必要はなかったのだ。


「でも君は、この国を救いたかったんじゃなかったの?」

「この地も妾も父上のことを……先代火竜に固執し過ぎておった。もう、父上はいないのじゃ。ならば、いい加減に先代の影から目を覚まして、前を向くべきじゃろう?」


 ヒノカはどこか、すっきりとした表情で言う。


「それにヒカグラは百年も滅びずにおったんじゃ。ならば、この先も火竜の力などなくても大丈夫じゃろう。……これで滅びるならそれこそ自然の流れというものよ」

「確かに、それもそうだね」


 かつての繁栄を取り戻すことはできないだろうが、努力すれば存続はできるだろう。

 国長も国民も過去の繁栄にすがり過ぎていた。

 すべてをヒノカのせいにして、それでいながらいつかヒノカが火竜の力を手に入れることに期待していたのだ。

 これで滅びるならヒノカのせいにされただろう。

 事実、ヒノカも自分のせいにしていた。

 今現在も、火竜が火の元素を止めたことで滅びの道に一歩近いたが、それがどうしたというのだ。

 火竜というのはけして、救いの神ではない。

 火竜のせいに、ヒノカのせいにするなど、前提からしておかしな話だったのだ。


「火山の活動を止められただけで感謝して欲しいほどじゃ」


 ヒノカはけしてヒカグラの民たちを許したわけではない。

 やろうと思えば、首都そのものをマグマの大波で覆うことだって可能なのだ。

 実際、竜の力に目覚めたその時は、それをしようとしていた。

 だが、冷静になった今それをしないのは、母の故郷であるからだ。


 色々と考えた結果、出した答えが火山の活動停止だった。

 この結果を見れば、ヒカグラの民たちは思うだろう。この地を火竜が離れたと。

 今まではヒノカの力がなかったことに起因する火山活動の停滞だったが、ヒノカの火竜の力を示した今、それはない。


「ヒノカはこれからどうするの?」

「ふむ、考えておらんかったな……」

「せっかくなら別の地に住んでみるのはどう? 新しく火山を作り出して力を示すのもいいんじゃない?」


 別の地で火竜としての力を見せ付ければ、火竜ヒノカとしての名も広まり、ヒカグラの民たちへの意趣返しにもなるだろう。


「それは良いな。妾は今まで竜宮山から離れたこともなかった。……竜宮山の火山は父上が作り出したと聞く。妾も同じことをしてみたい」

「また人間たちが来ないといいけどね」

「そうなったら、追い払うか別の地に移動するとしよう」


 この先の夢を語るヒノカはとても楽しそうであった。

 父親と火竜の影響に縛られていた彼女は、そのしがらみから解かれ、自由を手にしたのだから。


「リアン、お主はどうするのじゃ?」

「私はまたレヴァリスが残した問題を解決しにいくかな?」

「二代目であるとはまだ公表はせぬのか?」

「今は君の目覚めの話題で持ちきりだろうし、その話題を乱したくない。やるにしても、まだもう少し先かな」


 世間は火竜の力の目覚めで話題となっている。

 人々の想いや認識が形作る世界において、その話題はヒノカの力を裏付け、補強することに繋がる。

 あの邪竜殺しの英雄、ロアードすらも文字通り、手を焼いたとあればなおさらだ。

 ……ちなみに、最後の大火球はロアードがなんとかしたことになっている。

 リアンが今、表舞台に出るわけにはいかないのでロアードがやったことにすれば都合が良かったのだ。

 火竜の怒りをおさめたのもロアードということになっている。

 目覚めた火竜と邪竜殺しの英雄との対決だけでもかなりの話題なのに、そこに二代目水竜が混じってしまえば話題は混沌を極めてしまうだろう。


「お主が表舞台に出ることになったら、妾も手伝ってやろう。お主がレヴァリスではないと証言しようではないか」

「それは本当に助かるよ! ありがとう、ヒノカ!」


 ヒノカはレヴァリス本人に出会っている。

 しかも二代目の火竜だ。これ以上ないほどに、証言者として相応しい者はいないだろう。


「妾が竜の力に目覚められたのはお主のおかげじゃからな。……本当に、リアンはレヴァリスとは似ても似つかぬな」

「ヒノカはレヴァリスにあったことがあるんだよね? ……レヴァリスってどんな竜だったの?」


 ヒノカは少し考えるように、遠くの空を眺めた。


「そうじゃな……世間が言う通りの邪竜であった。妾の父を殺した仇でもあった。……だが、それだけではないようにも見えた」

「それだけじゃない?」

「彼奴は掴みどころがない、何を考えておるか分からぬ。妾が彼奴を殺しに会いに行くたびに笑顔で出迎えて、力の指南してくれた」

「……レヴァリスは死にたがっていた。だから、君に殺されるのを期待していたのかもね」

「そうであろうな。彼奴は我に倒されるのを楽しみにしておったようじゃから」


 リアンの言葉にヒノカは同意するように頷いた。


「ただ、会うたびにどこか哀しげな表情もしておった」

「……あのレヴァリスが?」

「じゃから分からぬのじゃ。残虐非道な邪竜にも心はあったのかどうか。……本当に掴めぬ霧のような竜じゃな」


 それはやはり、ヘルフリートを殺した罪悪感なのだろうか? だが今となっては真相は掴めない。

 レヴァリスはもう、いないのだから。


(ただ、少しわかったのは、レヴァリスは死を望んでいた。……本当は誰かに殺されて死にたかったのかな?)


 エルゼリーナに対してしたことも、邪竜を討伐しようとする冒険者を送り込むことであった。

 結局レヴァリスは自ら死を望んで、リアンに力を受け渡して死んでしまったが、叶うならば誰かに殺されたかったのかもしれない。


 それは今まで悪業に対してのせめてもの償いか、それとも殺されるためにわざと悪業をしたのか、はたまた強者との死闘を楽しみたかったのか……リアンには理由までは分からなかった。



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