二代目火竜

 その日は晴天だった。

 雲一つない青い空を、リアンは竜の姿で水の中を泳ぐように飛んでいた。

 あまりスピードは出さない。何せ背にはリュシエン、ファリン、ミレット、それからロアードが乗っているのだから。


「方角はこっちであってる? ロアード?」

「ああ、ヒカグラの国はこの先だ。……しかしながら、今すぐ会いに行くとはな……」

「だって気になる要素しかないじゃん!」


 事の発端は冒険者ギルドで取り下げられていない邪竜目撃情報を求む依頼。

 その依頼主が驚いたことに二代目の火竜だったことだ。


「なんで二代目火竜があんな依頼なんて出しているんだろう? ……そもそも二代目火竜って、私と同じで先代から竜の座を受け継いだんだよね?」

「二代目火竜。名は確かヒノカだったか。ヒカグラの国の守護竜にして火を司る元始の竜の一柱だと言われているからそのはずだ」


 ヒカグラの国は大陸東側にある大国だ。

 この国は活火山が多い地域であり、火竜の領域とも言える場所である。

 ヒカグラは、国となる以前からその地に住まうドラゴン……火竜を守護竜として崇めている。


「地竜を守護竜としたグラングレスやバルミアと似ているんだね」

「たが俺たちの国と違って、ヒカグラは火竜には見限られていない」


 少々苦笑いをしつつロアードが答える。

 地竜バルムートが彼の国を去って千年以上と経つが、その間も火竜はヒカグラの地に居続けた。


「信仰の仕方の違いもあるかと。確かに火竜はヒカグラの守護竜とされていますが、地竜と違ってあまり人々の為には動きませんでした。どちらかと言うと人にとっては害を成す事が多く……火竜によって火山の大噴火が起こった時などは生贄を捧げていたそうです」

「い、生贄!?」

「大昔の話ですよ。ですが、その時代の流れもあり、火竜を恐れる余りに守護竜として祀りあげたのだと聞きました」

「……なら我々の国と守護竜の関係とはだいぶ違うな」


 地竜バルムートは人々のためにグラングレスの地を守っていたという。

 人々に恐れられたという火竜とは正反対と言えよう。


「じゃあ、水竜……レヴァリスの方に近いのか」

「邪竜とまで呼ばれたレヴァリス程ではありませんよ」

「……まぁ、そうじゃなきゃ祀り上げたりしないもんね」

「一応、レヴァリスを信仰する奴らもいたぞ?」

「えっ本当に? 偽物じゃなくて?」


 ロアードの言葉に驚く。

 リアンが以前見た信者はレヴァリスの威を借りて恐喝をしていた盗賊たちだった。


「ちゃんとした本物の信者だ。……だが邪竜を信仰するような奴らだったからどいつもこいつもまともじゃなかった。だから幾つかの教団は潰したな」

「……まぁうん。なんとなく分かってたよ」


 盗賊よりよっぽどたちが悪い。

 ロアードが潰しておいてくれて良かったとリアンは思う。


「安心してください、リアンお姉様! お姉様ならきっと、心正しい信者が付きますよ!!」

「がう!」

「別に信仰が欲しい訳じゃないけど……ありがとうファリン、ミレット」


 望む望まないに限らず、二代目水竜となったリアンにもそのうち信者が着くことがあるかもしれない。

 ……いや、すでに一人と一匹いるだろうか?


「話を戻しますが、この話は私が百年前のヒカグラの国を訪れた時に聞いた話なので、現在は分かりません。今の話は当時の火竜……ヘルフリート様の話ですから」

「そういえば、火竜は百年前に亡くなったって話をファリンが話していたね。大干ばつが起きたのもそのせいだったね」


 エルフの村が雨に沈んだ原因の一端には、火竜が死亡したことによる竜の力……火の元素が制御されず暴走し、結果として大干ばつを引き起こしたことが関係している。


「その通りです、リアンお姉様。ですが、わたしは火竜の名前までは存じ上げていなくて……」

「その火竜が先代火竜、ヘルフリート様で間違いありませんよ」


 ファリンの言葉を補足するようにリュシエンが言う。


「二代目に当たるヒノカはヘルフリートと人間との間に産まれた半人半竜と聞いたことがある」

「竜と人の間に産まれた子か……」


 リアンとヒノカ、両者は似ているかもしれない。

 リアンは元人間から、力を引き継いで水竜となった二代目だ。


(半人半竜の二代目火竜。同じ二代目の竜同士だし、ヒノカとはできれば仲良くしたい……んだけど)


 ――が、しかし。リアンは嫌な予感がしていた。


「……ねぇ? ヒノカが邪竜を探している理由って心当たりあったりする?」

「あるにはあるな……」

「あります……ね」


 どこか言いづらそうな返事がロアードとリュシエンから返ってくる。


「嫌な予感は最初からしていたよ。……二人とも話してくれる?」

「ヒノカがその依頼を出した理由は、きっと俺と同じだろう」

「なにせ火竜ヘルフリートは百年前、水竜レヴァリスによって殺されていますから」


 ドラゴンというのは簡単には死なない。

 それも元始の竜となれば尚更。

 この世界の頂点に立つ神の存在なのだから。

 それを殺せるとしたら、同じ力を持つ存在だろう。

 つまり、同じ竜であれば可能だ。


「やっぱり、先代のせいか……。なんで同族殺したの……」

「ヘルフリートとレヴァリスは犬猿の仲であったと伝えられてますね。歴史の中でも度々両者は争っていたようです」

「バルムートともやり合ったことがあるそうだ。バルムートを引きずり出す為に、グラングレスの民を狙ったこともある」

「マジで何やってんの、先代!! 人だけじゃなくて竜にまで迷惑かけてたの!?」


 頭痛がしてきたリアンは、思わず長いため息を付いた。


「それじゃあ結局、大干ばつが起きた原因もレヴァリスじゃないか……」

「そういえば、そうなりますね……」

「とんだマッチポンプだよ……」


 ファリンもリアンと同じ微妙な気持ちを抱いていることだろう。

 少しは良い所があったかと思えば、結局は元凶だったのだから。


「お兄様は知っていらしたんですね……」

「すみません、ファリン。このことを教えなかったのは貴女のためです。大干ばつの元凶たる水竜に貴女は願った……この事実があの村で広がってしまえば、貴女の立場はより悪くなっていたかもしれなかったので……」


 当時、火竜の死亡は人々に衝撃を齎した。

 絶対たる存在、不死と思われた元始の竜が、同じ元始の竜によって殺されたのだから。

 たが、外界から隔離されたエルフの村ではこの情報は詳しくは入ってこなかった。

 あの村で唯一詳しい事実を知っていたリュシエンは、ファリンのためを思って事実を隠したのだ。

 本人は元凶とは知らなかったとはいえ、この火竜の死因は彼女を糾弾するさらなる理由に十分なり得たことだろう。


「その判断で正しかっただろうね……。……それにしても、ヘルフリートを殺したなら、今の火竜であるヒノカは当然……」

「俺と同じように親を殺されたようなものだ。レヴァリスを恨んでいるだろう」

「邪竜を探しているのは……」

「十中八九、復讐の為だな。実際、過去にヒノカは何度もレヴァリスとやり合っているが、その時は失敗している」


 人だけでなく、同族からも恨まれているとは。


「……ロアード。君と同じように説得が効くと思う?」

「分からん。……だが、一つ言えるのは、俺の時より最初の一撃は重いということだ」

「だろうね……」


 ロアードと最初に出会った時を思い出してしまう。

 ロアードはリアンをレヴァリスと思い、斬り掛かってきた。

 火竜であるヒノカと出会ってしまえば、同じ事が起こりかねない。


「さすがに火竜相手では、私も前に出られませんよ?」

「分かってるよ、リュシエン……」

「一先ず、ヒカグラの国では竜の姿を見せないようにしませんか、リアンお姉様?」

「……そうだね」


 そろそろヒカグラの国に入りそうだ。

 空からの移動もここまでだろう。

 火竜が支配する領域に竜の姿のまま入ってしまえば、すぐに気付かれる可能性もある。


(私がヒノカに会いに来たのは、レヴァリスが亡くなったことをきちんと伝えるため。世間は討伐されたということになっているけど、それでも依頼を取り下げていないのが、彼女がまだレヴァリスが死んでいないと思っている証拠)


 未だ邪竜レヴァリスが死んだことを疑う人々はいる。

 竜であるヒノカも信じていないとは思わなかったが……これは良くない流れだ。


(邪竜は死んだことはきちんと事実・・にしなくてはいけない。疑いが大きくなれば、それが本当になってしまう。一人二人ならまだしも……火竜がいつまでも疑ったままでは、人々の不安も大きくなる可能性がある)


 以前リュシエンには自身を疑うなと言ったが、あれはリアンが道を外さない為に頼んだことだ。

 それにリュシエンの疑い一つでは、人々に与える影響はそれほどでもないし、本人も人々の不安を煽ることはしないだろう。

 だが、火竜では人々に与える影響が大き過ぎる。

 あの火竜が邪竜レヴァリスを探している……つまりまだ邪竜は死んでいないのではないか? と、当然人々は思うだろう。


 人々の想いから世界が形創られるこの世において、それは真なる邪竜を産むきっかけになり得てしまう。


(そうなったら私たちがした芝居は茶番になってしまう。……それだけは阻止しないと)

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