種明かし

「どうやら、うまくいったみたいだね」


 満足げな声が火口に響く。

 冷えていたマグマは灼熱に焼かれ、かつての姿を取り戻すように、煮えたぎっていた。

 そして勢いよく火口から噴火していた。

 その流れに乗って、火竜、、は先ほど外に出たところだった。

 その火口にはもう、誰もいないはずだった。


「どうして……なぜ……」

「どうしてヒノカが火竜になったか、だって? 彼女は確かに火竜の力はあった。だけど、単純に目覚めていなかっただけだよ」


 きっかけさえあれば、ヒノカはいつだって火竜になれた。

 だが、世間の評判により、ヒノカは火竜に成りきれなかった。

 火竜ヘルフリートに劣る娘、貼られたレッテルを引き剥がすには百年でこびり付き、簡単には剥がすことが出来なくなっていた。


「目覚めるためには、君たちからの評判を跳ね除けるほどに、強い感情が必要だと私は考えた。……そう、以前のロアードみたいに」


 死の淵に立たされたその時、ロアードは邪竜に復讐するという感情を爆発させた。

 暴走化オーバーロード、もしくは超越化、覚醒とも呼ばれるその現象は、この世界に存在する者に変化をもたらすものだ。

 その感情は強ければ強いほどに世界を揺るがす。

 火竜ではないと人々から思われたヒノカが、この評判をひっくり返すには、それ以上の感情の力を持って塗り替えねばならなかった。

 ヒノカが火竜となるためには……もうこの手しかなかったのだ。


「だから私はヒノカに恐れを抱かせた。目の前で死ぬこと、、、、、、、、により、死に対する恐怖を煽った」


 ヒノカはヒカグラの国のためであれば、死さえ受け入れるつもりだっただろう。

 だからこそ、死に対する恐怖を、死にたくないという気持ちを持ってもらわなければならなかった。

 もしあの時、ソウエンの刀がヒノカを切った時、死を受け入れていたならば、ヒノカはそのまま死んでいただろう。

 死にたくないという想いが、やっと彼女に炎を焚べらせたのだ。

 ……あの時、形見である朱玉も光っていたところを見るに、ヒノカの想いの力だけではなさそうだったが。


「そもそも、おかしいと思わない? 火竜っていうのは元々は荒神だったんでしょ? 恐れられていたから祀られたわけで……間違っても守護竜ではないんじゃない?」


 火竜にとって必要なのは人々に力を認めさせることではない。人々を恐怖させ、畏怖させることだ。

 かつての火竜、ヘルフリートはこのヒカグラの国のために動いたことなど一度もない。


「だから、この国のために火竜が死ぬなんておかしいんだよ。君たちは火竜のおかげで生かされていただけ。あくまでお溢れをもらっていただけ」


 そもそもこの地が、ヘルフリートの縄張りだっただけの話だ。

 同じ地に人が住んで、その火種を勝手に貰い受けていただけなのだ。

 火竜が人の為に動くなど、ましてや死ぬなど、最初から必要なかったはずだ。

 火竜はただ、そこにいる。それだけの話だったのだ。


「それなのに、自分たちの都合で殺すなんて……この国の人は本当に自分勝手だね」


 先代の頃から続いているから、筋金入りの自分勝手ぶりだ。


 傍らに倒れているのはそんな国の人間だ。

 半身を焼かれた人だった。

 真紅の鎧は焼け溶け、痛々しい火傷が顔から腰まで広がっている。

 目も焼かれたのか、見えていない様子だ。


「なぜ……生きて……」


 髪も顔も火竜の炎を焼かれ、面影もないが、そこに倒れているのはソウエンであった。


「ああ、君が生きているのが不思議だったの? だって君が本当に死んだら……やっぱりヒノカは悲しむと思ってね」


 今は怒りで暴れているだろうが、正気になったその時に、ヒノカは悲しみ、後悔するかもしれない。

 ヒノカはとても優しい子なのだから。

 たがら、ソウエンを助けたのだ。


「そう、今日は誰も死なないよ。火竜は暴れて恐怖は残すけど、死者は出さない。……君たちには生きて、その恐怖を覚えてもらわないといけないから」

「お前は……誰だ……」

「私はリアン。今はヒノカの友達のね」


 ソウエンはその答えを聞く前に気絶したようだった。


「またリュシエンに服、作ってもらわないとなぁ……」


 リアンは困ったように胸に穴が空いて、赤く染まってしまった服を見下ろした。

 ……この赤は血ではなく染料だ。

 来る前にファリンに頼んで赤の塗料を作ってもらっていたのだ。

 その赤の塗料を血に見立て、死んだふりをしたわけだ。


「にしても、死んだふりをするのは二回目だね……」


 前回、ロアードの時は危うく本当に死にかけていたが。

 刀を胸に刺された程度ではリアンは死ぬことはない。

 ロアードの時のように圧倒的な力を持って、身体を構築する水の元素をすべてバラされたら分からない。


「……さて、あっちは大丈夫かな? まぁ、ロアードがいるから大丈夫だろうけど」


 遠くから轟音が聞こえてきているが、あそこにはロアードがいる。

 "邪竜殺しの英雄"ならば火竜となったヒノカとも渡り合えるはずだ。


「私は水竜としての力を見せるわけにはいかないし……」


 今回、表舞台に立ち、力を見せ付けるべきはヒノカである。火竜としての圧倒的な力を見せ付け、存在感と畏怖を人々に刻みつけなければならない。

 そこに、水竜たるリアンが出てきてしまえば、印象が分散してしまう可能性がある。

 未だ二代目の水竜という存在は世間には確認されていない状態だ。リアンが出ていけば話題と関心を持っていってしまう。


 今回は火竜という存在にのみ、注目が当たるべきだ。

 ただ一つ問題があるとすれば……。


「完全な暴走化オーバーロードしてないといいんだけど……」


 ヒノカの力の目覚めが果たして覚醒だったのか、暴走化オーバーロードだったのか、判断が付いていない。

 もし暴走化オーバーロードだったならば……手の付けられない火竜を生み出したことになる。

 それは火竜としては相応しいかもしれないが……新たな邪竜となりうる存在には十分だ。


「どうか、覚醒でありますように!」


 リアンは勢いよく噴火するマグマに向かって思わず願った。

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