ヒカグラ編
三ヶ月後
「つ、疲れた……」
バルミア公国がリアンの為に用意した貴賓室の中で、リアンは帰ってくるなり、テーブルに突っ伏した。
「おや、貴女様でも疲れることがあるんですね?」
「心が疲れてるんだよ、リュシエン」
頬をテーブルに付けたまま、リアンは側に立つリュシエンを見上げる。
実際、体のほうは疲れていない。
この水竜の力が有り余る体に疲れなどあり得ないからだ。
だが、精神的な疲れというものはどうしようもない。
「リアン様、お茶が入りましたよ」
「ありがとう、ファリン」
ファリンが用意してくれたお茶を一口飲む。
少し気分が落ち着いた。
「全く……あの邪神め……」
水竜、いや邪竜レヴァリスが討伐されて三ヶ月が経った。
瞬く間に世界にその吉報は届いていった。
まだ邪竜が死んだことに懐疑的な人々もいるようだが、それも時が経てばいなくなるだろう。
リアンの読みどおり、実際に邪竜が死んだ瞬間を見たものが多かったからか、真実味が高いようだ。
また、一級冒険者であり、亡国の王ロアードが討伐したことも拍車をかけている。
(ま、全部演技だったんだけどね)
嘘はいけないことだが、一つの嘘で世界が平和になるなら構わないだろうと思うリアンだった。
世界を困らせていた邪竜が死んだ。
それは実に喜ばしいが、しかし、邪竜が遺した問題は数多い。
現在、リアンはその邪竜が遺した問題を密かに片付ける仕事をしている。
公国が持つ冒険者ギルドの情報網を使わせてもらい、その中から邪竜が起こしたとされる問題を見つけ、実際に現地に行って解決するというものだ。
今日も邪竜が枯らした川を現在の環境に合わせて、どうやって戻すかを悩みに悩んで終わらせてきたところだ。
「結局、あの川が枯れてても問題ない環境になってたし、放置にしてきたけど……」
「リアン様の選択に問題はなかったかと思います。我らのエルフの村のように当時を覚えている者はいませんでしたし、人間の殆どは今の環境に慣れておりました」
川が枯れたせいで周辺の村が三つくらい消えたらしいが、今同じ位置に川を戻すとなると環境がかなり変わってしまう。
下手に水竜の力で介入するよりはそのままにしていた方が良いとリアンは判断した。
無理に介入すると、それこそ川を枯らした先代のようになりかねない。
「でも、村長さんは川を通したいようでしたが……」
「あー、そうみたいだったね。……でもそれをすると別の村が全部川の下になるよ」
「まぁ、そうでしたの」
ファリンの疑問にリアンはそう答える。
「あの位置に川を通すと、川を利用した商売を行えますからね。その村の利益にはなるでしょう」
「でも、一つの村の利益のために、別の村を犠牲にするのはねぇ、私はしたくなかったよ」
今回、川を元に戻さなかったのにはそんな理由もあったのだ。
「例え、どんな大金を積まれたとしてもですか? あの村長ならやりかねない感じでしたが」
「そうだよ。当たり前じゃないか、リュシエン。第一、大金なんて水竜に必要あると思う?」
どこかドヤ顔で言うリアンに対して、リュシエンはにっこりと笑う。
「先日、首都のカフェで物欲しそうにパフェを眺めていたのを、私は忘れておりませんよ」
「……そ、それはそれ、これはこれじゃないか」
リアンはムスッとむくれた。
そんなこと、よく覚えていたものだ。
「大体……今はバルミア公国ことエルゼリーナから、この活動に対して報酬金を払ってもらっているからお金の問題はないし」
リアンの活動は秘密裏に行われている。
この活動を知っているのは情報を提供しているエルゼリーナとロアード、そして共に行動するリュシエン、ファリンくらいだろう。あと一応、ミレットも。
活動を秘密裏にしているのは、リアンの存在を公表していないからだ。
リアンは今のところ、自分が二代目の水竜であると公言することはしないつもりである。
邪竜が倒されたと信じ切ってから公言するつもりだ。
今出たところで、邪竜の嘘だとか、復活しただの言われかねない。
(そうなったら私が邪竜になりかねないし)
向けられる畏怖をリアンはそのまま受けきれるかどうかは、未知数だ。
なら今は自分の存在を隠してしまったほうがいい。
「ええ、ありがたいものですね。おかげで私の貯金を使わなくて済みます」
「思ったんだけどさ~、リュシエンお兄ちゃんはそのお金どうやって稼いでたの~?」
「……聞いてどうするつもりです? あとお兄ちゃんと呼ばないでください」
ちょっとばかり不思議になっていたのだ。
過去にリュシエンはエルフの村を出て旅をしていたことがあるが、その時の貯金を使っていると前に言っていたが……。
「わたしも気になります! お兄様はどのようにして外の世界でお金を稼がれたのですか!」
「ファリン……あなたまで」
妹の目がキラキラと輝いていた。
村では兄が外の世界でどのように過ごしていたかを、ファリンは聞いたことがない。
知らない兄の一面を今知れるのではないかという、そんな期待の眼差しでもあった。
「もしかして人に言えないようなことだったりする……?」
「な、なわけないでしょう。……昔、冒険者をしていたんですよ。それで少し稼いでいたもので……」
「まぁ! お兄様は冒険者だったのですね!」
「へぇ~、冒険者かぁ」
確かにリュシエンほどの腕なら、冒険者として稼ぐのも難しくなさそうだ。
……いや、そもそもあの一級冒険者であるロアードとやり合っていたのだ。
「もしかして一級冒険者だった?」
「いえ、その……ただの一介の冒険者でしたよ」
「ふ~ん?」
嘘だ。ロアードと渡り合える実力を持っていながら、ただの冒険者の枠には収まらないだろう。
が、しかし本人はどうやらあまりこの話題をしたくないようだ。
「ま、それはそれとして。……冒険者ってのはいいね?」
「いいねとは、どういうことですか、リアンお姉様?」
「ほら、私達の活動、秘密裏にやるのもちょっとやりづらかったじゃない?」
リアンは今日の活動を振り返る。
川を調査するためにあちこちと歩いていたが、その度に何をしているのかと止められたこともあったのだ。
「冒険者の依頼の傍らにやるのもありかなって。中には冒険者への依頼の中に、そのまま邪竜関係の物もあるようだし」
「つまり、堂々と活動するために、冒険者の肩書が欲しいというわけですか」
「そういうこと。身分を説明するのにも楽だし」
エルフ族が二人に、人間の少女が一人。それから魔獣が一匹。
どうみてもリアンたちは目立つメンバーである。
冒険者としておけば、多少は怪しまれることはない……と思いたいところだ。
「まぁ、悪くはない手ですね」
「それに、世のため人のために冒険者として活動していれば、私の正体をバラした時にも印象としてはいいでしょう?」
この世界には必ず元素を司る竜は存在するものだ。
いなければ世界のバランスが崩れていく。
世界のパワーバランスを保つためにも、水竜の存在はいずれ公表しなければならない。
その時に、冒険者で慈善活動をして名を広めておくことができれば、きっと二代目であるリアンの印象は悪くならないはずだ。
「よし、そうと決まれば、エルゼリーナに相談しにいこうっと」
いくら自分が二代目で、先代のように邪竜ではないといったところで信じない者は必ず出てくる。
それなら文句が言えないほどに、行動で見せつけるしかないのだろう。
その行動に冒険者という職業はぴったりだ。
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