不思議な少女
「あったあった! ここじゃ!」
黒髪の少女に半ば無理やり連れてこられたのは潰れた旅館だった。
「すごくボロボロですね……」
「がぅ……」
「本当にここなの?」
「本当じゃ! 着いて参れ!」
鍵の壊れた扉を遠慮なく開けて、黒髪の少女は入っていく。
「……勝手に入って大丈夫なの?」
「この旅館はもう三十年程誰も来ておらん、放置されておる。昔は国一番の高級旅館であったんじゃがな……」
まるで当時を知るように語ながら少女は奥に進んでいく。
「ほれ、ここじゃ」
着いた場所は大浴場だった。
旅館の宿泊者用のものだったようだ。
「あっ……」
微かに暖かな湯気と熱気を感じる。
浴場の方に出ると、僅かに湧き出た温泉水が、一つの湯船を満たしていた。
「本当にあったんですね……」
「ユハナの街で唯一未だ湧き出る温泉じゃな。……今はこの量しか出ないが、数人であれば問題なかろう」
大勢の人々が利用することは出来ないが、確かにリアンたちだけであれば十分な量だ。
「どうしますか、お姉様?」
「ま、せっかく案内してくれたわけだしね。……入るとしようか!」
元は高級旅館だったからか、放置されているわりには浴場はそのまま使えそうだった。
何より、せっかく黒髪の少女が案内してくれたのだ。
その好意を受け取ることにした。
◇◇◇◇
「は〜……極楽、極楽」
さっそくリアンは肩まで浸かって温泉を堪能した。
ヒカグラの国に入ってからは移動のために歩いてばかりで、こうしてゆっくりしたのは久々か。
(まぁ、水竜だから疲れが溜まることはないけど……いい気分転換にはなるね)
「ミレット様、大人しくしててえらいですねー」
「がう!」
ファリンはミレットの毛を洗ってあげていた。
ファリンが自作した花石鹸のいい香りが漂ってくる。
こうやって湯に浸かっているのも悪くない。
(お湯ならいつでも出せるけど、こういう温泉は無理みたいだし)
リアンは温泉の水を掬う。
白く濁った温泉には、火の元素が混じっていた。
普通なら液体には水の元素が多く混じり、火の元素が混じることはない。
「この温泉に効能ってある?」
「もちろんあるぞ! 肩こりや筋肉痛、疲労回復など、定番なものは揃っておる。あとは美肌効果もあったはずじゃ。ここではない湯だが怪我や病に効く温泉もあったのじゃ」
「へぇ〜」
少女もまた一緒に温泉に入っていた。
入るつもりはなかったようだが、リアンが誘って入ることになった。
「湯治を目当てにヒカグラの温泉に来たものたちもいたほどじゃ……まぁ、今では全部枯れてしまったが」
自慢するように語っていたが、最後は悲しそうにぼそりと呟いた。
「……なぁ、この国のことお主はどう思う?」
「ヒカグラの国のこと?」
このヒカグラに着いてからまだ日は浅いが、今日城下町を見て回って思ったことは一つある。
「……なんというか、全体的に困窮している。産業の中心だった温泉が無くなったからなんだろうけど」
温泉が枯れ、観光地としての魅力が薄れてしまったヒカグラの国。
温泉に頼りきりだったためか、多くの国民は職を失った。
その結果、店は潰れ、大通りは寂れ、挙句に犯罪も増した。
このままの状態が続いていけば、ヒカグラの国は衰退し、滅びていくだろう。
「もし、この国を救うとすれば、どうすれば良いと思う?」
「うーん、温泉以外の産業を見つけたりは……」
「それが上手く行っておれば百年も苦労せんじゃろう」
「それもそうだね……」
温泉が枯れて以降、ヒカグラの国が温泉以外の産業に手を付けなかったわけではない。
だが状況は一向に改善することはなかった。
「なら、手っ取り早いのは温泉がまた湧き出すことだね」
再び温泉が湧き出せば、かつての繁栄をヒカグラの国は取り戻すことが出来るだろう。
「……やはり、そうなるか」
深いため息を黒髪の少女は付く。
リアンの答えは予想が付いていたようだ。
「君はこのヒカグラの国を救いたいんだね」
「べ、別にこんな国、どうなろうと妾には関係ないのじゃ!」
「えー? じゃあなんでこんな質問したの?」
「……母上の故郷だからじゃ。だからすこーしばかり気になっただけじゃ!!」
今までの彼女の振る舞いから、この言い訳するには無理があるとリアンは思った。
かんざしを盗んだ二人を悪くないと言って見逃したり、ヒカグラの国に来たからには温泉に入れといい、その温泉についても熱く語り、国を救う術を探している。
その姿からこのヒカグラの国や民を大切に思う気持ちが伺える。
「そういうことにしておくよ。……まぁでも。わりと簡単な話だと思うんだよね」
「簡単……? 何がじゃ?」
「温泉のことだよ。今日街を見て回った感じ、火の元素が弱く感じられた」
この国に来てから感じていたことだが、ヒカグラの国の火の元素の量は少ない。
「だけど逆に言えば、火の元素の量が増えて、強くなれば自然と地中のマグマも活性化して、温泉が湧き出るようになると思うんだよね」
火の元素があるからこそ、炎やマグマは生まれ出る。
火の元素の力が高まれば火山は噴火するほどだ。
故に、火の元素の力が増せば自ずと温泉も湧き出る。
「問題があるとすれば、やっぱり火竜か。火の元素が弱いと言うことは火竜に何かあったのかもしれない。そうじゃなきゃ――」
「いいや、火竜に問題などないはずじゃ!」
話を聞いていた少女がリアンの言葉を遮る。
「これも全て邪竜のせいじゃ……あの者が地下水を塞き止めたのじゃ! 何も知らぬくせに火竜を悪く言うでない!!」
「……ご、ごめん」
あまりの剣幕で怒られたため、リアンは驚いた。
「……すまぬ。少々頭に熱が上り過ぎたようじゃ」
黒髪の少女は湯船から上がると脱衣所の方へ歩いて行った。
「リアンお姉様……」
「どうやら、地雷を踏んじゃったみたい」
心配するファリンとミレットにリアンは苦笑する。
「それにしても……邪竜が地下水を塞き止めた、か」
地下水が無ければ温泉は湧き出ない。
今の話が本当であれば、あのレヴァリスが残した厄介な遺産があることになる。
(レヴァリスが残した厄介事は二代目の私が清算する役目。……あとでこのことは調べておかないといけないね)
その前に、まずはあの少女に謝ろう。
そう思ってリアンも湯船から上がったのだが……。
「あれ? 居ない……?」
脱衣所に黒髪の少女の姿はなかった。
旅館の中も探してみたが見つからなかった。
「居なくなってしまいましたね……」
「そうだね。名前も聞いてなかったんだけどなぁ」
互いに名乗るのを忘れてしまった。
彼女は一体誰だったのか? 気になりつつも、夜が遅くなってきたため、リアンたちはロアードたちの元へ戻ることにした。
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