竜宮山へ

 翌日、リアンたちは竜宮山へ向かうことになった。


「私は国長より案内を任されました。武将のソウエンと申します」


 赤い鎧甲冑を着込んだ男、ソウエンは深々とお辞儀をしながら自己紹介をした。

 彼はこの国一番の武術の腕を持つ武将だ。

 そんな彼がわざわざリアンたちの案内役をしてくれるらしい。

 彼だけでなく数十名の武士も国長はお供として派遣している。

 一級冒険者であるロアードがいるパーティだ、身の安全などは自分たちで守ることができる。

 いくらこれから元始の竜に会いにいくとしても、少々護衛が手厚い。


(それだけ国にとって重要な貴賓と見るか、はたまた害を成さないようにする為の監視か……)


 きっとどちらでもあるのだろう。

 公国の名代であり、冒険者ギルドの代表として今回来ているロアードはまさしく貴賓である。


 加えて邪竜殺しの英雄だ。

 この国で彼の身に何かあれば世界の顰蹙を買いかねない。

 それはそれとして、そんな大物に好き勝手される訳にもいかないのが国としての本音だろう。


 しかも、これから行くのは竜宮山。

 竜殺しが竜の住まう場所に行くというのは……竜を殺しに行くようにも見えてしまう。

 ヒカグラの国側が火竜を守るためにも監視のためにも兵士を派遣するのは当然といえよう。


「ヒノカ様が住まう場所までは険しい山道となります。どうか足元にお気をつけ下さい」


 武将ソウエンの忠告通り、少し山に入っただけでも道なりはでこぼことしており歩きづらい。


(体力的には大丈夫だけど……ちょっと面倒だね)


 竜の体は疲れ知らずだが、ちょっとした段差を歩くのにこの少女の体は不向きだった。


「リアンお姉様もこちらにいらっしゃいますか?」


 リアンよりも小さなファリンは、すでに元のサイズとなって大きなミレットの背の上にいた。


「ガウガウ!」

「ありがとう、ミレット。じゃあお言葉に甘えて乗せてもらうよ」


 乗りやすいようにしゃがんだミレットの背に、リアンは乗り込む。

 すぐに歩き出したミレットはこの険しい山道を、二人を背に乗せているとは思えないほどに軽やかに歩いて行く。

 乗り心地もフワフワの毛が気持ちよく、最高だ。


「すごい楽ちんだよ、ミレット」

「ガウ!」


 ミレットはお返しだと言っていた。

 この国に来るまではリアンが皆を背に乗せて飛んでいたから、そのお返しなのだろう。


「失礼ながら、ロアード殿。あの魔物は?」

「連れの従魔だ。危害を加えたりはしないから安心しろ」


 周囲の武士たちはそんなミレットのことを怖がっていた。

 無理もない。人よりも大型の従魔は珍しいのだ。

 通常は小型の従魔が一般的である。


 ミレットの背に乗って山を登ること一時間。

 登るごとに周囲の火元素の濃度が上がり、温度も上がっていった。

 木々の姿は消え、ゴツゴツとした岩肌ばかりになる。

 ふと、周囲を見渡せばとあることに気付いた。

 すり鉢状の穴のようなものが周囲に多くあったのだ。


「あのぽっかり空いた穴はなんだろう?」

「あれは温泉の跡地ですよ」


 リアンの疑問に答えるように、ソウエンが説明した。


「元々この辺り一帯は間欠泉が噴き出していたんですよ。あの穴にはその間欠泉から出た温泉が溜まっていました。……今は一つも噴き出ていませんので、すっかり枯れ果ててしまいましたが」


 温泉が枯れたのは街だけでなく、山の中も同じだったようだ。


「……これも水竜のせいか」

「水竜? いいえ、違いますよ」

「え? 温泉が枯れたのは水竜が水をせき止めたからって聞いたけど」

「私はそうは思いませんよ。全て火竜……ヒノカ様のせいです」

「なぜ、そう思うの?」

「確かに水竜に水を止められたかもしれません。……ですが、仮に本当だとしても、同じ竜なら水竜の力を取り除く力があるはずです」


 水竜レヴァリスの力は強大だ。人では対処できないだろう。

 だが確かに、同じ存在であり、同等の力を持つ者なら対処できる。

 なら同じ竜であるヒノカもまた、水竜レヴァリスの呪いを吹き飛ばす力があるはずだ。


「それが出来ていない時点で、ヒノカ様にはその力がないのではないでしょうか? ……だから私は考えるのです。水竜のせいではなく単純にヒノカ様はゴクエン様のような力がないと。だから、火元素は減少の一途を辿り、火山の活動もなくなり、温泉も枯れたのだと」


 ソウエンは枯れた温泉の跡地を見つめる。

 もしもゴクエン……いや、ヘルフリートが生きているなら、この場所は火元素で満ち、間欠泉は絶えることなく噴き出していたはずだ。

 人の身では暑さゆえに近づくのも困難だったこの竜宮山も、すっかり冷え切り、何の準備をしなくともここまで入ることが出来てしまっている。

 火竜は存在する。……なのになぜ、こんなことになっているのか。


「……あんなのが火竜だなんて、おかしな話です」


 ソウエンがぼそりと溢した言葉。

 そこに込められた感情は重く、失望と落胆と怒りの色が見えた。


「……失礼、先を急ぎましょう」


 ソウエンは再び山道を歩き始めた。


「火竜は随分と期待されていないみたいだね……」

「そのようですね……」


 思えばこの国で初めて会ったあのお婆さんも、そんな素振りを見せていた。

 ソウエンの言葉に賛同するかのように、彼の語った言葉に頷く兵士たちもいた。


「竜神様のことをこんな風に思っている方々は初めてみました……」

「私も初めて見ます。竜という存在には畏怖する人々が殆どでしたから」


 ファリンとリュシエンは水竜レヴァリスの影響を受け、竜というものは恐ろしく、力強い存在であるという認識が強いだろう。

 リアン相手でも彼らはそれを忘れたことはない。

 だから、火竜に対するヒカグラの人々の気持ちは理解できないのかもしれない。


 またしばらく山道を歩き、やっと目的地に辿り着いた。

 活火山の麓に建てられた社が、火竜の御殿であるという。

 今は石でできた両扉は閉じられており中は見られないが、この社の向こうは火口に繋がっているという。


「火竜ヒノカ様! 以前お伝えした邪竜殺しの英雄様が謁見を求めて来ております!」


 ソウエンが頭を下げながら、社に向けて大きな声で叫ぶ。

 すると両扉が、ゆっくりと開いた。


(人……? それも女の子?)


 社から出てきたのは竜ではなく、リアンと同じ背丈の少女だった。

 上質な真っ赤な着物を着ており、ゆっくりと優雅に歩いてくる。


(火竜も人に化られるんだ。いや半竜半人だからか。……でもなんで顔を隠しているんだろう?)


 顔を隠すように面布をしており、素顔は隠れていた。

 火竜の人の姿の顔は見てはならないという決まりがある。

 リアンたちも火竜の顔を見ないように、許可があるまで顔を上げるなと言われ、頭を下げていた。


 ちらりと盗み見た時に、他に分かったのは黒髪とその長い髪を纏めている髪飾りくらいか。


(あれ? あの髪飾りどこかで……)


 見覚えがあった。

 一瞬しか見えなかったが、確かにあの髪飾りは、昨日見た物にそっくりだ。


「お主が邪竜を殺したという英雄か?」

「……ああ。名をロアード・バルミア・グラングレスという。今回は火竜ヒノカ様が出していた依頼に関することで、バルミア公国及び冒険者ギルドの代表として参った」


 素顔を隠した彼女……ヒノカはロアードに声を掛けた。

 ロアードは頭を下げたまま、答える。


「邪竜レヴァリスは我が宝剣クロムバルムにて葬った。……故に貴方様が依頼されている邪竜の目撃情報の募集依頼はすでに意味をなさないものになっている」


「邪竜はもう居ないから依頼を取り下げろと申すか? たかが人間に過ぎないお主が本当に討ち取ったと?」


「この名と剣に誓って嘘はついていない。邪竜は死にました」


 ……嘘である。

 実際に倒したのはリアンが演じていたレヴァリスである。

 だが、邪竜が死んだのは事実だ。

 死んだのはこの騒動よりも前ではあるが。


「……そうか」

「納得して頂けましたか」

「納得? そんなこと出来ると思うか?」


 ロアードの言葉に不機嫌さを隠さずにヒノカが言う。

 心なしか周囲の火元素が増え、暑さが増したように感じる。


「お主、ロアードと言ったか? ……妾と決闘をするのじゃ!」

「決闘だと?」


 その言葉にロアードを含めた人々が驚きの反応をした。


「人であるお主如きが邪竜レヴァリスを討ち取ったのならば、その実力を妾に見せてみよ! 妾に勝てぬようではお主の言い分など信用できぬ!」


「……俺が勝てば邪竜が死んだことを認め、依頼を取り下げるのだな?」


「お主が勝てばな。妾の言葉に二言はない」


 ヒノカはそんなことはあり得ないと言うようにそう断言した。

 火竜ヒノカと邪竜殺しの英雄ロアードが決闘をする。

 今決まった出来事に驚きを隠せない者たちの騒めきが周囲から聞こえてくる。


(これは……大変なことになったな)


 かくいうリアンも、驚きながら成り行きを見守っていたのだった……。


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