彼女の作戦
リアンが火竜の社に辿り着く少し前のこと。
ロアードが壁を作り出し足止めをされた烈火部隊は、苦戦していた。
それも、たったの三人相手に。
「もう少し手応えがあると思ったのですが……期待外れだったようですね」
リュシエンはまた一人、斬りかかってきた烈火部隊の兵士を倒した。
殺さぬように槍の柄を使って器用に気絶させていた。
ただ殺すよりも、殺さぬように立ち回ることが難しいが、リュシエンはここまで兵士を誰一人殺していない。
「お兄様、もう少し加減は出来ませんか? 傷が深い人が多いです!」
ファリンは倒れた何人かの兵士を手当てをしていた。
「申し訳ありません、ファリン。その人たちは無傷で気絶させることが難しくて……」
確かにリュシエンは殺してはいないのだが、中には致命傷となりえる傷を与えて動けなくしている者がいた。
「それ以上手加減をしていたら、私が死んでいたことでしょう」
「むぅ……そういうことなら仕方ありませんね……。わたしもお兄様には死んでほしくありませんし」
そう言いながらファリンは治療に戻っていく。
今彼女が診ているのは腹を裂かれ、腕は剣が持てないように両腕を折られた兵士だった。
「は……はぁ……」
「わたしのお兄様が申し訳ありません。でもあなたもお兄様を殺そうとしたのですからね……」
傷口が痛むのか、苦しそうな荒い息をする兵士にファリンはそう言う。
ファリンは鞄から手製の回復ポーションを取り出すと彼の傷口に振りかけた。
すると、みるみると傷は回復していく。
……ファリンの作り出すポーションは全て一級品の力を持つ。
並のポーションではここまでの回復力はない。
せいぜい痛みがなくなったり、小さな傷が塞がる程度だ。
だが、ファリンのポーションは骨折を治し、腹の傷を完全に塞いだ。
「これで完璧に元通りです!」
痛みで気を失った兵士を優しく寝かすと、ファリンは再び立ち上がる。
衣服の殆どは治療の際に浴びてしまった血によって赤く染まっていた。
周囲はそれよりも赤い。
リュシエンが一歩歩くごとに負傷兵の山が出来上がっていく。
その中から特に酷い患者を見つけて治療しなくてはならない。
「治癒の魔法も使えれば良かったのですが……ここに草木はありませんからね……」
草木の生命力を分け与えることで傷を治癒する魔法を知っているが、この魔法は森などでなければ使えず、草の一本も生えていないこの火山ではまず無理だ。
「ポーションの在庫はまだあるので大丈夫ですが――」
「う、動くな……!」
次の負傷者の元に行こうとしたファリンの首元に、いつの間にか刀が突き付けられていた。
「あ、あなたこそ、動いては行けません! 傷が広がっています!」
「……元より我々は決死の覚悟で出陣した……この程度で我々は止まらぬ……!」
負傷兵の一人が無理矢理体を動かし、ファリンの後ろをとったのだ。
無理矢理動いたせいで、槍に刺されたらしい傷口から多量の血が流れている。
「ファリン!!」
「そこのエルフの男も動くな! 動けばこいつの命はない……ゲホッ」
血反吐を吐きながらも負傷兵はファリンを人質に、リュシエンの動きを止める。
「そのまま、武器を捨てろ!」
「お兄様……!」
リュシエンは風牙槍を手に握りしめたまま、迷うようにファリンと槍を交互に見た。
「おい、聞こえないのか! 武器を捨てろ!」
「……この手だけは……使いたくなかったのですが……」
何かを決意したリュシエンは、槍をさらに握りしめた――その時だった。
「ガアアアアアア!」
「な、なんだ!?」
聞こえてきたのは獣の咆哮だった。
同時にファリンの後ろにいた負傷兵が首根っこを掴まれるように持ち上がった。
「……ミレット様!!」
「ガァオ!」
ファリンの後ろにはいつの間にか、負傷兵を咥えたミレットが現れていた。
「ありがとうございます、ミレット様。《風よ、敵を薙ぎ払え!》」
すぐにリュシエンは魔法で突風を起こし、襲いかかってきた兵士たちを舞い上がる木の葉のように吹き飛ばした。
「ファリン、怪我はありませんか?」
「ええ。わたしは大丈夫ですよ、お兄様。ミレット様のおかげです」
「ガウガ!」
巨大なミレットはファリンを見下ろしながら返事をする。口に負傷兵を咥えたまま。
「よくもファリン……手加減などせずに殺しておけばよかったですね」
「……殺すなら殺せ……戦場で散ることこそ誉れなり……」
「やめてください、お兄様!」
殺気を纏ったリュシエンが風牙槍を手に負傷兵に近づくが、すぐにファリンが間に入る。
「殺すことはだめです。リアン様からも言われているでしょう?」
「…………はぁ。そうでしたね」
頭に登った血を冷ますようにため息をリュシエンは吐きつつ、風牙槍を下げる。
「あなたも! 戦場だからって死んでいいことにはなりません! ミレット様、治療しますから下ろしてあげてください」
「ガウ!」
ミレットは指示通りに負傷兵を地面に下ろした。
「どうして殺してくれない……俺は火竜と差し違えてでも殺すつもりだったのに……辿り着くことなく惨めに負けた……」
「それがなんですか! そもそも、あなたたちはヒノカ様の心遣いをまったく分かっておりません!」
ファリンは怒りながらも、ポーションを用意して適切に治療していく。
「ヒノカ様はあなたたちの為を思って行動されていた。形見の髪飾りをヒカグラの民に盗られようと許していた。……ヒノカ様は誰よりもあなたたちの事を気にかけていたのに……殺しに行くなんて」
短い時間であったがファリンもまた、ヒノカがどういう竜であるかを理解していた。
だが、この国民たちはヒノカに落胆するばかりで理解をしていない。
「ヒノカ様はたとえ、自分を殺しに来たあなたたちであっても、死んでしまったら悲しまれるでしょう。いえ、もしかしたら自分のせいだと責め立ててしまうかもしれません。……だから、この戦場では死者の一人も出しません。わたしがさせません……!」
負傷兵は治療の途中で気を失っていた。
そのためファリンの言葉を最後まで聞けていたかは分からない。
治療が終わり、最後に念の為に睡眠薬を飲ませてから、ファリンは立ち上がる。
「これでよし……」
「こちらも終わりましたよ、ファリン。この辺りにいた兵士たちは片付けました」
ファリンの隣にリュシエンが戻ってくる。
その後ろにはまた新しく多くの兵士たちが倒れていた。
「……お兄様、やり過ぎです」
「申し訳ありません。ですが先程のようなことがあってはいけませんから、少々念入りに潰してしまいました」
この兄にも困ったものだ。
見た限りは致命傷を負っている者はいなさそうだが、手足は確実に折れている者が多いと分かる。
「ところで、ミレット様がここにいるということは、リアン様は無事に火竜のところまで連れて行けたのですね?」
「ガウ!」
リュシエンの言葉にミレットは頷くように答える。
「なら、お姉様は予定通りに動かれるのですね?」
「予定通りに行くかどうかはロアード様のほう次第ですが……」
その時、山道のほうから降りてくる人影が見えた。
警戒を強めた二人と一匹だったがすぐに誰であるか分かった。
「ロアード様、ご無事でしたか!」
山道を降りてきたのはロアードだった。
「ああ。……ファリン。お前は血だらけのようだが……」
「ああ、大丈夫です。これは治療の際に患者の血が付いてしまっただけで……。お兄様、すみません。せっかく作ってくれた服を汚してしまって……」
「あなたのためならいくらでも服は作りますから、気にしないでください」
「……お前も大丈夫そうだな、リュシエン」
少々呆れながらロアードはリュシエンを見る。
リュシエンは返り血一つ付いていない。
あれだけ暴れ回ったというのにだ。
ちなみにロアードもまた衣服が少し乱れているが、血の類はない。
「ロアード様、そちらはどうでしたか?」
「ソウエンを足止めしながらやり合っていたが……途中で逃げられた」
「そうでしたか……では
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