冒険者ギルド

 バルミア公国、首都カーディナル。

 この首都は三ヶ月前、邪竜レヴァリスの襲撃の被害を受けていた。

 建物や王宮の一部が破壊されていたが、驚くことに死者は一人も出ていない。

 これは素早く邪竜を倒した英雄ロアードの活躍ともされていたり、救助や避難をしたエルフと魔獣がいたお陰だとも噂されている。


「しかしまぁ、たった三ヶ月で殆ど元に戻したものだね」


 リアンは首都の街並みを眺めながら思う。

 首都の建物の被害はかなり酷く、復旧に時間がかかるものだと思われていたが、すでに以前と変わりない姿に戻りつつある。


「俺たち人間の力を侮ってもらっては困るな」


 リアンたちの隣を歩くは今や時の人となったロアードだった。


「……でも、私の手伝いがあれば、もっと早くに復旧できたかもね?」

「かもな。だが俺たちはもう竜の手は借りない。……その手を取れなくてすまないな」

「別にいいよ。ただ自分がしたことの後始末ができなくてちょっと残念なだけだったから。むしろ良い事だと思うよ、君たちがそうやって竜離れをしていくことで、この国もいずれ、竜に縋る人がいなくなる。……そうなれば、過去のようになったりしないからね」


 リアンは街の復旧に手を貸そうとしていたが、ロアードやエルゼリーナからも協力を拒否されていた。

 竜の力によって良くも悪くも振り回された国故の答えなのだろう。


 水竜であるリアンの申し出も受け取れなかったのだ。

 それはけしてリアンがかつての邪竜と同じ水竜だから、ではなく竜の力にもう頼らないようにするための決意といったところか。


(でも、こっそり手伝うくらいは良かったよね。私が勝手にやったことだし!)


 ……実はロアードたちに内緒でリアンも復旧の手伝いをしていた。

 もちろん竜の力は使わずに、できる範囲の小さな手伝いだった。


「それに、私に対して色々と利便を図ってくれて申し訳ないくらいだよ」

「……まぁ俺たちは同時に、お前個人に対して大きな借りがあるからな。お前の手は借りないが、俺たちが手を貸せるならするだけだ」


 リアンは手にしたギルドカードを見る。

 鈍い銅色をした長方形の薄い板。

 これが冒険者の証だ。

 本来であれば試験を受けてから受け取るものであるが、エルゼリーナに相談した所、特別に発行してくれたのだ。

 冒険者の階級は五段階。

 成り立ての新米冒険者なら五級からスタートすることになる。


 リアンのカードに記された階級は三級。

 三級のカードは銅色なので、銅級とも呼ばれることがある。

 本来であれば規格外の力を持つリアンであるが、いきなり一級になってしまえば色々と噂が立ってしまう。

 目立つのは良くない。

 なので程々の実力を認め、悪目立ちしない階級を望んだところ、この階級となったのだ。

 ちなみにリュシエンやファリンも同じ階級で発行してもらっている。

 またミレットは、リアンの使い魔という扱いにされている。


「……でもだからって、わざわざギルドまでの案内までしてもらわなくてもよかったんだよ? そのフードだって邪魔でしょ?」


 リアンは隣を歩くロアードを見上げる。

 今のロアードは顔を隠すようにフードを被っていた。

 今や英雄ロアードを知らないものはいない。

 首都をそのまま歩こうものなら、すぐに人だかりができてちょっとした騒ぎになるだろう。

 ギルドカードを手に入れたリアンはさっそくギルドに行こうとしていた。

 その時に、ロアードが案内を買って出てきたのだ。


「いくらエルゼ公認の公式発行カードだからといっても、試験履歴のないギルドカードだ。当然偽造の疑いを持ってくる者もいる。そうなれば楽に依頼を受けられないだろう? だから話を早くするために、俺が出向いた方がいい」

「まぁ確かに、一級冒険者様の言葉があればそうかもしれませんけどねぇ……」


 それはそれで目立ちそうなのだが。

 得体の知れないリアンたちが説明をするより、彼がしたほうが信用度が高いのは確かではある。


「……それにしても、ロアードはまだ冒険者のままなんだね」

「まだ? どう言う意味だ?」

「いや、てっきりグラングレスの王都も取り戻したから、グラングレス王国を復興するために王になるのかとか思ってたんだけど」


 その言葉を聞いて少し寂しげにロアードは笑う。


「……それは難しい話だな。グラングレスの首都デンダインが陥落した時、王国と公国の戦争は続いていた。だから、統治者を失い混乱となった王国軍は次々と降参し、公国が王国領を制圧した。今まで入れなかった首都デンダインもすでに公国領だ」


 首都陥落後、バルミア公国軍は迅速にグラングレス王国に侵攻し、混乱の最中に制圧していった。

 その時軍の指揮を取っていたのは、もちろんエルゼリーナだ。

 ロアードが首都から逃れ、公国軍に保護された時にはすでに全ては終わっていた。


「もうグラングレスは公国に統一されて存在していない。……それに俺は王を名乗ることはしない。そんなことをしてしまえば、せっかく統一された国をまた二分にすることになる……戦争など起こしたくもない」

「そっか。それもそうだったね……」


 かつて一国であったものが二分したのが王国と公国だ。

 王国の消失により結果として再び一国となったのだ。

 ここでロアードが王権を主張して王国復興をすれば、血に塗られた歴史を繰り返す事になるだろう。


「グラングレスは滅びた。たが、グラングレスの民だった者たちや俺はこの公国で生きている。だから、いいんだ」


 長い歴史を受け継いだ祖国は滅びたが、全てが滅んだわけではない。


「まぁ……だからこそ、クロムバルムは公国に渡したかったんだが」

「それは……確か地竜から授けられた宝剣だよね?」


 宝剣クロムバルム。

 この大剣もまた両国によって重要で、これを巡って争っていたほどだ。

 今はロアードの背にあった。


「俺は無用な争いの種になりそうだから、公国に献上しに行ったんだがな。邪竜討伐の褒美として、かつ英雄が持つに相応しいからと俺に押し付けた」

「まぁ、英雄な君以外に相応しい持ち主は居ないね」

「こいつには地竜の力も宿ってる。……竜の力とは縁を切りたかったんだが」

「なら、エルゼの選択は正しいね。公国側としても地竜離れしたいならその大剣は受け取れないでしょ?」

「……確かに」


 今なお公国には地竜信仰は残っている。

 その為ロアードにクロムバルムを託すことには反対した者達が居たが、全てエルゼリーナが説き伏せたほどだ。


「そんなに持つのが嫌なら叩き折れば?」

「流石にそれは出来ないな……。この大剣は初代国王を想って地竜が授けた物だ。そんな物を簡単に壊すことは出来ない」


 その大剣の始まりは友とその子孫を護る為に地竜が贈ったものだ。

 皮肉にも争いの火種となりはしたが、その想いを踏みにじるようなことはロアードには出来なかった。


「だからせめて、俺は正しいことの為にこの大剣の力を使うつもりだ」


 ロアードの背にある物の歴史は重い。

 彼はその重さを確かめるように、柄を握った。




 ロアードに案内され、首都内にある冒険者ギルドにやってきた。

 中に入れば多くの冒険者たちで賑わっていた。

 ここが首都にある冒険者ギルドだからだろうか?

 依頼掲示板にはいくつもの依頼が張り出され、どの依頼を受けるか相談するパーティで溢れていた。


「おい、あれはロアード様じゃないか!」

「邪竜を倒した英雄だ!」


 冒険者というのは目ざといらしい。

 彼らはロアードにすぐ気がつくと、彼を囲むように集まった。


「ロアード様!先日の活躍は見事でした!」

「英雄様!良ければこの後稽古を付けてくれないでしょうか!」

「ダメよ、ロアード様は私たちのパーティに誘うんだから! ねぇ、ロアード様ぁ、私たちのパーティに入ってくれない?」


 老若男女問わず、人気者のようだ。


「お誘いがいっぱいだね、ロアード?」

「揶揄うな、リアン。……悪いがお前らの相手をしている暇はない。さっさと退いてくれ」


 ロアードが冷たくあしらえば、彼らは残念そうにしながらも、取り囲むのをやめて、離れて行った。


「巻き込んですまなかったな」

「あなたに案内された時点でこの程度は予想できていましたよ」

「リュシエンの言う通りかな。君はもう少し、自分の今の立場の影響を弁えておくといいよ」

「よく言う。俺を英雄にしたのはお前じゃないか」

「……まぁね」


 邪竜殺しの英雄。

 結果として、その地位は本人の意思とは無関係に渡されたものだ。


「英雄になるのは嫌だった?」

「俺以外に適役がいたか?」

「……いなかったね」

「なら俺でいい。それに、本当に復讐をしていたとしても、こうなっていたことだ。だから気にするな」


 全ては嘘で作られた英雄だ。

 それでも人々は彼を讃え、感謝し、期待する。

 だが、ロアードはそれら全ての想いを受けても潰れる様子はなかった。


 元より亡国の王子であり、一級冒険者という期待を背負い続けていたからだろうか。


「ありがとう。……君を選んで良かったよ」


 リアンの言葉にロアードは笑みを返した、



 そんなちょっとした騒動の後、リアンたちは依頼掲示板の前へ移動した。


「この掲示板に貼られている任務から好きなのを選んで、依頼の紙をカウンターに持って行けば依頼を受けることができる。もちろん、その時にカードの提出を忘れるなよ?」


 ロアードの説明を聞きながら、掲示板を見る。

 大量に張り出された紙には様々な依頼内容が書かれていた。


「昔と全然変わっていませんね」

「……知っているのか、リュシエン?」

「お兄様は昔、冒険者をしていたらしいですよ」

「あ! そうだった! それならリュシエンは新しくカードを作らなくて良かったんじゃない?」


 今回、リュシエンも共に特例で三級の冒険者カードを発行されている。

 しかし、昔冒険者をしていた彼ならば、すでにカードを持っていたはずだ。


「いえ、百年前以上も前のことですし情報が残ってないかと。そもそもカード自体紛失しましたので」

「冒険者の中にはお前のようなエルフもいる。だから情報は残っているだろうし、カードの紛失も対応してくれるが?」

「……はぁ、そのへんはしっかりしてますね」


 ロアードの言葉に、やれやれと言ったようにリュシエンは頭を抑えた。


「とにかく、昔の情報は必要ありません。私もリアン様たちと同じで大丈夫ですので」

「……そうか」

「まぁ、リュシエンがそういうなら……」


 これ以上は聞き出さないほうが良さそうだ。

 リュシエンは昔のことはあまり話したくない様子だった。


(リュシエンのことはここまでにして……せっかく来たからには掲示板の依頼を試しに受けてみよう)


 今日はそのために来たようなものだから。

 そう思い、リアンは再び掲示板のほうを向く。


「えっと、これはスライム退治……こっちは薬草採取と……」

「このあたりは初心者向きな依頼ばかりのようですね」


 ファリンも興味深そうに依頼の内容を眺めている。

 その隣でミレットは丸まってお昼寝をしだした。

 ……ミレットには文字が読めないから、すぐに退屈が来てしまったようだ。


「三級の依頼はこの辺りだな」

「こっちが三級かぁ。ケンタウロスの討伐……コカトリスの卵の採取……確かに難易度が上がってるね」


 そうやって掲示板を眺めていると、ふと目に止まった依頼が一つ。

 それは他の依頼から少し離した位置に張り出されていた。


「依頼内容、邪竜レヴァリスの目撃情報求む?」

「おや、まだこんなのが張り出されているんですね? 邪竜は討伐されたというのに」

「あぁ……それか。何度も説明しても、依頼主が撤回しないらしい」

「依頼主が撤回しない? じゃあこれって……」


 てっきりギルドが出し忘れたままの依頼だと思ったが、違うらしい。

 そう思ってよく依頼主の名前も見てみると……。


「依頼主は……えっ? 二代目火竜……!?」


 何度見てもそこには、火竜という文字があったのだった。



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