火と地と水

 竜宮山は燃えていた。

 火口から噴火したマグマが波のように押し寄せてきていた。

 麓に向かって流れるマグマは周囲を焼き、一面はすでに火の海だった。


「……何が簡単な仕事だ」


 目の前の光景を前にロアードは思わず毒吐いた。

 現在流れ出てきたマグマはロアードが作り出した岩壁が防波堤となって堰き止めている。

 そのおかげでマグマは麓にある首都、ユハナの都まで流れることはなさそうだった。

 だが、地面からマグマが噴き出しているところもあるため、完全にとはいかなそうだ。

 さらに厄介なのは噴火による火山灰と噴石だ。

 火山灰が空を覆い、降りそそいでおり、視界は灰色だ。

 噴火するたびに噴石も上がり、巨大な岩が宙を舞う。

 それを避けるか撃ち落とさねば、押し潰される。


 今も一つ噴石が上がる。そしてそれは運が悪いことに赤い鎧を来た兵士……烈火部隊の兵士に落ちようとしていた。


 ロアードはすぐに駆け、岩石を大剣で切り砕いた。


「死にたくなければ、さっさと逃げろ」

「ひ、ひぃ〜!」


 大慌てで逃げていく兵士を前にロアードは舌打ちをする。


「火竜を殺すと息巻いていながら、いざその力を目の当たりにしたらこれか? 本当に情けない」


 その志を先にへし折ったのはロアードたちであるが……今はそれどころではない。


 灰色の雲から稲妻が……いやあれは炎だ。

 稲妻のような炎がロアードを襲った! 


「くっ……なんて火力だ」


 咄嗟に展開した《防御障壁プロテクション》さえ、ジリジリと焼き尽くす。

 あまりの火力により、息さえ吸えない。

 一瞬にして周囲の酸素すら焼き尽くすほどの炎。

 そして酸素を焼き尽くしても消えることなく燃え盛るそれは、純粋な火の元素でできた炎だ。

 この炎を操れるのは、この世界でただ一つの存在しかいない。

 四大元竜が一柱、火竜のみだ。


「なぜ彼奴らを助けた、ロアードよ」


 空より紅蓮が舞い降りる。

 炎の色を宿した灼熱の鱗。

 双翼は羽ばたくたびに熱波を巻き起こす。

 赤き炎の竜神が、血のように染まった朱の双眼を向けていた。


「たとえ愚かな腑抜け共でも、死んでいい理由はない」

「お主は関係なかろう」

「それでも、だ」


 目の前の火竜……ヒノカを助けようとした時と理由は同じだ。

 今度はその助けようとしたヒノカに敵意を向けられようとも。


「ならば貴様も焼き尽くしてくれよう。以前の勝負の借りも返してやろう!」


 ヒノカが羽ばたくと灼熱の風とマグマが、ロアードを襲った。


 ――その姿は正しく天災だった。


 竜の形をした自然災害そのもの。

 火竜自身が火山そのものかのようだ。


 ロアードが灼熱の風を避ければ、地よりマグマの火柱が立つ。

 その勢いは以前二人が戦った時とは比べ物にもならない威力。

 ゆうに山一つは超えていそうなほどに高く、大きなマグマの火柱が次々と立ち昇る。

 地面のほとんどはすでにマグマの海と化し、足の踏み場もない。

 ロアードは足元のみに《防御障壁プロテクション》を展開することでなんとか足場を確保していた。


「……はっ……」


 息すら出来ない。

 すでに酸素は焼き尽くされ、空気を漂うのは高純度の火の元素のみ。

 一度吸い込めば、肺は焼かれてしまう。

 それでも彼自身が焼かれずに立てているのは、宝剣クロムバルムによる鉄壁の加護が乗った《防御甲冑プロテクトアーマー》のおかげか。

 クロムバルムはかつて地竜が友を護るために送った大剣だ。

 形こそ大剣だが、その本質は盾であり、使用者に絶大な守護の力を齎す。


「地竜……バルムートの力か」


 火竜の炎に晒されてもなお立ち続けるロアードを、ヒノカは上空より見下ろす。


「人に授けた力であってもこれほどの力を持つか。……さすが、地竜じゃ」


 ロアードは苦虫を噛み潰したような顔をしながら大剣を握る。

 本来、この力は使いたくはなかった。

 地竜の力ゆえに、あまり頼りたくはなかったのだ。

 グラングレスは地竜の加護を求めたばかりに滅んだのだから。

 だが、目の前の存在と相対するには使わねばならない。


「ぐっ……」


 だが、この地竜の力を持ってしても難しい。

 所詮は地竜の力の一片であって、そのものではない。けして互角の力ではないのだ。


「この攻撃、受けられるものなら受けてみよ!」


 気付けば、空に太陽があった。

 火竜が作りだした大火球だ。

 もう一つの太陽のように燃え盛るそれは、着実に力を溜め、今まさに打ち出されようとしていた。

 ……あれを止めねばこの一帯が灼き尽くされ、消失する。

 竜宮山の全てと、ユハナの都にも届きそうなほどの威力を秘めていた。


「…………クソがっ!」


 ロアードは覚悟を決めて大剣を握る。

 たとえこの身が灼かれようと、あの大火球は止める。その覚悟で。


「もう、十分だよ。ありがとう、ロアード」


 声と共に、ロアードの身体を焼く熱が和らぐ。

 ……熱を和らげる水のヴェールがかかったのだ。


「……リアン!」

「リアン……!?」


 その場にいつの間にか現れた少女の姿に、ロアードとヒノカは叫んだ。


「来るのが遅い……」

「ごめんね? まだ大丈夫そうに見えたからさ」

「これの何処がだ? 危うく死にかけたぞ、何が簡単な仕事だ」

「え、そう? 私の想定内の働きだったけど……まぁこの話はあとでね!」 


 ロアードは文句はまだ言い足りないらしいが、今は話をする余裕はない。


「お主……死んだはずでは……」

「この通り、なんとか生きてるよ。ファリンのポーションのおかげでね」


 リアンはヒノカに見せるように空の瓶を振る。

 ……本来そこに入っていたのは血糊であってポーションではなかったが、あながち間違いではない。


「そうか……お主、生きておったのか……」

「うん。だからヒノカ、そろそろ落ち着こう?」


 リアンの死をきっかけに火竜の力に目覚めたヒノカだ。

 彼女の感情の根源は怒りであり、そのきっかけたるリアンが生きていたならば、その怒りも治るはずだ。

 リアンの予想通り、ヒノカは徐々に落ち着きを見せている。

 もしも自我がなくなるような、暴走化に陥っていたならば、分からなかったが……大丈夫そうだ。


「よ、よかっだのじゃ……お、おぬじがいぎでおっで……ぐすん」

「安心して泣く前に、その火球なんとかしない?」


 泣き始めたヒノカの頭上には……まだ轟々と燃え盛る大火球があった。


「それが……その……どうやって止めればよいのか分からぬのじゃ」

「まじで……?」


 一難去ってまた一難。

 あれほどの大火球、止められないとなると周囲の被害がやばい。本当にどうしよう。


「ど、どうしよう……!」


 慌てながらリアンは考える。

 周囲に被害を出さないように、あの火球を処理する方法を。


「……ええい、仕方ない! 見られなければいいんだ! ヒノカ! 火球を空の上に打ち上げて! そしたら私を一緒に連れて行って!」


「よく分からぬが分かったのじゃ!」


 ヒノカは大火球を空に打ち上げる。分厚い火山灰と噴煙の雲を裂いて、打ちがっていく。

 打ち上がったその雲の部分だけ丸く穴が空いた。


 その後を追うように、ヒノカはリアンと共に空に舞い上がった。


 黒い雲の上、酸素が薄く、大気圏に近い場所。

 本物の太陽が輝く青空の元で、制御の離れた大火球は今にも爆発しそうだった。

 このまま爆発すれば空を焼き、小さな火球が地上に流れ落ちていくだろう。

 そして広範囲に渡って地上を灼きつくすのだ。


「それで、ここからどうするのじゃ!?」

「力技で押さえ込む……!」

「どうやって!?」

「そんなの……水で押さえ込むに決まってるでしょ!」


 リアンは雲の位置を確認する。

 ここからなら、地上からは姿は見られない。

 確認を終えるとすぐにヒノカの背より飛び降り、そして自身も、その姿を本来の姿、人ならざる竜へと戻した。

 透明度の高い水を思わせる鱗と、満月を思わせる金色の瞳。

 空であっても、水中を泳ぐように優雅に飛ぶその竜こそ、水を司る竜神、水竜が現れた。


「……お主、その姿は」

「先に行っておくけど、私は邪竜レヴァリスじゃないからね!」


 水竜の姿のほうが水の元素の力を最大限に操れる。

 リアンは大火球を包むように、水の玉を作り出した。


 ――ゴオオオオン。


 その瞬間、大火球は爆破した。

 光と共に爆破したそれは、高濃度の水の元素とぶつかり、互いに消滅し合う。

 炎の勢いは弱まったが……火と水が合わさったことでそれは別の爆発……水蒸気爆発を引き起こした。

 激しい衝撃波が光と共に巻き起こる。

 周囲にあった黒い雲は吹き飛び、地面も抉れ、地上のマグマが大波のように飛んだ。


「……リアン!!」


 その爆発が訪れた時には、すでにリアンは人間の姿をしており、衝撃波に飲まれて飛んでいっていた。

 慌ててヒノカがリアンを受け止めた。


「……押し留められてはないではないか」

「押さえ込んだのは火だけだよ。火球が降り注ぐより衝撃波だけなんだから、まだマシでしょ?」


 出来るだけ被害がないやり方はこれしかなかったのだ。

 衝撃波で中心地は穴が空いたが、街には被害は行っていないようだ。

 ギリギリでなんとかなったらしい。


「受け止めてくれてありがとうね、ヒノカ。私の姿はまだ見せるわけにはいかなくてね……」

「……お主は……」

「改めまして、私はリアン。レヴァリスの後を引き継いで二代目の水竜となった、リアンだよ」



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