火竜VS英雄

「ロアード、本当にやるつもり?」


 火竜ヒノカと英雄ロアードの決闘。

 それはもう決まったことのように準備が進んで行った。

 場所は社の前。護衛に着いて来た兵士たちが遠巻きに成り行きを見守っていた。


「仕方ないだろう。あの火竜は俺の実力を信じていない。なら戦って証明するしかない」

「そうだけど……君は大丈夫なの?」


 以前、彼は確かに竜と戦った。

 その時の相手はリアンだ。

 リアンは邪竜に見せるために戦いはしたが、彼が死なないように手加減はしていた。


 たが今度の相手は火竜ヒノカだ。

 手加減なしの本気の勝負。

 彼が覚醒者とはいえ、下手をすれば命を落としかねない。


「安心しろ。俺は死なない。本当に危なかったら、さっさと降参するつもりだ」

「それならいいんだけど……」


 ロアードは準備を終えたのか、戦いの場に歩いていく。


「大丈夫ですよ、リアン様。彼なら死ぬことはないはずです」

「お姉様、もし大怪我をしても、わたしの回復ポーションを用意してありますから大丈夫ですよ」

「……そうだね。正直なところ、ロアードのことはそんなに心配してないんだ」


 リュシエンとファリンは少し驚くようにリアンを見る。


「まぁ、そうだったんですね」

「では、なぜそんなに難しい顔をなさっているのですか?」

「……まぁ、ちょっとね」


 リアンはロアードの方ではなく、彼とは反対側に立つ少女の姿をした火竜……ヒノカの方を見る。

 顔は布で隠れたままだが、姿は今ならよく見える。

 堂々と扇子を手に立ち、ロアードを待つ少女。

 上質な赤の着物を着こなし、黒髪を綺麗に結い上げ、かんざしを刺している。

 かんざしは朱色の玉が数珠玉のように連なっており、彼女が動くたびにしゃらりと揺れている。


(心配なのはあっちなんだよね。彼女は分かっているのかな?)


 ふと、ヒノカと目が合ったような気がした。

 顔は布で隠れて見えないが、彼女はこちらに気付いて、驚くように少し動きを止めたように見えた。


「では、此度の決闘、立ち合い人は国長に代わり、武将ソウエンが行わさせて頂きます」


 両者の間に立ちながら、赤い甲冑を着込んだ武将ソウエンが宣言する。


「準備は宜しいでしょうか?」

「ああ」

「……! わ、妾も問題ない!」


 ロアードはすぐに返事をし、少し遅れてヒノカが返事をする。


「……では、始め!」


 ソウエンの声と共に決闘は始まった。


「お主の力が本当に邪竜を倒すほどか……見せてもらうぞ!」


 最初に動いたのはヒノカだった。

 炎の玉が突如として現れ、ロアードを襲う。

 全くの無詠唱による、火の元素の操作。

 ……これは疑いようもなく竜の力。


「いきなりだな……! 《防御障壁プロテクション》!」


 ロアードはそれでも素早く魔術を唱えて対応する。

 燃え盛る炎の玉は透明な壁に阻まれて消えていく。


「ほぉ、少しはやるようじゃな。……ならば!」


 ヒノカは開いていた扇子を閉じ、上に上げる。

 するとロアードの足元からマグマが吹き出した。

 前方のみに展開された壁では足元からの攻撃を防ぐことはできない。


 だが、ロアードはすぐに《脚力強化スピードアップ》し、展開した壁を蹴り上げて飛び上がるようにしてマグマを回避した。


「……術の速さでは勝てそうにないが」


 そのまま壁を乗り越え、また壁を蹴って矢のように飛んでいく。

 向かう先はヒノカの元だ。

 黒の大剣を構えて飛び込んでいく。


「アレを避けるか、人間!」


 ヒノカは避けられるとは思っていなかったらしい。

 一瞬反応に遅れた。

 だが無詠唱による展開の速さでロアードに対応する。


 ヒノカに差し迫る直接に、炎を壁を作り出した。


「……この程度なら!」


 それでもロアードは止まらなかった。

 ロアードは炎を大剣で叩き切った。

 普通の大剣なら溶かしてしまうほどの炎。

 だが、その大剣は普通ではなかった。

 宝剣クロムバルム。

 かつてロアードの子孫に、地竜が授けた大剣。

 その大剣は地竜の鱗が使われており、地竜と同じ頑丈さを持つ。

 この程度の炎では焼け折れることなどなかった。


「……これが地竜の大剣か……!」


 後ろに下がりながらヒノカはロアードに炎の塊をぶつけていく。

 彼の衣服は少し焼け焦げたが、身体を包む様に《防御障壁プロテクション》を展開したのか、その炎と熱が彼を焼くことはない。


「…… 《防御障壁プロテクション》をあのように縮小化するなんて、ロアード様はずいぶんと成長なされた」

「《防御甲冑プロテクトアーマー》と言った感じかな? でもあれを展開している時は動きが遅くなるみたいだし、流石に火竜の炎を長期間展開しながら防ぐのは無理なようだね」


 感心するリュシエンに頷きながらロアードを見る。

 《防御甲冑プロテクトアーマー》の展開は一瞬だけだ。

 自身に致命傷となる炎が来た時のみ展開している。

 あとの炎は全てクロムバルムで切り払っている。


 魔力の残量もある。

 長引けば長引くだけ、ロアードが不利だ。

 だが、彼はすでに手は打っていたようだ。


「今だ……!」


 ロアードは真正面からヒノカに突っ込んでいく。


「いくら炎を防げようと至近距離ならば!」


 無謀とも言えるその行動に対して、ヒノカはすかさず、反撃するために炎を作り出す。


「……なっ! 炎が消えたっ!?」


 ヒノカの炎は燃え盛ることなく、一瞬にして消えてしまった。


「……やっぱり二枚展開していたか」

「お姉様どういうことですか? 炎が消えたことに関係があるのですか?」

「もちろんだよ。ロアードは《防御障壁プロテクション》を実は二枚展開していたんだ。その一枚は自分を守るための盾や鎧、そして二枚目は戦場を覆うように展開した箱型の壁だよ」


 《防御障壁プロテクション》を蹴り上げたその時には、すでにヒノカとロアード、両者を閉じ込めるように展開されていた。

 閉じ込められる範囲は狭い、だからこそロアードはヒノカに近づいた。


「ロアード様は周囲と隔絶した空間を作り出し、酸素を枯渇させたのですよ」

「なるほど……それで炎が消えたのですね」


 火が燃えるためには酸素が必要だ。

 障壁により密閉された空間の中で、ヒノカは何度も炎を出していた。

 それにより、障壁内の酸素は枯渇していったのだろう。


「竜は酸素がなくても生きられる。……呼吸はしなくてもいいから気付きにくかっただろうね」


 ヒノカは半人半竜とはいえ、そこは竜の特徴を受け継いでいたようだ。

 これが人間ならすぐに気付く。

 逆に言えば酸素が薄い中で動かなくてはならないロアードは大変だろう。


(だけど、それは普通の火ならの話なんだけど……)


 残念ながら、ヒノカは気付いていないようだ。


「……もらった!」

「っ!?」


 戸惑ったヒノカは反応が遅れ、ロアードはその隙を付くように素早くクロムバルムを突き刺した。

 切先は彼女の頭の横を掠め、首元に下がって止まる。


「そ……そんな……」


 はらりと、彼女の顔を隠していた布が落ちた。


「お姉様、あのお方は……」

「やっぱり……」


 布の下にあった顔は、昨日城下町で出会った少女と同じ顔だった。


「そ、そこまで! 此度の決闘の勝者は……ロアード!」

「嘘だろ……ヒノカ様が負けた……?」

「さすが邪竜を倒した英雄だ……」


 ざわめく声が兵士たちギャラリーから上がる。


「ま、待て! まだ決着は着いておらん!」

「いいえ、着きましたよ、ヒノカ様」

「まだ妾は本気を出して――」

「見苦しい……あなたは負けたのですよ、ヒノカ様」


 ソウエンの冷たい声が現実を突きつけた。


『まさか、ロアードに負けるとは』

『ゴクエン様なら勝てただろうに……』

『竜って意外と弱いのか? それとも火竜が弱いだけ?』

『あんなのが火竜なのかよ』


 期待は落胆に。信用は裏切りに。

 全てが反転するように、ヒノカに対する人々の態度が変わっていく。


「わ、妾は……妾は……!」


 言い返そうとするも言葉は出てこなかった。

 泣きそうな顔を必死で堪えていたが、ヒノカは逃げるようにどこかへ走って行く。


「ロアード、ひとまずお疲れ様」

「……ああ」

「どうしたの? せっかく火竜に勝ったのに嬉しくないの?」

「あれは……本当に火竜か?」


 ロアードは困惑するようにリアンを見た。


「火竜のはずだよ。だって無詠唱で火の元素を操っていたのがなによりの証拠だ」

「だが……いくらなんでも弱すぎる。それになぜ竜の姿にならなかったんだ?」


 この世界最強はドラゴンだ。

 そのはずなのに、あまりにも手応えがなさすぎた。

 手加減をしていたリアンと戦った時の方が、ロアードは死を覚えたくらいだった。


「……その疑問には後で答えるよ。ミレット!」

「ガウ!」


 ミレットは分かったというように体を子猫サイズから大虎に変える。

 リアンは素早くその背に乗り込んだ。


「ちょっと行ってくる。君たちはここで待ってて」


 ミレットを走らせ、リアンは追いかけた。

 ……この場から居なくなったヒノカを追うように。

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