足止め
火竜を討伐するために出発したヒカグラ軍。
烈火部隊と名付けらたこの精鋭部隊を率いるのは武将ソウエン。
「ついにこの日が来たのですね、ソウエン様」
「ああ……」
烈火部隊は火竜を討伐する……その為に秘密裏に設立された部隊だ。
この百年余り、火の元素の減少は二代目火竜のせいであると考えていたヒカグラの国は、その原因を排除する方法をすでに数十年前から選んでいた。
だが、慎重な国長は部隊を設立したは良いものの、今まで火竜の討伐を命じたことはなかった。
それと言うもの、火竜ヒノカはかの邪竜にして水竜レヴァリスと何度も戦っては負けていたが、生き残っていたからだ。
レヴァリスは先代火竜ヘルフリートを殺している。
そんな存在に挑んでも、負けはするが死んでいなかったヒノカを見て、彼女の力を上手く測りきれなかった。
下手に手を出せば返り討ちに遭うとして、討伐の命令は出されなかったのだ。
だが、状況は変わった。
邪竜は英雄に討たれ、そしてその英雄に、ヒノカは成す術もなく敗れた。
そして彼女の実力は、ソウエンたちの目の前で明らかとなった。
この程度ならば、殺せる。
そう確信できる程だった。
「あの程度の実力しかないあれが何故、邪竜と戦っても毎回生き残っていたか疑問ですが……今更、些細なこと」
すでに国長から命令は下った。
その命令通りに、あの紛い物を倒すだけだ。
「――待て!」
ソウエンの足がその声に止まる。
まるで風に乗るようにして、険しい山道を人影が駆け抜けてきた。
それは先頭を歩くソウエンの前に立ち止まる。
短い黒髪に紫の瞳。
機能性に優れた冒険者の衣服の上からも分かる鍛え上げられた肉体。
そして、傷一つない鋼鉄よりも固いとされる黒き大剣を背負っている。
そんな冒険者は、一人しかいない。
「これはロアード殿ではありませんか」
先程別れたばかりのロアードの登場に、少しソウエンは驚きながらも話しかける。
「もしや先程の話を考え直してくださったのですか?」
「いいや、俺の考えは変わってない」
「なら、どうしてこちらに?」
「お前たちを止める為だ」
きっぱりとそう言い、ロアードは背負った宝剣クロムバルムを手にすると、それを地面に突き刺し立ち塞がる。
「火竜は四大元竜の一柱。それを安易に殺すなど世界に混乱を齎す行為だ。今すぐ軍を引け!」
ロアードは兵士たちにも聞こえるように叫んだ。
「嘘だろ……あの英雄が止めに来たのか?」
「なんで竜殺しが竜の味方なんてするんだよ」
「狼狽えるな! 我らの命令を忘れたか!」
英雄の登場に騒めいた兵士たちだったが、すぐにソウエンの言葉が響く。
「ロアード殿……私は貴殿を尊敬していた…… 。邪竜を討ち倒した貴殿のようになるために、腕を磨いてきた。全ては我らを苦しめる火竜を殺すために」
ソウエンはゆっくりと進み出る。
刀を抜き、その切先をロアードに向けた。
「竜よりも前に貴殿に刀を向けることになるとは。……本当に残念です」
周囲の兵士たちも刀を抜き、立ち塞がるロアードに向ける。
多勢に無勢。
だが、無数の刃を向けられてもロアードは臆することなく、その場に立ち塞がる。
「そうか。俺も残念だ。――《剣に宿りし大地の力よ、盟約に従い、力を解放せよ! ロアード・バルミア・グラングレスの名において!》」
ロアードは力を込めて大剣を地面にさらに突き刺した。
その瞬間、地響きと共に地面が揺れ始めた。
「な、なんだ……!」
慌てる烈火部隊たちを前に、地面が隆起し迫り上がった。
まるで城壁のように火竜の元へ繋がる山道を塞ぐ。
宝剣クロムバルム。
それはかつて初代グラングレス王に地竜バルムートが授けた大剣。
地竜の鱗が使われたその大剣には地竜の力が宿る。
地竜が友と呼んだ人間を護るために授けた力。
竜の力の一端は今まさに、大地を切り裂き、山をも揺らしてみせた。
「火竜の元には行かせない。罪なき者を殺すなど、俺は許せないからな」
盛り上がって壁となった大地の上からロアードは、ソウエンたちを睨むように見下ろした。
地竜の力、その力は初代グラングレス王の血筋を引く者しか使う事はできない。
そのためグラングレスでは国王がこの大剣を持つ。
この大剣を持ち、その竜の力を行使することで、正統なる後継者であると証明することになるからだ。
この力を扱えたロアードは、まさに正統なる後継者と言えるだろう。
「くっこれがグラングレスの、地竜の力……だがこの程度で我々は止まることは――」
「大変です、ソウエン様! 後方の部隊が突然眠ったように倒れたという報告が!」
「なにっ!?」
「どうやら、二人組のエルフの仕業のようです!」
「エルフ……ロアードのパーティメンバーか!」
騒めく烈火部隊の後方。
そこでは多くの兵士たちが倒れていた。
「流石ファリンの薬の力です! まさか部隊の半分ほどを戦わずして倒してしまうとは!」
「お兄様の風の力があってこそですよ。それから、ただ眠って頂いただけですから」
倒れた兵士たちの前にはリュシエンとファリンがいた。
原理としては以前サントヴィレでやったことと同じだ。
ファリンが作り出した眠り薬と痺れ薬を混ぜた物を、リュシエンの風の魔法に乗せてばら撒いたのだ。
彼らが立ち止まり、ロアードに注意を向けている隙に。
「薬の効果時間は長くて二時間程かと。お姉様に言われて追加で用意しましたが、量が足りなかったので流石に全員は眠らせられませんでしたが……」
「十分です。あとは私とロアードに任せてください」
リュシエンはファリンを下がらせ、風牙槍を手にして前に出る。
「ひ、怯むな! 治療師はすぐに兵士を起こせ!」
「させると思いますか? ―― 《風よ、吹き荒れろ》!」
部隊長の指示を聞き、治療師たちが眠りに落ちた者たちの解毒に取り掛かる。
しかしリュシエンが風牙槍を薙ぎ払えば、周囲に突風が巻き起こり、治療師たちを吹き飛ばした。
「こんな人数の足止めなんて無理だと思っていましたが……意外と行けそうですね」
「当たり前です。だってお兄様はお強いのですから!」
「何を言ってるのです。ファリンのおかげですよ」
そう言い合うエルフの兄妹を、兵士たちは信じられない思いと恐怖で見ていた。
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