ヒノカという少女
「ごめんなさい……妾は父上のようには……」
啜り泣く声が聞こえてくる。
ヒノカを追いかけ付いた場所は、枯れた川の前だった。
「……ここに居たんだね」
「だ、誰じゃ!」
蹲って泣いていたヒノカは振り返ると、驚くようにリアンを見た。
「昨日ぶりだね」
「お主……やはり昨日の」
決闘の前のあの時に、ヒノカもリアンに気付いていたようだ。
リアンはミレットの背から降りると、ヒノカの隣に座った。
「昨日はありがとう。……まさか君が火竜だったなんて思わなかったよ」
「それは妾もじゃ。まさかお主らがあのロアードの仲間じゃったとは……」
ロアードの名を口にした時、ヒノカは先程の決闘を思い出したのだろう、止まっていた涙がまた溢れ出した。
「すまぬが、一人にしてくれ……こんな姿誰にも見せとうない」
「それは出来ない。……なんだか、今の君を一人に出来なくて」
「……お主は強引じゃな」
「昨日私を連れて行った君ほどではないよ」
ヒノカは顔を隠すように蹲る。
言葉以上にリアンを追い払うこともせず、ヒノカも逃げないことから隣に居てもいいようだ。
「ねぇ、どうしてロアードと決闘なんてしたの? そんなに邪竜が死んだことを認めたくなかったの?」
「……証明したかっただけじゃ」
「証明?」
「父上のような火竜であると、証明したかったのじゃ」
ヒノカは少し顔を上げ、枯れた川を見つめながらぽつぽつと話す。
「分かっておった……この国がこうなってしまったのはレヴァリスのせいではない。力の弱い妾のせいじゃ。……妾は父上のような火竜には程遠い。ヒカグラの民たちからも、妾は父上に比べて劣っていると思われておる」
『やっぱりヒノカ様では……あぁいや何でもないよ』
『……あんなのが火竜だなんて、おかしな話です』
火の元素は弱く、温泉が枯れてから百年余り。
その時間は火竜ヒノカに対しての失望と落胆をヒカグラの民たちが覚えてしまうには十分過ぎる時間だった。
「じゃから、火竜であると認めて欲しかったのじゃよ。そのためにレヴァリスを倒すことが一番の方法じゃった。彼奴は妾の父上を殺した存在でもあったから、復讐もしたかったのじゃ。……とにかく彼奴を倒せば、妾は父上のような力ある火竜であると、証明できるはずじゃったのだが……」
だが、レヴァリスは死んだ。
たった一人の人間の手によって、邪竜は死んだことになった。
「それでレヴァリスが死んだことを認めずに、依頼を出し続けていたんだね」
「……あぁ。彼奴が死ぬなど思っていなかった。何かの冗談じゃと思っておったよ」
父を倒したレヴァリスが倒された。
その事実はヒノカにとってなかなか受け入れられなかった。
「だからきっと人間たちはレヴァリスに騙されたとか……そう思っておったのじゃが……」
いくら待っても噂は撤回されず、それどころかそれが真実味を増してきた。
「そしたらついに、ロアードが来ることになった。邪竜を倒した英雄が直々に妾に会いに来る……じゃが、これはいい機会じゃとも思った」
邪竜を倒したという男、その実力には興味があった。
本当に邪竜を倒したのであれば、その力は邪竜よりも強いということ。
それは世界で一番最強であると言ってもいい。
「邪竜は居なくなってしまったが、あの男を倒せば妾は証明出来るのではないかと、ふと思ったのじゃ」
彼を倒せば、邪竜を倒したも同義。
さらに言えば、父親よりも強い力を持つ火竜として人々に証明できる。
「……それで、ロアードと決闘したんだね」
「あぁ。……結果は散々じゃったがな」
ヒノカはロアードに負けた。
この結果はすでに覆すことはできない。
「じゃが、妾は諦めるつもりはない」
涙を蒸発させて、ヒノカは立ち上がった。
「あれ、意外と立ち直りが早いね」
「散々レヴァリスには負けておったからな。その数に比べればこの程度、大したことではない!」
泣いて落ち込んでいたが、今はすっかりと火の勢いを取り戻すようにヒノカは力強くそう言った。
「だがしかし……そうか。レヴァリスの奴は死んだのか」
元気を取り戻したかと思えば、すぐに寂しそうな表情をした。
「……君にとっては親の仇だよね?」
「そうなのじゃが……なんというか。彼奴からは竜としての色々なことを教わってな」
『また来たのか、ヘルフリートの娘よ』
復讐しに行くたびにレヴァリスは笑顔でヒノカを出迎えた。
ヒノカが殺意を向けながら戦っても、子供をあしらうように退けた。
『その力の使い方ではダメだな。もっとこうするとよい』
それどころか戦いながら、竜の力の使い方を教えられた。
その触れ合いは、両親も同族も周りにおらず、孤独だったヒノカにとっては……僅かなかけがえのない繋がりにいつしかなってしまった。
「……憎んではいたが少し恩もある。……じゃからせめて、妾の手で……お主を……」
ヒノカはその先の言葉を口にはしなかった。
もう叶わぬ願いだ。
「…………」
「どうしたの?」
しばらく黙っていたヒノカだったがふとした様に、リアンの顔をじっと見る。
「いや、お主と出会った時から既視感があったんじゃが、今分かった。お主、レヴァリスに似ておるな?」
(……やば)
リアンの人間体の容姿は特徴的だ。
そしてその特徴はどうやらレヴァリスの人間体と同じらしく、一度出会った者ならすぐに気付かれる程だ。
(そういえばそうだった……人の姿もよく似てるんだった。どうやって誤魔化そう?)
「そ、そんなに似てるの?」
「うむ。まさかこんな偶然があるとはな!」
そのあと面白そうにヒノカは笑い始めた。
……どうやら、こちらが水竜である可能性はこれっぽっちも抱いていないらしい。
「あぁ、すまん。邪竜に似ていると言われても嬉しくはなかったな。……そういえば、お主の名前を聞いてなかったな?」
「気にしないで。私はリアンだよ」
「リアンじゃな。妾はヒノカじゃ。改めてよろしく頼むぞ」
リアンはヒノカと握手を交わした。
「ではリアン。ロアードに伝えておいてくれ。レヴァリスを倒したことは認めると。じゃが、お主に負けたことは認めぬ。またいずれ、お主に決闘を申し込む……とな」
リアンにそう言い残し、ヒノカは去っていく。
「…………よく分かんないな、先代のこと」
リアンは今の話を聞いて、ますますレヴァリスのことが分からなくなった。
(殺した同族の子供の面倒を見たのは罪悪感でもあったから? いや先代はそんな気持ちなんて抱かなさそうだけど)
そもそも罪悪感を持つならば、最初からヘルフリートを殺してなどいないだろう。
(……まぁ先代のことは置いておくとして、問題はヒノカかな)
リアンは枯れた川を見つめる。
(……彼女はロアードに負けた。……この事実は多くの人の前で証明されてしまった)
この世界は人々の認識や想いから世界を形作る……つまり。
(良くないことが起きないといいんだけど)
嫌な予感がした。
◇◇◇
ロアードたちが竜宮山より下山したその日の晩。
月明かりが差し込み、灯りの蝋燭の火が揺らめく天守閣。
城下町を見渡せるその場で、この国のトップである国長……シュモンが杯を傾けていた。
「それは真か、ソウエン?」
「はっ。我が目でもしかと見届けました。……ヒノカ様はロアード殿に決闘で負けました」
ソウエンからの報告は竜宮山での出来事全てだった。
「そうか……アレは負けたのか」
まるで分かっていたかのように、シュモンは言う。
「ソウエン、準備を」
「……ついに決行されるのですね!」
「あぁ、待たせてすまなかったな」
「いいえ、すべてはこの日のためです。……そのために我々は日々を耐えながら、切磋琢磨してきましたから」
ソウエンは覚悟を決めたように頷くと、命令を貰い受けて下がっていく。
「……これも我が国のため」
この部屋を照らしていた蝋燭の火が……静かに消えた。
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