城下町での出会い
ヒノカに会いに竜宮山に行くのは明日となった。
時間が空いたリアンはファリンとミレットを連れて、ユハナの城下町を出歩くことにした。
「うーん、やっぱりどこもかしこも閑散としてる……」
「ですね……」
「がぅ……」
来た時は町の一部しか見ていなかった。
だから他の場所はどうだろうと気になって見て回ってみたが、賑わっている場所はない。
かつて賑わっていた温泉街の名残りが、かえって寂しい印象を強めていた。
「温泉饅頭、ちょっと食べてみたかったなぁ……」
ぼろぼろの看板に書かれた名物だっただろう温泉饅頭。
だが、今はもうそれを味わうことはできない。
「……ん?」
「どうかされましたか、リアンお姉様?」
「あっちから騒ぎが聞こえた……」
リアンは温泉街の裏通りの方を見る。
リアンは水竜である為、周囲の水を伝って遠くの音を拾うことができる。
ここは枯れた温泉であるが、人のための生活水くらいはあるようで、騒ぎの音を拾うことができた。
「がぅがぅ」
「ミレットも聞こえたんだね」
魔物であるミレットも耳がいいのか、聞こえた様子だ。
「気になるし、ちょっと見に行こうか」
「……危険ではありませんか?」
不安げにファリンがそう言う。
裏通りのほうは大通りと違って治安が悪そうだ。
「大丈夫大丈夫。いざって時は力を使えばいい」
力を使えば火竜がすっ飛んで来てしまいそうだが……その時また考えればいい。
そんなふうに楽観的に考えながら、リアンは裏通りへと足を踏み出した。
「待て! それを返すのじゃ!!」
裏通りに入ってすぐにそんな大声が聞こえてきた。
薄汚れた着物を着た男が二人が走っており、それを追いかける綺麗な赤の着物を着た黒髪の少女が見えた。
「……ミレット、頼める?」
一瞬、自分の手を出しそうになったのを止め、リアンはファリンの腕に抱かれた小さなミレットにそう言う。
あの程度なら、ミレットでも対処できそうだ。
「がう!」
ミレットは一つ返事をすると、ファリンの腕から降りる。
そしてすぐに
「チッ……しつこいガキめ!」
「おい、待て! なんだこの霧!?」
走って逃げていた男二人の周りに、突如として白い霧が立ち込める。
「ガウウゥ!!」
「ま、魔物だと!?」
白い霧はやがて人よりも大きな白虎となり姿を表した。
「なんでこんなところに魔物がいるんだよ!」
「ひ、ひぃ!! 殺さないで!!!」
逃げ道を塞ぐように現れた白虎――ミレットを前に、男たちは驚きと恐怖から尻餅を付くように倒れた。
(すごいな、ミレット。あんな芸当出来るんだ)
ミレットは今、身体を霧に変化させ、男達の前に現れた。
あの霧の力はどうやら、リアンが名前を与えた影響で扱えるようになったようだ。
(私の力は使えなくても、ミレットに任せればいいと思ったけど、ここまで力があるとはね。……おっと、感心してる場合じゃなかった)
「……この子は私の従魔だよ」
リアンはそう言いながら、ミレットの隣に立つ。
ミレットは確かにリアンの従魔として冒険者ギルドに登録されている。
だから言った所で怪しまれない。
「命令一つで君たちを殺すことが出来る。……分かったら、盗んだものを返すことだ」
男の一人の手には、上質そうなかんざしが握られていた。
状況から考えるに、このかんざしをあの少女から盗んだのだろう。
「……なんでお前の言うことなんか――」
「ガルルル」
「ひぃ!! わ、分かった! 返してやるから!」
ミレットの威嚇を聞いて手のひらを返したように、男はかんざしを放り投げる。
「おっと! ちょっともう少し大事に扱ってよ」
リアンは慌ててながらもかんざしをキャッチした。
朱色の玉が幾つも連なった飾りが付いたかんざしだ。
この朱色の玉はルビーのような輝きをしている。
この朱色の玉だけでも高値で売れそうだ。
「って、もう逃げてるし……」
かんざしを返したその隙に、男二人はすでに逃げていた。
「追いかけますか、お姉様?」
「……よい、あの者らは放っておけ」
今回の被害者らしい黒髪の少女がリアンたちに近づいてきた。
長い黒髪を綺麗に結い上げており、綺麗な赤い着物を着ている。
見た目的には十四歳くらいか。
外見だけで見れば、リアンとそう変わらない。
「はい。大事なかんざしなら、盗られないようにこれから気を付けるんだよ」
「……別に妾はお主らの手を借りずとも、妾一人で取り返しておったわ!」
リアンがかんざしを差し出すと、少女はそれを奪い取るように受け取った。
「せっかくミレット様とお姉様が取り返してくれたと言うのに失礼ではありませんか?」
「まぁまぁ、ファリン。落ち着いて」
少女の態度に代わりに怒るファリンをリアンはなだめる。
「余計なお節介だったかな?」
「いや……取り返してくれた礼は言うぞ。……これは母上の形見じゃったから」
ツンケンした態度ではあったが、少女は素直に礼を言う。
彼女は取り返したかんざしに傷がないかを確かめると、結って纏めた後ろ髪に挿し入れた。
黒髪に朱のかんざしはよく映え、似合っていた。
「……なんじゃ? 妾をじっと見て」
「ごめんごめん。ちょっと気になってね。こんな裏通りに君みたいな子が居たのが不思議で」
着ている身なりやあのかんざしからして、上流階級の子女のようにも見える。
こんな薄汚い裏通りに居るのが違和感を覚えるくらいに。
「……少し街を出歩いていたらここに来てしまっただけじゃ。……全く、この辺りはまだそんなに治安は悪くなかったはずじゃのに……」
先程の男たちが逃げて行った方角を彼女は見ている。
その横顔からはどこか、哀しみが感じとれた。
「本当に捕まえなくて良かったの?」
「あの者らが食うに困って盗みをしたのは見てわかる。それに一人二人捕まえた所で変わらぬよ。あのような者らがこの国では多くなってしまったからじゃ」
温泉が湧き出ることがなくなり、ヒカグラの国は観光客が激減した。
そのせいで多くの民が職を失った。
それに伴い、窃盗などの犯罪も増加してしまったのだ。
今のヒカグラではあのような男たちは珍しくない。
「あの者らは悪くない。これも全ては――」
その先の言葉は、聞けなかったら。
悔しそうに歯を食いしばる様に、彼女は口を閉じてしまったからだ。
「それよりお主ら、旅人のようじゃな? 大方、温泉が目当てで来たのじゃろう?」
「え、まぁそうだね」
本当は火竜に会いに来たのだが、それを説明するにはややこしい。
なのでリアンは否定しないでおいた。
「街中の温泉はほとんど枯れてしまったようだね。入ってみたかったから残念だよ」
「そうか……」
チラチラとリアンを見ながら、少女は何かを考え込むように少し黙った後に再び口を開いた。
「……一つ、枯れておらん温泉を知っておる。どうしても、どうしても! と言うのであれば、礼に案内してやらんこともないぞ? ぞ?」
上から目線で(実際に視線も上にしようと背伸びしながら)少女はそんなことを言い出した。
「あぁ、お礼なら大丈夫だよ。どうしても行きたい訳じゃないし、案内も別にいら――」
「今の流れは断る流れではないはずじゃが!?」
どうしても行きたい訳じゃないし、何より上流階級の子女らしき彼女の手を煩わせるわけにはいかないとリアンは思って断ったのだが、何故か怒られてしまった。
「コホン……とにかく! せっかく我が国に来たと言うのに温泉に入らずに行くなど妾が許さぬ! なにより妾が案内してやると言っているのじゃ! 無碍にせず着いて参れ!」
「え? あ、ちょっと待って!」
「お姉様! 待ってください〜」
少女はリアンの手を掴むと、引っ張って連れて行く。
その後をファリンとミレットが慌てて着いて行った。
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